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「確か中学時代はずっと仲良かったのに、受験の合否をきっかけにギスギスして話さなくなっちゃったんだっけ? 麗華ちゃんは本命に受かって、とうあんは落ちた。そんで、それだけならまだしも、お互い行きたかった高校と、その滑り止めが近くにあって、時々通学帰宅途中に会っちゃうっていう、いらないおまけ付き。しかもしかも更に更に両校は田舎に少ないライバル高校ってことで若干の軋轢があるときた。いやはやなんとも珍奇なもんだ」
学校からの帰り道。
私同様自転車を漕いでいるにもかかわらず、ハンドルから手を離し、代わりにその手を頭の後ろで組みながら問うてくる流ちゃんに、私は無言で肯定を示した。
『珍奇なのはお前だ』くらいは、言ってもよかったかもしれないが、両腕を組んでその両腕を自転車のハンドルに預けている私も大概だと悟ってしまい、結局何も言えなかった。
鉄道も近くになく、バスの本数も少ない田舎だと、必然、学生の移動手段はよほど親が過保護でない限り自転車ということになる。よってこの地域の学生は男女問わずほとんどがこのような技術を身に着けているのだ。良い子は決して真似しないでもらいたい。彼らは特殊な訓練を受けていますってやつだ。
りゅうちゃんは頭を重そうに支えていた両手を、今度はこれまた重そうに、いや実際に重いであろう胸の下へと持って行って組み、首を傾げ唸る。私も別の意味でそのすごさに唸る。
「でも何で国はそんな近くに偏差値が近い公立と私立を作ることを認可したのかね。とうあん達じゃあないけど、そのおかげで瀬城と瀬山の子達は、まさに一色触発って感じだし。ほんと文部科学省君は何やってんだか。親の顔が見てみたいよ」
「……文部省と科学技術庁だったかな」
いや、あくまで親なので、総理大臣の方なのかな。たしかに文部科学省は文部省と科学技術庁が統合されてできたもののはずだけれど、あくまでそれは文部科学省の前身というだけだったはずだ。いや、まぁ、別にどうでもいいけれど。全く身にならない話、略して『全身』な話だ。なんつって。
「うーん。『前身』に『全身』ときたか。ついでに今私達が自転車で『前進』していることもかかってるのかな。大人しそうに見えて案外ノリいいよね、とうあんは」
パッチーン! と、流ちゃんは『やるじゃん』とばかりにこちらに向け指を鳴らしてくる。……いや、確かに『前身』と『全身』はかけたが、『前進』に関しては勝手に流ちゃんがかけただけだ。私にそんなつもりは一切なかった。
『全身』全霊で。
この先、やや上り坂になるためか、りゅうちゃんは自転車のギアを切り替えた。そして、ついでに話も切り替えるとばかりに、声もギアも少し低めに設定する。
「……で、まぁ、話戻すけど、麗華ちゃんのこと、そこまで気にする必要はないんじゃないかい? そういう話自体はよくある話だしさ。その子しか友達いないんだったらそうも言ってられないんだろうけど、でも、とうあん、さっきも言ったように案外ノリがいいから友達も多いし、大丈夫じゃないん?」
ハンドルに預けていた体を私は起こした。聞き捨てならないことを言われたからだ。私が、友達が多い?
「うん。コミュ力高いじゃん。私とでさえ友達になってくれた」
「それは……確かに」
「そこは否定しろよなぁ」
軽いグーパンチが襲ってくる。が、私はひらりと顔を傾けて避ける。
ふっ。まだまだ甘いな。どっかの胸が重い女と違って私は身軽なのだよ。
ふっふっふ。
……………。
閑話休題。
さっきの流ちゃんじゃないが、話を戻そう。
とにかく、さっきボケで私は流ちゃんにはあんなことは言ったけれど、別に私は自分のことをそんな人間だとは思っていない。
確かに、小中高と生きてきて一緒にご飯を食べる友達に苦労したことや、帰り道に学校から家まで完全に一人だったことはなかったように思う。
誰かしらは必ず隣にいて、私も誰かしらの隣にはいた。
でも、それだけだ。
とりわけそういう能力に秀でているとかそうわけでは、多分ない。
それに——
「それに——やっぱりそういうのとは、違う」
私は断言した。
「…………」
そんな私の台詞をどう思ったのか、流ちゃんは二、三度、目を瞬かせる。
が、すぐに猫が鼠を見つけた時のような笑顔を浮かべると、
「代わりの利かない、並みの友達じゃあないってことかぁ……何々、そういう関係? 新しい絵の題材になりそう!」
イラストレーター志望の血が騒ぐのか、自転車を幅寄せして、肘でこちらを小突いてくる。こらやめんか。あと、何にも関係ないけど、自動車同士の幅寄せって、確か道路交通法違反で罰則が科せられるらしいけれど、自転車の幅寄せっていうのはどうなるんだろう。一応自転車も法律上は車だから、罰せられることもあるのかな。
「自転車の幅寄せかぁ。でもそれって見た目は並走と何にも変わらないよね。というか、自転車による煽り運転なんて聞いたことないし。結局の所煽り運転っていうのは車っていう箱に守ってもらわないと何もできない人が起こすものなのかもしれないねぇ。て、また脱線、いや、脱車線しちゃったや。ふぅん。まぁ、とにかくとうあんは、麗華ちゃんと仲直りはしたいんだ。でもそれなら朝とか、帰りに話しかければいいだけの話じゃないん? 通学路、結構被っているから偶然会うこと多いんじゃろ?」
「それは、なんというか……話しかけにくい、的な……それに、あっちが仲直りしたいと思っているとは、限らないし」
「うーん。私には分からないなぁ」
りゅうちゃんは呟いた。
それは聞く人が聞けば思考放棄のようにも聞こえるだろう。
だが、こう言ってしまうと私自身も若干気持ち悪いし、あまり言いたくないのだけれど、でもあえて言わせてもらうのならば、私には、分かる。
流ちゃんの言っている言葉の意味が分かる。
りゅうちゃんはきっとそういう意味で言っているのではない。
何故なら――流ちゃんこと熊友流星は、小中の頃ずっといじめられていて、初めてできた友達も、私だからだ。
『大量の油の中に入った一滴の水みたいなものだったんだよ。いや、どちらかと言えば私が一滴の油で、彼らが大量の水か。とにかく、混ざれず、はじかれちゃったのさ。まぁ、仕方ないよ。自由に見える絵の世界でも油絵具と水彩絵の具は混ざれない。どちらにも混ざれるアクリル絵の具には、私はなれなかった』
本人は小中の頃をそう振り返り、私に教えてくれた。
そして、高校ではいじめられないために、祖父母の家の近くにある瀬山と瀬城を受け、受かった瀬山に来たことも。
だから、りゅうちゃんが言った「分かんないなぁ」という台詞は、思考放棄というよりは、本当に分からないが故に出た台詞なのではないだろうか。
今までできた友達が私だけだから、喧嘩した友達との仲直りの仕方など知らない。
そういう意味で言ったのではないだろうか。
……まぁもっとも、そういう推測ができるだけで、完全にそうだと断言できるわけではないのだけど。
何より、中学で三年間一緒だった親友のことさえ何も分かっていなかった私だ。
そんな私が、知った気になってはいけないだろう。
絶対に。
緩い坂を上り切る。
私達は、どちらからともなく自転車を止めた。
ここが、私達がいつも別れる場所だからだ。
同時に、麗華と登校時は別れる場所で、帰り道は被る最初の地点でもある。
「それじゃ」
流ちゃんは、だいたいの人が別れ際に取る、右掌をこちらに向け振るポーズを取る……いや、取らずに、何故か警官の敬礼のように、びしっと伸ばした右手をおでこの上に置くと、
「それじゃ、また明日ねとうあん巡査。明日もこの世界の平穏を守っていこう」
とりあえず私も「おー」と、一応敬礼し返しておいた。……両手離しや、ハンドルに両肘を置いて自転車を運転していた私達が絶対に言っていい台詞ではないだろうが。
それから最後に、流ちゃんは、
「それじゃとうあん巡査。ほんとに苦しくなったら警部である私に相談するんだぞ。上司は部下の相談を聞くのも仕事の内なんだからな。それに……私はその子の代わりにはなれないけど、お互いあの高校に落ちた者同士、傷を舐め合うことくらいはできるからさ」
そう言って、「さらばだ」と捨て台詞を吐き、流ちゃんは背中を向け、帰っていく。
慌てて私は「ありがとう」と言うが、きっと彼女にはもう聞こえていないだろう。
……『さらば』て。あれじゃまるで、警察官じゃなくて、怪盗だ。
世界観がまるで統一されてない。
いや、もしかしたら、怪盗のように思わず逃げたくなるような何か、例えば恥ずかしくなったとか、そういう可能性もあるが、まぁ、流ちゃんに限ってそれは無いか。
「…………」
私は最後に、もう橋の向こうに見えなくなってしまった流ちゃんに小さく手を振り、自転車を、帰り道の方向である右に軽く持ち上げ動かす。
そして、ペダルに力を入れたその瞬間、
「ねぇ」
後ろから聞こえて来たその凛とした声音に、私はその足を止めた。
止めて、しまった。
長らく聞いていなかった、にも関わらず、やけに聞き覚えがあるその声。
私は振り返る。
「さっきの、友達?」
そこには、とびっきり綺麗な娘がいた。
私立らしく、白色の野暮ったい瀬山のセーラー服とは違って、オシャレでシックな黒一色の、瀬城高校のセーラー服。
絹糸のような黒髪に、長いまつげ。切れ長の瞳。細くみずみずしい唇。
スレンダーで、女子にしては高めのその身長が、知的な美少女という印象をより強めている。
自転車に跨っている彼女は、左足を地面に着け、片足をサドルに残したまま、やや自転車を傾けて立っている。
風に流されるままに、濡羽色の長い髪とまつ毛が踊る。
眩しい夕日のせいか、それともはたまた別の理由か。
「……麗華」
そんな彼女、嵐麗華は目を細め、私を見据え、立っていた。
ご一読ありがとうございました。




