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流ちゃんの家に来てから2時間。
放課後に来たので既に空は茜色に染まり始めていた。
小学生なら、良い子はそろそろ帰ろうねと言われ始める時間だ。
そして、そんな中、私達は――
「もういーかい」
「もういいーよー」
――何故か、小学生みたいな遊びに興じていた。
当然この独特の質疑応答を用いる遊びなど他にない。
そう。女子高生の私たちはあろうことか、かくれんぼに熱中していた。
かくれんぼ。
あの見つける方を鬼、隠れる方を子として、鬼に見つからないよう、子が隠れるシンプルなゲームである。
そんなかくれんぼをやり始めた理由もこれまたシンプル。ツ◯スターが終わって一息入れた後、唐突に流ちゃんが「かくれんぼしない?」と言い出したためだ。
普通は、いや、何で急にかくれんぼ? と疑問を持つだろうが、流ちゃんであれば話は別だ。役に入り込むのが好きな流ちゃんだ。鬼という役になり切るのが楽しいのだろう。
だから代わりに私が心配したのは、他人が家をひっかきまわしてもいいのか、ということだったのだけど、流ちゃんは
「いいのいいの。後で片づけるから」
とのことだった。
その言葉は政治家の『将来税金を下げます』ぐらいの信用度しかなかったのだけれど、しかし、こんな大きい家を散策できるのが楽しくてつい私も乗ってしまった。
「みーつけた」
二階のベランダの扉を開け、ベランダで洗濯物に擬態していた流ちゃんを見つけると、一応鬼ごっこワードであるそれを発して、指差した。流ちゃんは結構長い間ぶらさがっていたはずなのに、全く疲れを感じさせない、体操選手さながらの綺麗な着地を見せる。ツイス○ーがあまりにも早く決着してしまったため、分かりにくかったけれど、流ちゃんは運動神経がいい。……全く運動に向かなさそうな重りを胸に抱えていると言うのに。
「うーん。見つかっちゃったかー。隠れようとすれば、隠れようとした痕跡が絶対に残るから、あえて隠れずに洗濯物に擬態するっていう方法を取ってみたんだけど、駄目だったかー。やっぱ擬態はバレてるから擬態なんだねー」
蛸さん当たりが聞けば蛸だけに顔を真っ赤にしそうなことを言っているが、しかし、良い発想だったし、効果的でもあったと思う。かくれんぼでかくれようとしないのは斬新だったし、最初私は見つけられず、色んな隠れられそうな場所を開けたりひっぺがえしたりしていた。
――ベランダの扉の鍵が開いていることに気が付くまでの話だが。
「それじゃ、次は私が鬼だね。時間的にそろそろ最後にしよっか。かくれんぼって昔は、夕暮れ以降にやるのはタブーとされてたみたいだしね」
「へぇー。何で?」
「神隠しとか、人身売買を連想させるからしいぜー。つまり次、とうあんは私に見つかれば……へっへっへ」
「鬼みたいに下衆い笑い方やめろぉ」
手をわきわきさせ始めた流ちゃんから、私は逃げるようにベランダを出て、流ちゃんは一階へと向かう。
二階のどこかに隠れ、子が準備ができたら『もういいよー』と叫んだらゲームスタートのルールだからだ。一階にわざわざ鬼が一度降りるのは、言わずもがな、二階にいると声の発生源でどこに隠れているか、すぐに分かってしまうためである。
「もういいーかーい」
「まぁだだよー」
まだだったのでそう叫ぶ。
それにしても鬼なのに「もういいかい」とわざわざ訊いてきてくれるのは、かなり親切な鬼だよなぁ。いや、そんなことはどうでもいい。早く隠れる場所を決めなければ。
どこがいいかと私は考え、先程、流ちゃんが言っていた台詞の一部を思い出した。
ーー隠れようとすると、どうしても、その隠れた痕跡が残る。
ーーだから隠れないで擬態してみた。
実際には流ちゃんは擬態はできたいたものの、痕跡を残してしまったわけだが、しかし、もしも、もし、痕跡を残さないほど擬態できればパーフェクトではないだろうか。
そうと決まれば私の行動は早い。
とある部屋に行き、その『物の一部』に擬態するために、とある部屋に行き、その場所に慎重に身を潜め「もういいよー」と叫ぶ。流ちゃんが「ガハハ、若いおなごを捕まるのはそそるわい」とか笑いながら階段を登ってくる音が聞こえてきた。あんたも若いおなごじゃろがい。
……暇だな。
窓から差し込む淡い西日を背景に、そして、流ちゃんが廊下を徘徊している音をBGMに、私は内心で呟く。
かくれんぼは、当然、隠れるからかくれんぼだ。
隠れるというのは基本身動きしないということで、つまり暇と言うことである。
暇であれば人間はついつい余計なことまで考え事をしてしまうものだ。
ーー擬態はバレるから擬態、か……。
麗華が言っていた、リダクショニズムという言葉はとある複雑なものでも、その物を構成する一個一個の要素を集め、理解し、再現すれば、その一個の複雑な物と同じものになると言っていた。
でも、それが果たして擬態に該当するのだとしたら?
流ちゃんは、擬態は必ずバレるから擬態だと言った。
それならその後はどうなるんだろう?
擬態しているということが、バレれば? その後は――私達は――
「変わらなさすぎるっていうのも、逆に不自然なんだよ」
…………え?
私は思わず飛び上がりそうになった。
いつの間にか流ちゃんが同じ部屋にいたことじゃない。
その、まるで思考を読んだかのようなその台詞の方にだ。
「絵を描いてると毎回思うんだけど、全く同じ瞬間ってないんだよ。物の配置、空気、劣化具合、必ずどこか違ってる。かくれんぼも同じ。変わらないことが普通じゃない。変わるのが普通なんだよ」
茜色に染まる室内、流ちゃんは物にあふれるその部屋でも、そんな風に流暢に語りながら歩を進めている。
普通に聞いていれば、かくれんぼの技術に関しての、なんてことのない話のはずだ。
口調も声の大きさもいつもの流ちゃんと少しもたがわない。
なのに、私の皮膚から出た水を吸ったセーラー服はすっかり重たくなっている。
「ねぇ、今日さ、とうあんは何でうちに来てくれたの? 今までなら、あの子との約束があって来なかった」
私の動揺を誘って居場所を探る作戦か、それとももう既に分かっているのか、判別はつかないが、流ちゃんはそんな言葉を紡ぐ。
確かに、私は今までは麗華の方を優先していた。事実だ。でも、それは、麗華の方が先に約束を取り付けたからだ。そう、思っていた。
「なんとなく分かるよ。あの子と上手くいってないんでしょ? 擬態が、上手くいかなくなってるんだ」
「……!」
物理的にだけじゃない、精神的にも目の前で告げられたその台詞に私は耳を塞ぐ。
でも――
「ねぇ、とうあんはきっと何も変わりたくなんだよね。きっと、あの子と仲良かったその頃、その頃のままでいたいんだ。でも、ね。さっきも言ったけど、それはきっと無理だよ。変わらなすぎるのも、また変で、変わるのが普通だから。擬態はあくまで擬態なんだ。だから――」
「みぃつけた」
——流ちゃんは、自分の部屋を埋め尽くしていた大量の物の山を薙ぎ払うと、私を指差した。
「私が取り出したツイスターの布の場所をそのまま隠れ場所に利用したんだね。たしかに、空いたスペースにそのまま潜り込めば、隠れた痕跡は残りにくい。他の物を移動する手間がなくなるわけだから。そしてこの部屋の大量の物の一部に流ちゃんは擬態したわけだ。考えたね」
蠱惑的な笑みを浮かべ、流ちゃんは、私の肩を掴むと、私をその場に押し倒した。
抵抗するはずだった。
けど、どうしても一つ、訊きたいことがあって、私はそっちを忘れてしまった。
「何で、分かったの?」
「とうあんが、好きだから」
「…………!」
流ちゃんは床に押し倒した私の肩にぐぐ、と力を入れてきて、言う。
「ね。これで分かったでしょう? 私はとうあんを見つけてあげられる。私はとうあんのことを分かってあげられる。そしてとうあんもそう思ってるでしょ? 私と遊んで楽しかったはず。今日だけじゃない。学校でも私といる時は自然体だった。……あの子とは、違って。だから私の家に来たんだ……ねぇ、私はさ、今まで誰かを好きになることはなかった。ううん、できなかったって言った方が正しいかな。いじめられてたから。でもとうあんは、特別。ねぇ、だからさ、私も、とうあんにとっての、特別になりたい。なってよ。擬態なんかじゃない。本物の特別に」
いつもの、見ただけで暗雲を吹っ飛ばすような、からっとした温かい笑顔ではなく、大量の熱い雨粒を帯びた流ちゃんの瞳を見て、私は思う。
……確かに、そうかもしれない。
いつも私は流ちゃんの前では自然体だった。
流ちゃんの人差し指が、私の小さな胸にすっと触れた。芸術家らしい、絵具を伸ばすような、繊細で優しい指先が、セーラー服の上から私の胸をなぞり、僅かな甘い痺れが脳内に響く。
そんな指が今度はするりとスカートの中に侵入してくる。
普段人に触られていない部分に触れられているはずなのに、嫌悪感はまるでない。
まるで最初は熱いけれど、だんだん気持ち良くなってくるような温泉のシャワーのような感触が、私の胸と太ももに滑り込んでくる。
「とうあん……私も、触って……」
流ちゃんは私の太ももに触れていた手を離すと、代わりに自分のセーラー服の胸元を、下着ごとまくり上げた。
そして半分ほど露わになったそのくっきりとした半円を描くその左胸に、私の右手をつかんであてがう。
「熱い……」
それは、深く押し付けなくても分かるほど、熱く速く、脈打っていた。
何も思わない相手には絶対に現れない、特別な感触。
「ねぇ、とうあん。キスしていい? もちろん、初めてだよ」
私はなんと答えただろう。
いいよ、と言ったのかもしれない。
何も言わなかったかもしれない。
けど、拒まなかったのは確かで、流ちゃんの唇は、私のソレを食そうとするかのように、自然と迫ってくる。
そして、私のちんけなそれなど吸いつくされてしまいそうなほど、みずみずしく艶のある流ちゃんのそれが覆いかぶさろうとした、その瞬間——
――『ジレンマ』
「とうあん……? どうして?」
どうしてだろう?
私でもはっきりしたことは分からない。
でも、壁に飾られた、流ちゃんが描いた、2匹のハリネズミの絵。
その絵を見た瞬間、私は気が付けば、流ちゃんの唇を拒むように手で塞いでいた。
「ごめん流ちゃん……、私は、流ちゃんとはそういう関係には、なれない」
「……そっか」
それ以上、流ちゃんが求めてくることはなかった。
お互いすっかり乱れてしまった服を着直して、そこでようやくさっきまで晴れていた空が黒く染まり、どす黒い水をまき散らしていることに気付く。
私は家を出る。
玄関まで送ってくれた流ちゃんを振り返ることなく、私はそのまま濡れて家に帰った。
ご一読ありがとうございました。




