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「ハァッ……! ハァッ……! ヤバい……死にそう」
「それは……こっちの、台詞よ!」
私の部屋に入ると同時、私と麗華はほとんど同時に、制服がびしょ濡れで透けまくっているにも関わらず、私のベッドに飛び込んだ。
瀬城から家まで、雨の中を合羽も着ずに、脇目も振らずに自転車で逃げて来たからだ。
本当は、その場で持ってきていた合羽を着て、麗華に駐輪場から自分の自転車を持って来させて、私も瀬城の校門のすぐ近くに止めていた自転車で帰ろうと思ったのだが、取り巻きの一人がチクりやがったのか、麗華が自転車を持ってきたタイミングでザ・生活指導教師みたいなジャージを着た強面の先生が飛び出してきたのだ。
慌てた私達はその場から急いで逃走。
本当はちょっと走って追ってこないことを確認した後、合羽を着て優雅に帰ればよかったのだろうが、捕まることを過度に怖れ、一度も後ろを振り返ることなく、僅かに学校に近い私の家まで逃げてくる羽目になったのだった。
「はぁ……はぁ……」
「……ん、はぁ……」
私の部屋のベッドは当然私一人用で、二人分のスペースはない。
だから、必然、二人で使用するにはかなりの距離を詰めなければならず、互いの顔は、お互いの吐息が当たる位置になる。
「…………」
「…………」
ものすごい服の惨状を互いに視認し、しかも電気も点いていない部屋で、それを自覚して、私達は同時に目を逸らし、互いに背中を向けた。
まだ結構雨が降っているのか、雫がアスファルトをバウンドする音と、雫がぱちぱちと扉を跳ね返る音が響く。
近くでこそないが、ゴロっと小さく音が鳴った後、数秒遅れて黄色い光が薄暗い部屋を時折照らす。
麗華の小さく弱々しい声音が私の耳に入ってきたのは、そんな雷が大体5回くらい鳴って、互いの荒れた息遣いも僅かに止んだ頃合いだった。
「ねぇ、いったいどういうつもり?」
「何が?」
「何がじゃないわよ。どういうつもりなのかって訊いてるの。わざわざ学校まで来て、どういうことよ。私達は、もう会わないって決めたでしょう?」
「こうでもしないと、麗華は来てくれないと思ったから」
答えになってない答えを、私は返した。
そしてそれと同時に、私は背中を翻し、麗華の方を向いて微笑む。
「それに、実際、来てくれたでしょ?」
「…………!」
麗華も振り返っていて、目の前には麗華のシミもニキビも、毛穴さえ一つも見えない程綺麗な彼女の白い顔がある。
だけど、麗華の顔は私とは違って、今の雨空のように晴れることはない。
怒気を孕だ、しかし、どこか哀しみも内包したような口調と顔で囁く。
「瀬城は……瀬山と仲が悪いって知ってるでしょ。なのに藤愛が来て、一緒にいる所を見られたら私、皆から白い目で視られちゃうじゃない。私達が一緒に帰ってた目的は、高校で私が友達を作る練習だったってこと、忘れたの?」
「今まで私と一緒に帰ってたんだから、もう今更でしょ。あの時、瀬城の子達も少なからずいたし。それに、嫌なら断ればよかったでしょ」
彼女は私とは何の関係もありません。彼女が勝手に入ってきただけです、とでも言えば先生も、そしてクラスメイトの顰蹙もそこまで買う未来にはならなかったはずだ。それでも、麗華はついてきてくれた。
もちろん、半ば脅迫みたいなもので強制的だったことは認めるが、しかし、それでも麗華はこうして私の傍にいる。それだけが現実で、それだけで十分だ。ifは有り得ないし、いらない。
「……それは、そうかもしれないけれど。でも、私だけじゃないわ。藤愛の方にも悪影響が出るかもしれない。何か因縁を付けられる可能性もある。もっと先のことを考えて行動しなさい」
「…………」
私は口をだらしなく開けてしまった。
「どうしたの?」
「ううん。やっぱり麗華はすごいなぁって、そう思って」
「すごい?」
「うん。そんなことまで考えれるんだって。私だったら絶対にできない。やっぱりそういうところが、大好き。そしてそれが――
――大嫌い」
「っ……!?」
私は、横になっていた体勢を更に麗華の方へ倒し、麗華の上へとのしかかった。
お腹の上に跨り、両手で麗華の手を握り込むことで、彼女の自由を全て奪う。
雷が落ちたのか、部屋が一瞬明るく照らされ、何が起こったのか分からず困惑している麗華の顔が映し出された。
そんな麗華の顔に向けて、私はーー叫んだ。
「きらいっ……ずっと嫌いだった……! 私より頭が良くて! 私より綺麗で! 私よりしっかりしてる麗華のことがずっとずっと嫌いだった……! なのに好きになって! 一緒にいたら傷つくだけなのに! それなのにいっしょにいられずにはいられない程好きなのが、嫌いだった! 離れらない程、好きなのが、嫌いだった! 麗華なんて、嫌い! こんなことなら、出会わなくちゃよかった!」
「……! 藤愛……」
いくつもいくつも、麗華のものではない雫が、麗華の顔を滑り置ちていく。
それは麗華の首元を伝い、彼女の黒の制服へと染み込んで行く。
「私もよ……藤愛。誰とでも仲良くできる藤愛が嫌いだった……。私より運動神経がいい藤愛が嫌いだった……。私より可愛い藤愛のことが嫌いだった……。それなのに嫌いになれなくて、むしろ好きになって……でも、好きになる度、自分との差を見せつけてる藤愛のことが大嫌いだった……! 私も、出会わなければ、よかった……!」
麗華の目じりからも、ぼろぼろ涙がこぼれていく。
私の涙と麗華の涙が一つになって、ベッドのシーツのシミになって行く。
私は、麗華のと自分の鼻先がくっつくほど顔を近づけ、互いの目を直視しながら告げる。
「嫌いなら、離れてよ。一緒にいないでよ。私をこれ以上、傷つけないで」
「藤愛が私を傷つけないなら、私は離れる。でも、藤愛も私を傷つけてる。じゃあ、お互い様でしょ? 傷つけられっぱなしなんて、癪だもの」
その言葉を聞いて、私は、嗤った。
「そう……そうだよね。じゃあ、もっと傷つけてあげる」
「んっ――!?」
私は、麗華の頭を抱え、この前麗華に無理矢理されたのと同じくらい重いキスを麗華の唇に乗せた。
抵抗する言葉を吐こうとした気配がしたので、舌を滑りこませ、それを封じる。
しかし、麗華もやられっぱなしではない。
私が麗華の頭を抱えるため離した右手で、私のセーラー服の胸元の部分を掴むと、そのまま力を入れて握り込んでくる。
さっきの雨で、セーラー服だけではなく下着まで透けてしまうほど湿っていたため麗華に掴まれた部分だけではなく、下着とセーラー服に覆われている部分全てがひんやりとした刺激となって襲い掛かってくる。
それだけではない。更に私が動揺して力が緩んだことで解放された左手で、麗華の頭を抱えていた私の手を振りほどくと、そのまま攻守交替と言わんばかりに、一度唇を離し、今度は麗華から私の唇を覆い、そのまま二人とも抱き付いたまま、ベッドの上で横向きになった。
どちらかが刺激する度、刺激された方はまたムキになってやり返す。その度に、疼痛と快楽と愛情が、喘ぎ声となって二つの唇から漏れ出てくる。
ーーああ、そうだ。
私は、麗華の太ももの付け根に指を這わせつつ、彼女のほのかに丸みを帯びた胸に舌を這わせながら、思い出す。
流ちゃんの部屋に飾ってあった、あの絵を。
ハリネズミカフェで見た、私の掌の中に収まる二匹のハリネズミを。
あの、心理学用語を。
そうだ。
私達は――ヤマアラシなんだ。
歩み寄れば歩み寄るだけ、好きになればなるだけ、自分の針は相手に深く突き刺さっていく。
その針は奥深くまで刺さって、もう離れることはない。
そんな哀れな私達にできることはーー互いの傷を、舐め合うだけ。
「嫌いっ……! 麗華なんてっ……嫌いっ!」
「私もよ藤愛……! 藤愛なんてっ……大っ嫌い!」
麗華の五指が私の背中を舐めるように這いずり回る。
私の五指が、麗華の陶器のような背中を舐めるように味わう。
私の指が、麗華の太ももを舐めるようにさする。
麗華の指が、私のお尻を舐めるようになぞる。
私の茶髪が、麗華の黒髪を舐める。
麗華の黒髪が、私の茶髪を舐める。
私の胸が麗華の胸を舐める。
麗華の胸が、私の胸を舐める。
私の唇が、麗華の唇を舐める。
麗華の唇が、私の唇を舐める。
私の舌が、麗華の舌を舐める。
麗華の舌が、私の舌を舐める。
ぺろぺろ。
ぺろぺろと。
自分が傷つけた相手の部位を舐めまわしていく。
けど、その度にどんどん針は相手に新しく刺さっていき、そしてそれによってできた傷を、私達はまた舐めとっていく。
傷つけ、傷ができて、それを舐め合って、また傷ができて、それをまた舐め合う。
あれほど望んだ、友達とはまるで程遠い行為。
恋愛としても、あまりに醜く、自分勝手な行為。
だけど。
それでも。
その分。
何よりも。
誰よりも。
私たちはーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー深い。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。




