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畫界アルカディア  作者: 三島 唯奈
第11章 黄の使徒
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第3話 崩れる加護

 セラフィンの槍の穂先が、再びこちらを向いた。

 さっきの失敗で分かった。見えている重心に向かってただ「緑」を撃ち込んでも、相手が動けば狙いはずれてしまう。これじゃ駄目だ。


 私はガラスペンを構えたまま、槍の動きを見ることに集中した。一定の動きを繰り返すなら、重心の移動先を予測すればいい。


 「ユイナ?」

 「槍の動きから、重心の動きを予測します」


 「分かった。重心は穂先の直下、翼を広げたような飾りの中心だ」

 「はい」


 槍を突き出した姿勢のまま、セラフィンが距離を詰めてくる。

 私は間合いを保つよう慎重に下がりながら、撃つタイミングを計った。いま見えている重心を狙っても意味がない。緑が届くまでのタイムラグがある以上、見極めるべきは槍がどう動くかだ。


 セラフィンがさらに距離を縮め、槍を後方へ引いて構え直す。

 穂先の下にある翼の飾りが、引きの動作に合わせて弧を描いた。


 そして、もう一度。

 飾りが先ほどと寸分違わぬ軌道を描きながら通過していく。


 ――次も、間違いなくここを通る。


 セラフィンが踏み込んだ。

 槍を引き始める。

 

 狙うのは、いまある場所ではなく「これから通る場所」。

 私は装飾が次に通過する位置へ狙いを定め、細く絞り込んだ緑を撃ち放った。


 セラフィンが槍をさらに後方へ引く。

 翼状の飾りの中心が予測した位置へ入り、撃ち放った緑が重心を捉えた。

 槍を覆っていた黄が、重心を中心に激しく揺らぐ。


 「なっ――」


 セラフィンが驚いて目を見張り、槍を引く。

 だが、今回はこれまでのように表面が薄くなる程度では済まなかった。


 黄は重心から一気に崩れ始め、槍全体へ広がるように消えていった。

 セラフィンの握る槍から黄の輝きが完全に消え去った。


 「何だと……」


 離れたところで、レグルスが声を上げる。

 ロアの短剣を長剣でいなしながら、レグルスはこちらを見た。


 「槍の加護を破壊したのか……!?」


 やっぱり、彼らもあの黄を加護と呼ぶんだ。


 「ルミナ王から与えられた加護で間違いなさそうだね」


 セレンの声が聞こえた。

 確かに加護の破壊には成功した。加護を失い、セラフィンの手に残ったのはただの灰色の槍だ。けれど、武器そのものが壊れたわけではない。


 カレンの馬車を覆っている黄も、使徒たちの黄とよく似ている。あれも同じ加護なのだろうか。でも、同じものかどうかは分からないし、今は、馬車のことを考えている場合じゃない。


 セラフィンが槍を構え直す。

 槍の加護はなくなったが、セラフィン自身を覆う黄はまだ残っている。


 「まだ終わっていない――!」


 槍を構えたまま、再びこちらへ距離を詰めてくる。

 私は後ろへ下がりながら、ルシエルの位置を確かめた。


 弓はすでにこちらへ向けられている。

 私は横へ位置をずらし、ルシエルとの間にセラフィンが入るように動いた。これなら、ルシエルも簡単には矢を撃てない。


 セラフィンが横へ動けば、私もそれに合わせて位置を変える。槍の間合いに入らないよう注意しながら、二人の位置関係を保った。


 「ユイナ、やつの重心はみぞおちだ! 真ん中からわずかに右にある!」


 重心の位置を知らせるセレンの声が届いた。


 「分かりました!」


 セラフィンがさらに距離を詰めてくる。

 みぞおちの重心を見定めてから撃っていては、その隙に槍の間合いへ入られる。


 私は咄嗟に、踏み込んでくるセラフィンの脚へ緑を放った。

 狙ったのは重心ではなく、前に出ようとする脚だ。


 重心じゃなくても、当たれば牽制にはなる。

 セラフィンは緑を避けるために足を止め、そのまま後ろへ退く。


 彼との間合いが再び開く。

 これで、少しだけ重心を狙う時間ができた。


 けれど、みぞおち付近の重心は、槍の重心のように同じ動きをしてくれない。

 セラフィンが身体を動かせば、重心の位置もそのたびに変わる。


 右側では、ロアが短剣で長剣をいなしつつ、レグルスの懐へ飛び込む隙を窺っている。しかし、短剣と長剣の間合いはまるで違う。

 レグルスは自らの間合いを決して崩さず、ロアの短剣が届かない位置から剣を繰り出し、近づこうとすればすぐに次の斬撃で押し返してくる。


 ロアは正面から受け止めず、短剣の側面で剣を滑らせ、最小限の力で太刀筋を外していた。そのまま一気に距離を詰め、空いた左手をレグルスの腕へ伸ばす。


 あと少しで届く。

 だが、レグルスは剣を引きながら後ろへ下がり、ロアの手が触れる前に間合いを取り直す。


 「ちっ」


 前へ追撃しようとしたロアの鼻先を、鋭い長剣の切っ先がかすめる。

 レグルスが低い位置から長剣を斬り上げる。ロアは短剣でその軌道を横へ弾き、再び懐へ潜り込もうとした。


 だが、レグルスはその動きすら完全に読んでいた。わずかに足を引いて間合いを保ち、ロアの左手が届く距離へ決して入らせない。


 レグルスが長剣を振り上げる。


 「ロア、危ない!」


 振り下ろされた長剣を、ロアは短剣で受け流した。直撃こそ避けたものの、刃が上着の肩口を浅く裂いた。それでも退かず、剣が戻る前に踏み込んで左手を伸ばす。


 レグルスはわずか半歩、身を引いた。

 また、届かない。


 ロアにとって短剣は、レグルスを斬るための武器ではない。長剣をかわして一度でも懐へ入り、相手に触れるために使っている。

 レグルスは、その意図を悟っているかのように、その「一度」を許してくれない。


 「ユイナ!」


 セレンの緊迫した声で、私はセラフィンへ意識を戻した。

 牽制の緑を避けて後ろへ退いたセラフィンは、すでに槍を構え直していた。重心は、みぞおちからわずかに右にある。


 けれど、同じ動きを繰り返していた槍とは違い、一歩踏み出すだけでも身体の向きは変わるし、槍を引き戻せば重心の位置も動いてしまう。

 

 セラフィンが再び距離を詰め始める。

 私は下がりながら、みぞおちの重心へガラスペンの狙いを合わせる。

 

 まだ遠い。

 もう少しだけ引きつける必要がある。でも近づかせすぎれば、槍の間合いに入ってしまう。その前に撃たないといけない。


 セラフィンが一歩踏み込んだ。


 ここだ。


 細く絞った緑を、みぞおちの右側へ放った。

 セラフィンは迫る緑を見て、身体を横へずらす。

 緑はセラフィンの脇をすり抜けていく。


 「外した……」


 狙った場所は間違っていない。撃った瞬間には、確かに重心がそこにあった。

 当たり前だが、撃ってから緑が届くまでの間に身体を動かされれば、狙いは外れる。


 この距離から一発ずつ撃っていても、当てられない。

 だったら、一発で当てようとしなければいい。


 一発目を避ければ、セラフィンの身体は避けた方向へ動く。その動きに合わせて、すぐに二発目を撃つ。


 「セレン」

 「何?」


 「続けて二発撃ってみます。一発目を避けたところへ、二発目を撃ちます」

 「二発続けて?」

 「練習でもやったことはありません。でも、一発ずつじゃ永遠に当たりません」


 セレンは少し考えたあと、セラフィンを見た。


 「分かった。一発目を避けた方向をよく見て。身体を動かした直後なら、すぐ反対には動けないはずだ」

「はい!」


 できるかどうかは分からない。細く絞った緑を、間を置かずに撃つのは初めてだ。

 それでも、やるしかない。


 セラフィンが槍の穂先を突き出し、再び間合いを詰めてくる。

 私は下がりながら、みぞおちの右へガラスペンを向けた。


 槍の間合いへ入られる前に撃つ。

 一発目の緑を撃った。


 セラフィンは即座に反応し、身体を左へ滑らせた。

 緑は外れた。


 けれど、今回はそれでいい。

 セラフィンの身体は、左へと流れたままだ。


 私はガラスペンの狙いをその流れに合わせてずらし、二発目の緑を撃った。


 「――っ!」


 二発目の緑が、みぞおちの右側へ当たる。

 セレンに教えられた重心だ。


 セラフィンが纏っていた黄が、大きく揺らいだ。


 「セラフィン!」


 ルシエルが叫ぶ。

 黄はみぞおちの重心から崩れ始め、胸、腹、肩、腕へと一気に広がっていく。


 セラフィンが後ろへ下がった。

 しかし、重心を破壊された加護は、もう元には戻らなかった。


 やがて、セラフィンの全身を覆っていた黄の加護が完全に消えた。

 そしてセラフィンが動きを止めた。


挿絵(By みてみん)


 「……?」


 槍を構えたまま、戸惑ったように周囲を見回す。


 「セラフィン?」


 ルシエルが呼びかける。

 セラフィンはルシエルの声に反応したあと、ロアと対峙していたレグルスを見る。


 「……レグルス?」

 「何を呆けている、セラフィン!」


 レグルスがロアの短剣を警戒しながらも、苛立ちと訝しさの混じった声を返す。

 だが、セラフィンは答えず、ゆっくりと私たち三人を見た。


 「俺たちは……ここで何をしているんだ?」

 「何?」


 「レグルス、こいつらは誰なんだ?俺たちはなぜ、こいつらに武器を向けている?」


 その問いに、誰もすぐには答えられなかった。


 「何を言っている。命令を忘れたのか?」

 「……命令?」


 セラフィンの顔は、本当に心当たりがないように見えた。


 「セラフィン、この三人は――」


 ルシエルが言葉を続けようとする。


 「待って」


 セレンがルシエルの言葉を遮った。

 私もようやく、今起きていることに気づいた。


 槍の加護を失ったとき、セラフィンの敵意や行動には何の変化もなかった。

 けれど、身体を覆っていた加護が消えた途端、私たちを敵と認識しなくなった。


 「……命令も、加護と一緒に消えた?」


 私が呟くと、セレンがセラフィンから目を離さずに答えた。


 「ああ、その可能性が高い。加護が思考を縛っていたのか、加護によって命令が定着していたのかは分からないが……少なくとも、私たちを殺しに来たことを覚えていないみたいだ」


 加護を失ったセラフィンは呆然と立ち尽くし、レグルスとルシエルを交互に見つめていた。


 「セラフィン! 何を遊んでいる、さっさと戦え!」


 レグルスが苛立ちを爆発させる。

 けれど、セラフィンは槍を構えたまま、動こうとしない。


 「戦えって……なぜだ? こいつらが誰なのかも分からないのに」

 「命令だ!」

 「なら、誰の命令だ?」


 レグルスの表情が変わる。


 「セラフィン、横へ避けて!」


 セラフィンが反射的に脇へ退いた。

 その瞬間、弦の音が鳴る。


 「ユイナ、避けて!」


 セレンの声に反応して横へ動く。

 直後、すぐ横の地面に矢が突き立った。


 ルシエルはもう次の矢をつがえている。セラフィンの身に何が起きたのかは分かっていなくても、彼女の戦う意思は消えていない。


 「次は、ルシエルの加護を壊せれば……」

 「同じことが起きるかもしれない」


 セレンが続ける。


 「でも、あいつの重心はまだ分かってない。ユイナ、少し時間を稼いでほしい。もう少し近づければ、重心を探れる」

 「分かりました!」


 ルシエルが弓を引き絞る。

 今は、重心を狙う必要はない。


 セレンが重心を見つけるまで、私がルシエルの注意を引き付けておけばいい。

 私はガラスペンを構え、ルシエルに向けて緑を撃った。

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