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翌六月病の症状が悪化したので、学校をサボることにした。
「…………」
……いや、サボると言ってしまうと聞こえが悪い。
過度な眠気、やる気の欠如、食欲の低下、学力の低下、運動能力の低下など、かなり六月病特有の症状が顕著に出て来たので、仕方なく、本当に仕方なく、自宅で静養することにしただけだ。
そう――まだ、ほんの、三日ほど。
「…………」
いや、確かに六月病の療養期間としては結構長いかもしれない。
でも、本当に仕方ないのだ。
学校に行っても授業は分からないし、話し相手もいないので、誰かと親交を深めることもできない。体育で運動するにしても全くやる気が起きないし、恋愛なんか論外だ。つまり学校に行っても、学校でやるべきとされることが何もできないと言うことで、つまり行く価値が1ミリも無くなってしまったのだ。むしろ行けばその分、ストレスが溜まる。
だったらまずはそれを無くすため、学校に行くことを一旦止め、ストレスを回避するという手段を取るのは自然の摂理というものだ。むしろ効率的とも言える。
「さて、と」
そんなことを、普段見ることのなかったドラマの再放送を眺めながらぼーっと考えつつ、私は自分の部屋のベッドでもない、リビングのソファに寝転ぶ。
気付けば既に時刻は16時。
健全な学生なら帰宅し始めるか、もしくは部活動に打ち込み始める頃合いだ。
だが、生憎、本当に生憎、私は、六月病に罹患している健全でも健康でもない学生だ。
だから仕方ない。まだ治りそうもないので、もう一回寝て、回復に努めるとしよう。お休みなさーい。
そう、自分に言い聞かせ、じゃなかった。仕方なく、本当に仕方なく、私はクッションを頭の下に持ってきて。そしてこのくそったれな現実ではない夢の世界へと――
「寝るなぁ」
「……ひっ! な、何!?」
――おどろおどろしい声と共に、バァン! と急に窓の方から鈍い音が聞こえて来て、私は跳ね起きた。
恐る恐る窓のほうへ視線をやる。
そこには、女の人影があった。
遮光カーテンでシルエットしか見えないが、ボブカットくらいの髪型の女性が、ガラス戸を壊れないくらいの威力でバシバシ掌で叩きつけている。
戸の方へ移動する。そしておっかなびっくり遮光カーテンを開けると――
「何やってんの流ちゃん」
――窓を叩いていたのは、流ちゃんだった。
学校帰りなのか、制服を着ている。
さっきのおどろおどろしい声も作った声だったのだろう。
まぁ、正直なことを言うと、声自体、あんまり作れていなかったので、だいたい正体には気付いていたのだけれど。そうでなければわざわざ遮光カーテンを開けることはない。
もう玄関に移動してもらうのも面倒臭いと思い、私はそのまま窓を開ける。そして靴を脱いで入ってくる流ちゃんを家に招き入れた。
「ふっ。なんとか無事、調査対象の家宅への侵入に成功した、でござる」
「いや、完全に私のアシストで入ったけど……」
ソファに座ってツッコむ。どうやら流ちゃんの今日のキャラは忍者らしい。わざわざインターフォンを押さずに入ってきたのも、そのためだろう。まぁ、結局、どこも開いていなくて、仕方なくドアを叩くしかなかったらしく、忍者感はもうこの時点でまるっきりないが。語尾も完全に付け足してたし。
「……それで、何しに来たの?」
忍者感を出すためか、今更シュッシュッとか言いながら、手裏剣を飛ばす仕草をしている流ちゃんを見て、私はつい、つっけんどんな物言いになってしまった。
当然、その仕草に呆れたわけじゃない。この前流ちゃんの家であったことが原因だ。
しかし、そんな私とは違って、流ちゃんはまるでそんなことは覚えてないと言わんばかりに、
「ああ、そうだった。うちの旦那様からあなたにとある書物を渡すよう、依頼されていたから来たのだった」
と言って、スクールバッグから一枚の紙を取り出し、渡してくる。
渡されたのは、ありふれた学校通信やら宿題のプリントの束だった。
どうやらうちの旦那様というのは担任のことで、とある書物というのはこれのことだったらしい。忍者のキャラになっていたのも、これらを担任に、私に渡すよう頼まれたからなのかもしれない。
……ん?
「いや、でも私の家、何で流ちゃんが知ってるの? 来たことあったっけ?」
「ああ、それはもちろん忍者らしく隠密に……じゃなくて、先生に訊いたら教えてくれた」
「嘘つけぇ。絶対いつか、つけて来てただろぉ」
昔ならまだしも、今時の担任がペラペラ生徒の個人情報を渡すとは思えない。
本当に忍者やってどうする。
「それで? とうあん、何で学校来ないの? やっぱり、私のせい?」
沈黙が訪れかけたところで、流ちゃんが尋ねてきた。
前のことを気にしているのか、バツが悪そうに苦笑を浮かべている。
私は同じように苦笑して、
「違うよ。流ちゃんのせいじゃない」
「じゃあ、どうして?」
「それはその……ちょっと、体調が悪くて」
「心の方はともかく、体の方は全くそうは見えないんだけど。コーラ飲みながら昼ドラ見てたし。なんの病気?」
「えっと……六月病」
「何その五月病のパチモンみたいな病気」
「忘れて」
流ちゃんは首を捻っている。
どうやらそんな病気はないらしい。
知ってる。だって私も知らないし、最初から罹ってないし。
「……それじゃ、私、帰るね。月曜日からはちゃんと学校に来るんだぞ? じゃないと立派な火影になれないってばよ」
「……うん。ありがとう。ホカゲって何か分かんないけど」
「てばよ」という語尾もよく分からない。それも忍者の語尾なんだろうか。
流ちゃんは入ってきた窓の方へとゆっくりと歩いていく。
鍵を開ける。そしてガラス戸の取っ手を掴んで、開こうと――
「なぁんて!」
――したその瞬間、それこそまるで忍者のようなジャンプ力で飛び跳ねたかと思うと、ソファの近くで立って流ちゃんを見送っていた私の肩を掴み、そのまま私を押し倒してきた。は――?
「一度振られた相手の家に来たんだよ? それも親御さんはいない、二人きり。これだけで終わると思ると思うの?」
私に馬乗りになった流ちゃんはそう言って、暗い笑みを浮かべる。
完全にマウントポジションを取られてしまった私は、全く抵抗できない。
「は、離して……! 何する気?」
「うーん。何しようかなぁ。なんでもできるなぁ。ああ、そう言えば流ちゃん、さっき嘘ついたよね? 六月病とか云々」
「え?」
確かに吐いた。六月病なんてものは嘘っぱちだ。でも、それが何だって言うんだ。
「嘘ってさ。良くないわけだよ。ほら、例えばさ、小さい頃、誰かと何か約束した後、歌ってた歌あるじゃん。指切りげんまんってやつ」
流ちゃんはポケットをまさぐると、二枚の、小さなクーポン券のような、ラミネート加工された紙をポケットから取り出した。
その紙は二枚とも小さく穴が開いていて、安全ピンでまとめられている。
流ちゃんはその安全ピンを外し、紙と安全ピンを分離させる。
にやりと笑う。
そして、それこそ忍者の短刀のように忍ばせていたそれを私の方へ突き付けると、こう言った。
「嘘つきには、針千本飲ませなきゃいけない」
ご一読ありがとうございました。




