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そういうわけで現在、私達は田舎特有の床や天井のあちこちが黒ずんだ路線バスに乗車し、揺られているというわけだった。
駅前行きのバスの中は、私達の他にはご老人のアベックが何組か、あとは運転手だけという、パーソナルスペースを愛してやまない日本人に配慮した素晴らしい客入りになっている。
そんな車内を見て、私はあまりない胸をなでおろした。
このバスは非免許所持勢にとっての、唯一のアッシー君として市民に大変重宝されている。
そのため、駅前に行く人だけではなく、通学用、主に瀬城の子も瀬山の子も、どちらも結構な頻度で使うため、前に流ちゃんが言っていたように、学力差からか、軋轢がある彼らが一緒になると大変気まずい空気になることがあるのだ。
……まぁ、今こうして隣り合って座っている私達が言ったところで何の説得力もないかもしれないけれど。
私は隣で流れていく車窓を見つつ、たまにこちらをちらっと見てはすぐに視線を戻す麗華を見やる。
私達が座っているのは、バスの一番後ろの座席だ。
意識してか無意識かは知らないが、中1の頃から麗華は、バスに乗る際は、空いていれば必ずこの席に座っていた。
多分、想像だけど、若干人嫌いのきらいがある麗華は、後ろの席がない分、人が少なく、安心するのではないだろうか。
バスに乗り込むや否や、まるでそういう類の呪いにでもかかっているかのようにこの座席に向かって行くものだから、それを思い出して、また私は内心で少し笑ってしまった。
「……何よ。人のことじろじろ見て笑って。何か変?」
どうやら内心だけではなく、無意識に思い出し笑いが外に出てしまっていたらしい。
理由を伝えてしまうのは簡単だ。ただ、私はこれを機に麗華があの呪縛から解き放たれてしまうのはなんとなく惜しい感じがしたので、
「いやあ、服装気合入ってるね、って思って」
と言う。
「そ、そんなんじゃないわよ! 別にこれくらい普通でしょ」
麗華の顔が真夏のトマトくらい赤く染まった。顔を窓辺へ逸らし、わざとらしく髪を耳にかき上げる。
「いや、本当にオシャレになったよ。昔とは段違い。麗華ファッションとか全然興味なかったじゃん。遊びに行くとき、たまに制服の時あったし」
「う、うるさいわね」
「あ、やっぱり自覚あったんだ」
「うるさい」
「ひぎっ」
思いっきり脇腹をつねられ、私は思わず気持ち悪い声をバス中に響かせてしまった。
出てしまった以上、もう全く意味などないが、それでも一応慌てて自分の口を塞ぐ。まったく……運動音痴のはずなのに、どうしてこういう時だけ、麗華は力が強くなるのだろうか。
恨みがましい目を麗華に向ける。が、麗華は既にこちらを見ておらず、車窓の方を向いてツーンとしている。
どうやら結構怒らせてしまったらしい。ちょっとやそっとで治りそうな雰囲気ではない。
――だから私は微笑んで、こう言うことにした。
「いいね。その服。似合ってる」
「……何で最初からそれが出てこないのよ、馬鹿」
ジト目ながらも、若干朱に染まった頬を見て、私は笑う。うん。治った。相変わらず素直でよろしい。
そして、そんな間の抜けたやりとりをして、てきとーに5分くらい雑談していた頃合いだろうか。
休日なのに、本当にこの客数で大丈夫かこの会社と、かなり心配してしまうほど、これまで快調に飛ばしていたバスだったのだけれど、ようやく金づるを発見したのだろう。
バスはまるで草原に生肉が落ちているのを発見したライオンのように、高速で彼らに近づき、足を止める。
大きく口が開かれ、バスは勢いよくその金づるを飲み込む。
そして、
「あ……」
——私はそれを見た瞬間、それこそライオンに見つけられた小動物のような気分にさせられた。
「「あ」」
その入ってきた餌も、私が声を上げてしまったせいで気付いてしまったのだろう。
視線を私と、それから麗華に向けると、同じように小さく声を漏らす。
入ってきた餌、もとい人間2人は、中学の時の同級生だった。
たしかどちらも――落ちた私とは違って、瀬城に受かった子だったはずだ。
彼女らは私達とは違って部活か何かなのか、わざわざ瀬城の制服である黒のセーラー服を着込んでいる。
一般的な高校生みたく無意味に染めたり、跳ねさせたりした髪型とは程遠い、まるで遊びの無い、黒髪のショートカットの子と、ちょっと伸ばしただけの髪型をした彼女達は、私達と目が合うと小さく真顔で会釈して、私達より四つ程前の席に乗り込もうとする。
が、私は聞き逃さず、見逃さなかった。
座る直前、ショートカットの女の方が、小さく、
「何で嵐さん、瀬山の子なんかと」
と言ったことを。
そして、それを――私が聞こえたそれを、隣の彼女が聞こえていないわけもない。
麗華は怒気を孕んでいるような、ともすれば悔しそうな、かと思えば悲しそうな、そんななんとも言えない表情を浮かべ、俯いていた。
スカートの丈は、丸まった10本の指のせいで1センチほど短くなっている。
そして、さっきまでちらちらこっちを見ていたのとは打って変わって、私を一瞥しようともしなくなっていた。
「……」
まぁ、そうなるよね。
これはあくまで麗華が瀬城で新しく友達を作るための練習だ。
そして、瀬城は瀬山の子との間には確執がある。
それなのに、瀬城の子に、麗華が瀬山の私と一緒にいる所を見られれば、それは本末転倒だろう。
「………藤愛?」
突如立ち上がった私を不思議に思ったのか、麗華は小さい声で、私を見上げてくる。
しかし私はそれを無視して、なるべく棒読みにならないように、しかしら親し気にもなり過ぎないように気を付けて、言った。
「じゃあ、また今度ね。嵐さん。今日は久しぶりに話せてうれしかったよ。また今度会ったら話そうね」
「……!」
疫病神が自ら離れてくれるのだ。
少しは楽になったような顔をするのかと思ったのだ。
だが、まるでそんなことはなく、麗華の瞳は、寂しげに揺れていた。
……本当に、素直だなぁ。
私は席から離れる――前に麗華に顔を近づける。
そして麗華の耳元に口を持って行き、右手で私の口と麗華の耳に、半分に割ったトンネルのようなものを通し、短く告げる。
彼女らに聞こえないよう小さな声で。
「大丈夫。振りだから。また後でちゃんとあそぼ」
私が笑いかけると、麗華は二度、目を瞬かせた。が、すぐに顔を赤くするとそっぽを向いてしまう。
「ええ、また今度会えたら」
麗華が彼女らに聞こえるような声で投げやりにそう言った後、私は笑って、1つ前の席に座った。
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