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――キーンコーンカンコーン。
「…………」
藤愛との絶縁宣言から三週間後の、午後のホームルームが終わると同時、あらかじめ荷物を纏めていた麗華は真っ先に席を立った。
元々放課後に談笑をするクラスメイトがいないというのもあるが、しかし、最近は早く帰らなければならない理由ができてしまったからだ。
もう二度と、彼女と会わないようにするため。
二度と、放課後、そして朝に、勝山藤愛と鉢合わせして、あの時の決意が揺らがないようにするため。
もちろん、彼女より早く学校を出たからと言って、彼女と出会わないという絶対の保証はない。
だから、帰り道も変えてある。
かなりの回り道になるが、一度校外に出れさえすれば、絶対に彼女とバッティングすることはまずない道だ。
本当は自転車という登校手段そのものも変え、バスかタクシーにでもしまいたかったのだけれど、親に相談したところ、理由も説明していないのに「そんな無駄な出費があるか」と一蹴されたので諦めた。
……もっとも、理由を求められたところで、彼らが納得するとは思わなかったので結局結論は同じだっただろうが。きっとこの気持ちを共有できる人間は麗華と藤愛以外にはいないだろう。
私立のくせに、いや私立だからこそだろうか、節約でもしているのか、蛍光灯の消された、外同様暗い廊下を下駄箱目掛けて歩く。
今日は、雨は降っていない。その代わり、雷様が準備運動でもしているのか、暗雲から不吉な音が響いている。
いっそ、降ってくれればいいのに、と思う。
そうすれば、合羽で身を隠すことができるのに。
もし出会っても、合羽があるから気が付かなかったのだと、自分を誤魔化すことができるのに。
実際は合羽の色だけじゃない。自転車や立ち姿だけで彼女を彼女だと認識できるのだけれど。
だけど、『確信』が持てないというのは、それだけで随分と楽になるものだ。
暗く、もやもやした、今の天気と全く同じような気分を抱えながら、階段を下りる。
自分のクラスからは一番に出たが、どうやら他の学年や他のクラスはもっとホームルーム終了が早かったらしく、そこそこの生徒が自分と同じくらいの、あるいは自分よりも早い速度で下駄箱に向かっている。中には、家で病気の猫でも待っているのだろうか、既に靴を履き終え、外に出ている者もいた。
ーー騒ぎは、そんな下駄箱から出て二メートルぐらいのところで起こっていた。
「ちょっと帰ってくれない? その制服見ると低偏差値が移っちゃう」
「そーそー、帰れ、帰れ」
靴を履いて出る。
見ると、4、5人くらいだろうか、瀬城の女子生徒が、誰かを囲うようにして、そんな低偏差値はどちらだろうというような悪口を飛ばしまくっていた。その中には、前に藤愛と遊びに……いや、新しく友達ができた時のための練習として付き合ってもらった際に、偶然バス内で出くわした、同じ中学校で、今はクラスメイトでもある子達もいる。
言われている方は、瀬城の子達の背中で良く見えないが、おそらく制服云々の話をしていたことから、他校の生徒なのだろう。
低偏差値とも言っていたから、おそらく仲の悪い瀬山の生徒だろうか。
ーーアホらしい。どっちも。
興味を無くした麗華は、彼女らの横を通り過ぎて、駐輪場へと向かう。
ーー言う方も、当然アホだし。言われる方も、間抜けだ。瀬山の生徒が瀬城の子と仲が悪いのは一般常識だろうに。何でわざわざ校内に入ってきてしまったのか。瀬城じゃなくても普通他校の生徒を待つのなら、中じゃなくて、校門の近くあたりが常識だろうに。
そういう見た目だけには気を遣うのか、やけに真新しい木製の屋根を持つ駐輪場で自分の自転車を見つけ鞄を籠の中へ乱暴に入れる。
鍵をポケットから取り出し、ロックを解除する。そして跨ろうと足を上げかけた、その直後、
ーー校外に出ると、その人物に会えなくなるからだとしたら?
そんな考えが脳裏をよぎり、麗華は足を止めた。
そうだ。
校門付近は人も多いし、それに自転車で出て行く生徒は結構な速度で出て行く。
もし気付けたとしても追いつけない可能性が高い。
いや、それでも今の時代、メッセージアプリを使ってやりとりをすることもできる。
別に直接会ってやりとりする必要はない。
いや……でも、もしメッセージアプリは使えないけど、会いたい人物がいたとしたら?
それが、軋轢がある瀬山だとしても、会いに来なければならないような、特別な関係があるのだとすれば?
「っ……!」
麗華は、普段の麗華ならあり得ない行動である、自転車のロックを外し、荷物を籠に放り出したまま、踵を返し、さっき揉めていた場所へと走った。
「いい加減にしろっ!」
「キャ!」
おそらく1分も経たない内に場は荒れに荒れていた。
取り巻きの内、1人が手を出したのか、軽い喧噪が起こっている。
ーーゴロゴロ。空がうるさい。
嘘だ。そんなわけない。心臓がうるさい。
「どいて!」
麗華は今にも再び殴りかかろうとしていた取り巻きを横に払った。
バランスを崩した取り巻きは盛大に尻もちをつく。
壁を取り払ったことで、中にいた、彼女の姿が露わになった。
「……うそ。なんで……?」
麗華はその場に立ち尽くした。
その人物は麗華の想像通りの人物で、そして想定外の人物だった。
その姿を見間違うはずはない。
瀬山の制服。
肩を打ったのか、かかっているセミロングの茶髪越しに患部を抑える白い指。
苦悶の表情を浮かべているが、しかし、垂れ目なせいで相変わらず、本気さが伝わってこない可愛らしい顔。
そして。
そして――
「あ」
麗華に気付いたのか、丸く開いた、今までで一番柔らかかった――唇。
やがてその唇は麗華を見つけたことで、閉じられ、そして角が持ち上がる。
ーーゴロゴロ。空が、うるさい。いや、違う。これは、心臓か。
ーーポタポタ。雨が降ってきた。いや、違う。確かに降ってきたが、それより前に、それは麗華の頬を伝っていた。
彼女は手を伸ばす。
麗華に向けて。
迎えに来た、ということなんだろう。
でも、麗華には、それが別のものに見えた。
そう。まるで、王子にお姫様が伸ばすアレ。
「麗華、帰ろう」
――ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオン!
麗華が、彼女の手を取った瞬間、大気を揺るがす閃光と、大量の雫が地面を打った。
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