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LINEで『今日は流ちゃんの家に遊びに行くから一緒に帰れそうにないや。先帰ってて』と麗華に送ると、『ご自由に』とだけ返ってきた。
うーん。感情がどうにも読めない。
怒っているのか、それとも文字通り好きにしていいよという合図なのか。
まぁ、とにかく許可は取れたので『ごめんね+兎のキャラが土下座、というよりは、「はーはー」と平伏しているようなスタンプ』を送信し、流ちゃんの家に遊びに行くこととする。天気は、時折優しくなるDV親か何かなのか、びっくりするくらい晴れていた。
「ご飯にする? お風呂にする? それとも、わ、た、し?」
放課後。
おばあちゃんちなのだという、高校から自転車で10分という中々の好立地に佇む、周りを田んぼに囲まれた、二階建てのかなり大きめな木造の住宅の玄関を若干緊張しながら跨いだ私に、先に上がっていた流ちゃんはご丁寧に人差し指を自分の唇にあてて言ってきた。
今回のキャラはどうやら新妻という設定らしい。
どうやら今日は祖父母ともにいらっしゃらないらしく、私は自分の靴と、ついでに雑に脱ぎ捨てられていた流ちゃんの靴だけ整えてから、
「お風呂は、初めて来た家では入れないし、ごはん……も、流石に初めて来た家でごちそうになるわけには行かないし、消去法であたしにするしかないねぇ」
「お風呂は38度のやつが。ご飯は肉じゃがを作る準備があります」
「その質問でお風呂とご飯の準備もちゃんとしてある場合あるんだ……いいよ。流石に悪いし。あたしで」
「もう、強引ねぇ。じゃあ部屋行こっか?」
言うと流ちゃんは、かもーんと、ばかりに手招きして、おじいちゃんちにありがちな結構な角度の階段を上っていく。
肉じゃがもお風呂も冗談で、部屋というのももちろん自分の部屋という意味で当然いかがわしい方のものではないだろう。というか、友達の家でそれ以外の部屋に案内されても困るし。
「光栄に思いなさい。私の寝室に入るのはあなたが初めてよ」
「おー。光栄に思うぞー。大体の子供部屋って寝室付属してるものだけどー」
階段を上り、長い廊下の突き当り。おそらく、というかきっと、そこが流ちゃんの部屋なのだろう。流ちゃんが偉そうな口調とは対照的に、先に扉のノブを捻ってを開け、片手で「どうぞお入りください」と言わんばかりに私を招き入れる。これじゃ新妻かメイドか分からん。
「さて、お手並み拝見……こ、これはー!」
部屋に入り、私は思わず感嘆のあまり声を上げた。ぼそりと、持っていたスクールバッグが廊下と衝突して鈍い音を立てる。す、すごい!
「物凄くっ、汚いっ!」
まぁ、ちょっとだけ予想していたところではあるが、しかし、その想像以上に流ちゃんの部屋は汚かった。
埃が溜まっているとか、名前を言ってはいけないあの虫が大量に徘徊しているとかそういうのではなく、とにかく物が散乱しているタイプの汚いだった。
かろうじてベッドや机、テレビ、などその周りの動線は確保されているものの、それ以外は壊滅的で、アクセサリーなどの小物類、訳の分からない置物、そして画材などが、子供部屋にしては大きい、二十畳くらいの大きさに散乱していた。
いつもあり得ない程、綺麗にしている、というより本以外の物をほとんど置いていない誰かさんの部屋を見ている分、物凄く汚く見えてしまう。もし、私が旦那だったら、離婚届を突き付けていたかもしれない。
「えへへー、そんなに褒められると照れるなー」
はっきり汚いと言われたのにも関わらず流ちゃんは、ピンクと黒に染まった後頭部を掻いている。褒めてねぇ。
「いやーまさか、ほんとに来てくれると思ってなかったから掃除するの忘れててさー。ま、ま、健康で文化的な最低限度の生活をギリ送れるくらいのスペースは確保してるからさっ、遠慮なく入ってよ」
「できれば遠慮したいんだけど……」
まぁ、ここまで来て入らないのも逆にもったいない。何故、私が本当に来るとは思われていなかったのかは分からないが、とにかく流ちゃんの後ろをついて歩いて行く、いや、かきわけていくことにする。
生存権はギリ守られている云々と語っていたが、どうやらその言葉は一応、偽りはなかったようで、普段生活しているであろうテレビやソファ、少し離れて、ベッドが置かれているスペースに近づいていくと、物もまばらになり若干開けた場所に出た。
ソファに荷物を放り、ともに座る。
目の前には壁に這うように40インチほどのテレビが置かれている。だが、座って一番に私の目に飛び込んできた光景はテレビではなく、
「……あの絵、流ちゃんが描いたの?」
壁、いや、そこに飾られた、額縁に入った、数枚の巨大な油絵のような絵だった。
指差す私に流ちゃんは「ああ、うん」と軽く頷く。
だが、軽く頷かれた私は、軽く受け止めることはできない。
それくらい、それらの絵は、語彙力不足で自己嫌悪に陥りそうになるくらい、すごかったからだ。
どこかの優美な山の風景画。
巨大な桜の木の周りを舞う花びらの嵐。
果ては今にも大気圏を貫こうとしているのか、燃える隕石。
それらの、大迫力で、しかも微に入り細を穿っていることが素人目でも分かるほど、とにかくすごい絵画が飾られている。
中には、この前言っていた、ハリネズミカフェに行った時の物か、2匹の寄りそうハリネズミの絵もある。可愛い。タイトルも額縁に掘られていて、『ジレンマ』……何でだろう?
「すごいね……やっぱり、プロになるの?」
なんとも小物感満載の月並みな質問に嫌になる。だが、これぐらい凄ければ目指すのは当然のはずだ。むしろもうなっていても不思議じゃない。
しかし、
「さぁ? 分かんない?」
「え?」
予想だにしていなかった回答に思わず面食らってしまう。どういうことだ?
「何で? こんなにすごいのに」
「別にすごくないよ。それに、んー。絵で食べたいとは思ってるけど。絶対にそうなりたいとは思ってないかな。絵を描くのは好きで続けるけど、絶対にプロになりたいかって言われたらそうじゃない。別にプロになれなくても、好きなこと続けられるのならそれでいいじゃん。プロっていうのは誰かに認めてもらうことでしょ? 私は無理してまで、自分の好きなことを認めさせようとは思わない。やりたいことやればいいだけさ」
「……!」
――認められなくてもいい。
理由は分からない。
でも、その言葉は、とても甘美な響きを伴っていた。
そうか。
そんな答えも、あるのか。
でも、私は……
「どしたん? とうあん。ぼーっと私の顔見つめて。……あ、うーん。いくら新妻と二人きりだからって、まだそういうのは早いんじゃないかなぁ」
「違うから。あと新妻じゃないから。胸を両手で隠さないで。それより何して遊ぶのかなあって思っただけ」
遊びに誘って来たのは流ちゃんだ。遊ぶとは何か二人ですることのはずで、しかし、今はまだ家に来てソファに座って喋っただけで何もしていない。だからこれから何かあるのかな、そう思ったのだけど、
「え? ああ、特に決めてなかった」
「へ?」
またも流ちゃんには驚かされてしまう。
が、これは私が悪かった。
「? 友達と遊ぶ時って何で遊ぶか考えるものなん?」
「……たしかに」
これまで私は麗華とばかり遊んでいた。そして大抵、遊ぶ内容は麗華が決めていた。イオンに行く。宿題をする。一緒に帰る。全部麗華が内容を決めていた。
が、友達というのは確かに本来そう言うものではないだろう。特に何も決めず集まるというのもあるはずだ。……まぁ、初めて家に友達を招くのにノープランの娘も珍しいような気がするけど。つくづく麗華とは真逆だなぁ。
「? 何で笑ってるの? うーん。でもまぁ、確かに何もしないっていうのもつまんないか。何したい? 新妻と旦那だし……Hなこと!?」
「しないから。別になんでもいいよ。……でも二人でできることがいいよね。なんだろう……」
私はちょっと残念そうな表情を浮かべる流ちゃんを置いておいて(何でだ?)少し周囲に視線を巡らせた。
幸い、私の目線の先にはどこもかしこも物がある。……幸いかなあ? まぁいいや。とにかく、物がある。その中で、一つ、目立つものを見つけた。
「流ちゃん、あれ。何? あの丸められて壁に立てかけられてある布」
「んー? ああ。あるね。なんだろ? よっと。 ……ああ、ツ◯スターだね。やる?」
ソファから飛び降りた流ちゃんは、ゴミの山……じゃなかった、大量の物をかき分け、丸められているその布を取り出し、開き、確認すると、そう言った。持ち主が立ち上がり手に取るまで何か分からないのは、ちょっとヤバいんじゃないかと思ったが、しかし、それなら知っている。布には黄色い丸や赤い丸が印刷されていて、二人で交互に指定されたその丸に足や手を配置していき、先にお尻が付いてしまった方が負けのゲームだ。……しかし、流ちゃんが持っている布の丸の中には、何か、所々文字が書かれているマスがあるようにみえるんだけど、これ、なんだろう?
「あー、これ? ゲームだよ。丸ごとに『決め台詞を言う』とか『直近のテストの点数を発表する』とか『好きな人のイニシャルを言う』とか罰ゲームが書かれてるんだよ。確かコレ、お母さんのだったと思う。多分こっちに来るとき荷物に紛れ込んだんだね。『この罰ゲームでお母さん、お父さんゲットしたのよ』って言ってた記憶があるから。さて、じゃあやろっか」
「ちょっと、聞き捨てならない台詞が聞こえて気がしたんだけど。やっぱり無しでいい?」
しかし、そんな願いは何故か気付いたら死ぬほどやる気になっていた流ちゃんには聞き入れられず結局やることになる。
物をどかし、スペースを作り、布を敷き、二人、スタートの位置に着く。二人だと場所を決める人がいないが、しかし、そこは安心。場所の指定は音声ソフトが勝手にランダムでやってくれるらしい。なんと無駄な機能。
「それじゃスタァァァァァァァァトゥゥゥゥゥ!」
私と真反対の位置に立った流ちゃんが音声ソフトをダウンロードしたスマホの再生ボタンを謎の掛け声と共に勢いよく押す。
直後、そんなやる気のある流ちゃんの声に反比例するような無機質な声がスマホから吐き出される。
『ミギアシヲ、ニコマエノアカノマスニ、オイテクダサイ』
私は布の端っこである、青のマスに立っている。一色ごとに5マスだから私は2個前に右足を伸ばすだけだ。
流ちゃんは、流ちゃんから見て2マス右斜め前のオレンジに左足を伸ばす命令を受けて、私の番がくる。
『ヒダリアシヲ、ヨッツメノオレンジノマスニ、オイテクダサイ』
「……ねぇ、これ、いきなり厳しくない?」
「ガンバレ、トウアン」
音声ソフトの声真似をした流ちゃんが何の励ましにもなっていない励ましの声を送ってくる。
オレンジのマスは赤の縦列を挟んでいる。私から見てそこの4つ目に左足を置くと言うことはかなり足を開くことになると言うことだ。ま、まぁ、これくらいなら……。
私とは対照的に今度は左足を右足と同じマスに置けという、最高の指示を受け取った流ちゃんの番が終わり、私の番が来る。
『ミギテヲ、アカノニマスメニ、オイテクダサイ』
「ねぇ、これ私だけキツ過ぎない?」
「いやぁ、眼福眼福。これがあの娘のスカートの中ってことか。これは確かに火の中でも水の中でも行く価値があるね」
「キャー!」
半分ブリッジのような体勢になった私は制服のスカートを抑えながら叫ぶ。
いや、ふざけている場合じゃない。これは本気でまずい! しかも流ちゃんはシレっと赤の2マス目に左に伸ばすだけで済んでるし! 罰ゲームマスも全然踏まないし!
「あ、そうだ。とうあん。このゲーム、負けた方は一個相手のいうことを何でも聞くっていうゲームだから。言い忘れててごめんねぇ。これでお母さんはお父さんゲットしたんだった」
しかも、驚愕の事実まで発表されるし!
まずいまずい。これは次に何か体勢を立て直せる楽な指令をもらわないと……。
『ヒダリテヲ、アカノニマスメカ、ミギテヲアカノヨンマスメニ、オイテクダサイ』
来た! 右手が赤の4マス目なら少なくとも、この半ブリッジ状態からは解放され、前に手をつける。ちなみに赤の2マス目に左手は論外だ。完全ブリッジの体勢になってしまう。選択肢は一つだけだ!
『罰ゲーム。このマスに手、もしくは足を置いた者は、好きな人のイニシャルを述べる』
「ありゃ赤の4マス目は罰ゲームだねぇ」
「何で!?」
何の悪戯か、赤の4マス目の方は罰ゲームが設定されていた。
しかも一番嫌なタイプの。
だったら赤の2マス目の方に行くしかないかと思うが、しかし、こっちはブリッジで、こっちに行けばまず確実に負けてしまう。
「ほらぁイニシャル言っちゃいなよぉ。そうすれば楽になるよぉ」
なんだかいやらしく見える顔を流ちゃんは浮かべる。
「いや……別に、いないんだけどっ……!」
「うそだー。健全な女子高生でしょお、一人くらいいるでしょう。ほら、言わなきゃ負けちゃうよぉ? ほら、上の名前でも下の名前でもいいからさぁ」
「……っ!」
別に、恋愛的に好きな人とか、そういうのじゃない。ないはず。けど、一応真っ先に頭に思い浮かんだ人物の名前のイニシャルを、私は呟いた。
「……R」
「……アール? それって……っ!」
言い終わったので、私は右手を前へ持って行く。
赤の4つ目は、丁度流ちゃんが広げている足の真ん中だ。つまり流ちゃんと急接近する形となる。
まぁ、別に流ちゃんと完全に同じマスではないのでタックルして押し出したりすることはできないのだけれど、ちょっとびっくりさせる目的で、結構勢いよく私は迫った。
のだが。
「っ……! あ、ごめん、とうあん」
「え? ちょ、ちょっと流ちゃん!?」
どうやら想像以上に効果があったらしい、見上げると真下で構えていた私に、バランスを崩した流ちゃんが降ってくる。
真下から見ると、本当に流ちゃんの顔が見えず、どれだけ彼女が胸元にどでかい武器を隠し持っていたのかが分かる。
そして――
「ふぎゃ」
私には無い、その柔らかい武器が顔面を押しつぶした。
ツ○スターの布は柔らかく、顔面に振ってきた方も柔らかかったので、幸か不幸か、怪我は無い。
しかし、その別の意味での破壊力に、私は思わずこう言うしかなかった。
「こりゃあ、お父さん、二つの意味でオチちゃいますわ」
馬鹿なやり取りに二人して笑った。
ご一読ありがとうございました。




