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イオン。
それは地方都市および、その近郊に住む中高生にとっての、この世界で唯一の遊び場である。
田舎の学生は、休日は必ずイオンに行き、イオン内併設の映画館で映画を見て、イオン内併設の書店で本を買い、イオン内併設のフードコートでフードを食べ、イオン内併設のゲーセンでゲームをして遊び、帰途に就くのである。
……というのはもちろん言っただけで実際にはそんなことはないし、いわば言ってみたかっただけの言説なのだけれど、しかし、私と麗華の中学時代の休日は大体そんな感じだった。
イオンに行き、イオン内併設の映画館で映画を見て、イオン内併設の書店で本を買い、イオン内併設のフードコートでフードを食べ、イオン内併設のゲーセンでゲームをして遊び、最後は駅まで仲良く手を繋いで帰途に……おっと危ない。これは黒歴史だ。忘れよう。黒歴史は黒よりも黒い闇に葬り去るに限る。あの時は中1とかだったからその時はまだ違和感がなかったのだけれど、今考えれば流石に恥ずかしすぎる。
やや話が脱線してしまったけれど、とにかく、私と麗華の中学時代の休日はそんな感じだったというわけだ。
私はちょこちょこ他の子と遊ぶことはあったが、麗華は、休日はいつも私と一緒に遊びに行き、流石に毎回全く同じではないけれど、概ね前述の通りの一日を過ごしていた。
楽しかったし、そこに関してはまるで不満はない。
むしろ、私だけと遊んでくれてありがとうと言いたい。
ただ、不満ではないが、それ故の弊害もあって、それは、いつも麗華が私と遊びすぎるせいで、麗華が私以外の子と遊びに行ったとき、麗華がどんな遊びをするのかというのを知ることはなかったということだ。
ずっと麗華は私といたから。
だから、知らなかった。
けど、今日は違う。
何故なら、麗華は私を昔の親友としての勝山藤愛ではなく、これから作る、新しい友達として見ているのだから。
だから、今日はそれが見れる。
いったい麗華は、もし新しい友達ができたらどんな遊びを提案してくるのだろうか。
楽しみだ。
「どうしたの? 藤愛。そんなところに突っ立って。映画館、着いたわよ」
「…………」
……普通は子供から大人を問わず、ここに来れば多少は目を輝かせるはずの映画館。
そこでただ一人、封切りされた映画のフライヤーに目をやることもなく、ただ湿度の高い瞳を友人に向けるという珍行動を取っていた私に、ゴールデンウィーク初日故か、社畜と学業から解放された大量の他のお客さんと共に、麗華は奇異なものを見るような視線を私に浴びせてきた。
……うーん。まさか、ここまでとは。
私は、麗華のことそれなりに高く評価しているつもりだ。
綺麗だし、頭良いし、ちょっとおっちょこちょいだけれど、そこも人間味があって好きだし、何より芯がある。
だけれど、今回ばかりはこう思ってしまった。
こいつ、ちょっと馬鹿なんじゃないかと。
薄暗いながらも陰鬱さは感じさせない不思議な建物である映画館の入り口立っていた麗華は、相当喜色の悪い笑みを浮かべていたのだろう、「何よ?」と近づいてくる私に、蛇やサソリを見かけた時のような顔を向けてきた。
麗華は強そうに見えて、そういう見た目からして怖いものが苦手だ。
昔、一緒に私の部屋でホラー映画を見てる最中、お菓子を持ってきた母親が部屋の扉を開けただけで、びっくりした麗華が甲高い声を上げて、私に抱き付いてきた時のことは鮮明に記憶している。ホラー映画っぽい雰囲気を楽しむため、薄暗い部屋で抱き付かれたものだから、母親にあらぬ誤解を抱かせてしまったことも。
「いやぁ、これ、練習になってるのかなぁって」
「……?」
当時のことを思い返しながら私が言うと、やはり気付いてなかったらしい。麗華は万有引力について初めて教えられた私みたいな表情を浮かべる。
しかし、
「………!」
少し経ってから、ようやく理解したらしい。頬が真っ赤に染まった。
そしてそれに気付いたということを私に知られて猶更真っ赤になるという二重苦。おお、凄い。ニュートンもびっくりのリンゴ色だ。
「いやぁ、まぁいいんじゃない? 映画って定番だし。別に私以外でも、ここに来たら一番に行くって人も多いでしょ」
「ま、まぁ、そうよね。何で藤愛が自分を引き合いに出したのかは分からないけれど、友達と遊ぶ場所の定番だし、いいわよね」
麗華は私が出した助け船に全力で乗って、帆でも立てたのか、追い風に乗ったように、コンセッションの隣にある、黒色の仕切りが設けられた、タッチパネル式の筐体が6台ほど並んでいるエリアに向かう。チケットを買いに行ったのだろう。
幸いにも空いていたため、並ぶことはなく、筐体の前に立った麗華は慣れた手つきで、ものの30秒もしない間に券売機で発券する。そして私の所に戻ってくると、何故かチケットを私に渡してきた。
「何、コレ?」
「何って、見れば分かるでしょう。映画のチケットよ。ゴールデンウィーク初日なんだから、どうせ席がとれないだろうと思って予約しておいたのよ」
「ああ。そういうこと」
私は別に渡された紙キレの分際で1200円もするコレがチケットだということが分からず「何コレ」と訊いたわけではなく、30秒も経たない内にチケットを発券し、渡してきたことに疑問を持ってそう訊いたのだけれど、それでも私は頷いた。
確かに事前に2人分予約していたのだとしたら、あれだけ早かったのも頷けるからだ。
そして、今日がゴールデンウィーク初日ということも加味して、それをしてくれたのだという、気遣いも。
麗華の言う通り、今日は大型連休初日で人が多く、当日では席が空いているか分からない。
空いていたとしても、並んで座れるかも怪しい。
であれば予約しておくというのは最も自然かつ、最良の手段の一つだっただろう。何より、友達にとても優しい。
だが、
「でもね、麗華」
「何よ?」
苦笑いを浮かべる私に、麗華は柳の葉のような眉を顰める。
個人差はあれど、誰だってそんな顔になるだろう。
友達のことを気遣い、金も手間もかけて準備してくれたのだ。
お礼を言われることはあっても、不満を言われる筋合いはないように思える。
ただ、そこには一つだけ、反論というか、説があった。
そう。万有引力風に言えば、まるで一般相対性理論のような、説が。
「初めて一緒に映画を見に行く友達に、好みも訊かずに予約しちゃうのは、ないんじゃないかな。そう、例えば」
例えば。
「その相手が、知り合って長くて、相手の好みも知り尽くしてて、好みじゃなくても怒られないような、そんな友達なら話は別だけど」
引力に逆らうかのように、麗華は私から離れた。
ご一読ありがとうございました。




