2
「やぁやぁおはよう勝山君」
「おはよう流ちゃん」
教室に着いて席に着くと、やけに古風な口調で流ちゃんが話かけて来た。
1ミリも髭など生えていない、むしろニキビ一つ無い、つるっつるの顎をさするような素振をしながら「ほっほっほ」とか言っている。
最近気付いたのだが、流ちゃんは前の上司キャラといい、何かになりきるのが好きらしい。
……今回は、何だろう。好好爺? あっ、違う。これ、うちの教頭だ。全校集会とかでいっつも長いあごひげを撫でながら喋るもんだから、陰でダン○ルドアとか呼ばれてる、あの。言われてみると、結構似てる。
「今日は珍しく早いんだね。不良の勝山君はいつも来るのが遅いから先生嬉しいぞお。ほっほっほ」
「流ちゃんだから許されるけど、それ先生が言ってるんだとしたら結構怖いんだけど……」
苦笑する。
確かに私は教室に来るの自体は結構遅い時刻かもしれない。だが、別に遅刻をしているわけでないのだ。
大抵の先生が始業間際まで授業の資料作成などの事務作業に追われている、この教師激務の時代、個人の先生がそんな私のパーソナルな部分まで知っているのは怖すぎる。
ちなみにいっつも教室に来るのが遅いのは、麗華と例の別れ道で食っちゃべっているから。今日はそれが少なかったので結果的に早めに教室に来る結果になったが、不良らしくいつもわざと遅くに教室に行っていると言うわけではないのだ。
「というわけで数学のノートを見せてはくれまいか」
「嬉しいってそういうことかよぉ。てゆーか、教師が生徒にノート写させてもらおうとすんな」
べしっと、伸びて来た流ちゃんの手をはたき落とした。「あうっ」っと叩かれた流ちゃんは素の声を漏らす。
どうやら『早く来てくれて嬉しい』というのは、私に会えて嬉しいという意味ではなく、単に即物的な目的故だったらしい。なんて教師だ。
「むー、とうあんのけちのんぼ。略してけちんぼ。あ、じゃあ、その代わり、今日放課後家に来ない?」
「めんどくさくなってキャラ放棄するなよぉ。って、流ちゃんの家?」
「そ。流ちゃんとあそぼ」
服を早着替えするマジシャンみたいにアッと言う間にキャラを脱ぎ捨てた流ちゃんは、叩き落とされた自分の肘を撫でながらそんなお誘いをしてくる。
なんだかN⚫️Kの子供向け番組のタイトルみたいな誘い文句だったけれど、そして、何が『その代わり』なのかは分からなかったけれど、けど、流ちゃんの家か……。
放課後は当然麗華と一緒に帰るという予定がある。
私は10秒ほど葛藤した。けど、すぐに結論を出した。
「うん。いいよ」
「……やっぱ駄目だよねー。とうあんは放課後いっつも瀬城のあの子とぶちゅぶちゅやるのにご執心だし……って、え? いいん?」
「うん。いいよ。別に、強制ってわけでもないし。というか逆に毎日一緒に帰ってる分、普段あんまりない方を優先するのが普通でしょ」
確かに麗華には罰として朝放課後と一緒に帰るよう命令を受けている。だけどさっき麗華自身も言っていたように、どうしても外せない用事があるならそっちを優先してもいいとのことだったはずだ。
高校の友人と遊ぶ約束をすることがそれに該当するかは微妙だが、あとでLINEでも送っておけば麗華も怒りはしないだろう。それにちょっとだけ流ちゃんが普段どんな生活を送っているのかも興味があるし。……あと、ツッコむのがめんどくさかったのでスルーしたが、ぶちゅぶちゅじゃなくていちゃいちゃだろう。それだとなんだかいかがわしいことをしているみたいだ。キスなんてしたことない。この前のフードコートの時みたいに間接キスくらいなら多少したことがあるけれど……。いや、別にいちゃいちゃもしていないんだけれど。
「ふーん。この前まではそれでも来てくれなかったんだけれど……チャンスが巡ってきたと見ていいのかな?」
「ん? 何か言った?」
「別にー。アタックチャーンスって言っただけ」
「? 何でさっきからテレビ番組に関連する用語ばっかり」
流ちゃんが拳を前に突き出すポーズを取る。
それにどう返すべきか悩んでいる内にチャイムが鳴り、ホームルームが始まった。
ご一読ありがとうございました。




