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畫界アルカディア  作者: 三島 唯奈
第11章 黄の使徒
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第2話 剣の使徒

 食事を終えて部屋へ戻ったころには、外はすっかり暗くなっていた。

 エマはさっき描いていた絵をまた机に広げている。カレンは荷物をまとめ直し、明日の朝すぐ動けるようにしていた。


 私は椅子に座り、ガラスペンを手に取った。


 王都へ来る途中、何度も練習した。

 緑を広げず、細い流れのまま前へ通す。


 最後に一度だけ成功した。

 でも、あのとき狙っていたのは動かない的だ。


「さっきからペンばかり見てるね」


 セレンが声をかけてくる。


「槍の人がまた来たら、ちゃんと重心を狙えるかなって」

「動かない的に当てるのとは違うからね」

「ですよね……」


 槍の男については、本人と槍、それぞれを覆う黄の重心の位置は分かっている。

 ただ、その重心が何なのかはまだ分かっていない。

 そこへ緑を当てたらどうなるのかも、試してはいない。


「場所が分かってても、槍を動かされたら狙える気がしません」

「そこはやってみないと分からないね。今できるのは、細い緑を出すところまでなんだから」


 ロアがベッドの端から身体を起こす。


「狙っている間は俺が前に出て足止めする」

「腕の傷、まだ治ってないでしょ」


「始原みたいにでかい相手じゃない。前だって近づけた」

「でも、あのとき怪我したでしょ」


「今度は緑もある」

「だからって――」

「ロアだけに任せるつもりはないよ。弓と剣の重心を調べに、私も近づく必要があるからね」


 ロアがセレンを見る。


「お前は俺より絶対前に出るなよ」

「分かってるって」


「本当に分かってるならいい」

「君にだけは言われたくないけどね」


「何でだ」

「自分の腕の傷を見てごらんよ」

「これは……忘れてはいない」


「二人とも」


 エマが炭を持ったままこちらを見る。


「怪我してるのに、どっちが前に出るかでケンカしてるの?」


 ロアとセレンが黙る。

 カレンが笑った。


「その通りだね」

「ケンカじゃない」


 ロアが言った。


「じゃあ何?」

「……話してただけだ」


「ケンカしてる人ほど、してないって言うよ」

「こらエマ、そのへんにしときな」


 カレンはそう言いながら、エマの頭を軽くたたく。


「私は子供じゃないんだから、分かるよ」

「どう見ても子供だろうが」


「ロアは黙ってて」

「何で俺だけなんだよ」


 エマは不満そうな顔のまま、また絵を描く作業に戻る。

 そのとき、扉が叩かれた。


 部屋の空気が変わる。

 もう一度、音がした。


「はい」


 カレンが扉の近くまで行く。


「すみません」


 宿の男の声だった。

 カレンが扉を少しだけ開ける。


「何だい?」

「セレンさん、ユイナさん、ロアさんをお呼びの方が、表にいらしています」


 私はガラスペンを握ったまま、扉のほうを見る。


「誰だい?」

「お城の方だと思います。王家の紋章が入った鎧を着けた方が三人で……皆さん武装しています」


「三人?」


 ロアが立ち上がる。


「やっぱり来たか」


 セレンも椅子から離れる。


「槍と弓なら、たぶんあの二人だね」

「もう一人は?」


「行けば分かる」


 ロアは外套を着た。


「中には入れられない。外へ出るぞ」

「待ちな」


 カレンが先にエマを立たせる。


「あんたたちが行く前に、エマを先に逃がしておく」

「どこへ?」


「馬車だよ。裏の厩からなら、表を通らずに行ける」

「危なくないですか?」


「ここに残ってたら逃げ道がなくなるからね。危険を感じたら、そのまま馬車を出す」


 カレンはエマの絵をまとめて渡した。


「持っていきな」

「うん」


 エマは絵を抱えたまま、私たちを見る。

 何か言いかけたが、結局そのままカレンについて部屋を出た。

 カレンが扉のところで振り返る。


「馬車は動かせるようにしておくよ」

「お願いします」


 二人がいなくなってから、セレンが私とロアを見る。


「槍の男は、本人と槍の重心が分かってる。試すならそこからだね」

「はい、槍を狙います」

「ああ。ただ、当てても何が起きるかは分からない。まずはそれを確かめる」


 ロアが扉へ向かう。


「俺が近づけたなら、前みたいに黄を削る」

「弓は?」


「私が解析できる距離まで近づく。でも無理はしないよ。私は戦えないからね」

「お願いします」

「分かってる」


 ロアが扉を開けた。


「行くぞ」


 私たちは一階へ下りた。

 入口近くにいた客たちが、何やら外を気にしてざわついていた。


 扉の向こうに人影が三つ見える。

 ロアが先に外へ出る。


 私とセレンも続いた。

 宿の前は、昼間よりずっと静かだった。

 

 通りの店もほとんど閉まり、人通りは少ない。

 三人は少し離れた場所に立っている。


 右側に槍の男。


 間違えようがない。

 最初に襲ってきた男で、セレンの家の前でも戦った。

 手にした槍も、身体も黄で覆われている。


 左には弓を持った女。

 あのとき何度も離れた場所から矢を放ってきた女だ。


 二人の間に、知らない男が立っている。

 腰に剣を差していた。


 身体にも剣にも黄を纏っている。


「本当に増えてるな」


 ロアが言った。


「剣か……」


 セレンが男を見る。

 中央の男が一歩前に出た。


「ユイナ、ロア、セレンだな」


 私たちの名前を知っている。


「お前は?」


 ロアが聞く。

 男は答えず、私たち三人を順に見る。


「王都を離れたと聞いていた。戻ってくるとは思わなかった」

「こっちにもやるべきことがあるからね」


 セレンが答える。


 槍の男が一歩前へ出ようとする。

 中央の男が片手で制した。


「待て、セラフィン」


 槍の男が止まる。

 セラフィン。

 初めて名前を聞いた。


「レグルス」


 セラフィンが中央の男を呼んだ。


「ユイナという女の緑には気をつけてください。前に黄を削られました」

「分かった」


 レグルス。


 それが剣の男の名前らしい。

 レグルスが弓の女を見る。


「ルシエル。右に陣取れ」

「はい」


 弓の女が宿から少し離れるように位置を変えた。

 ルシエル。


 三人の名前がようやく分かった。

 セレンがレグルスを見る。


「一つ聞かせて。君たちは誰の命令で私たちを狙ってる?」

「答える義務はない」


「私たちはルミナ王を狙ってない。それはその槍の彼に伝えた」


 レグルスの表情は変わらなかった。


「お前たち三人は、王国に害をなす者だと聞いている」

「誰から?」


「それを話すつもりはない」

「ルミナ王本人?」

「答えは同じだ」


 誰の命令で動いているのかは、結局分からない。

 ただ、話せばわかる相手ではなさそうだ。

 レグルスが剣の柄に手を置く。


「我々は、ルミナ王に仕える七人の使徒のうちの三人だ。命令は、お前たち三人を討つことだ」


 ロアが私たちの前へ出る。


「なら、最初からそう言え」


 セレンがロアの少し後ろへ下がる。


 私もガラスペンを構えた。

 まずはセラフィンの槍。


 重心がどこにあるかは分かっている。

 そこへ緑を当てて、何が起きるのか確かめる。


 ロアから緑が入ってくる。

 ガラスペンの先へ集める。

 

 広げない。

 細い流れを途切れさせない。

 王都へ来る途中で成功したときの感覚を思い出す。


「来るぞ」


挿絵(By みてみん)


 ロアの声と同時に、レグルスが剣を抜いた。

 ロアが構えたときには、レグルスはもう目の前まで来ていた。


 ロアが身体をずらすと、剣が外套の脇を通り過ぎた。

 そのまま腕を伸ばす。


 触れることができれば黄を奪える。

 けれど、レグルスはロアの手が届く前に身体を引き、すぐに次の一撃を繰り出した。


 ロアが後ろへ下がる。

 

 セラフィンとは動きが違う。

 ロアが距離を詰めても、レグルスは触れられる間合いに入らせない。


「ロア!」

「俺のことはいい!槍に集中しろ!」


 セラフィンも動いていた。

 槍を低く構え、こちらへ向かってくる。


 私はガラスペンを向けた。

 重心がある位置は分かっている。


 セラフィンが槍を動かすたび、狙っている場所も動く。

 セラフィンが近づいてくる。


 槍の動きを見ながら、狙いを合わせた。

 ガラスペンから緑を出す。


 細い。

 広がらない。


 緑が槍へ伸びた。

 当たると思った瞬間、セラフィンが槍を引く。


 狙っていた場所を外れ、緑が槍を包む黄の端をかすめた。

 そこだけ黄が薄くなる。


「外れた……」


 ルシエルが弓を引いている。

 私はすぐ横へ動いた。


 そのすぐあとに矢が通り過ぎる。

 セラフィンが向きを変え、またこちらへ向かって来る。


 ロアはレグルスに足止めされ、こちらへ来られない。

 相手が二人だけのときでも、逃げるしかなかった。


 今はさらに剣の男までいる。


 私はガラスペンを持ち直した。

 狙う場所だけ見ていたら駄目だ。


 槍そのものの動きを追わないと当てられない。

 セラフィンが槍を構え直した。

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