第2話 剣の使徒
食事を終えて部屋へ戻ったころには、外はすっかり暗くなっていた。
エマはさっき描いていた絵をまた机に広げている。カレンは荷物をまとめ直し、明日の朝すぐ動けるようにしていた。
私は椅子に座り、ガラスペンを手に取った。
王都へ来る途中、何度も練習した。
緑を広げず、細い流れのまま前へ通す。
最後に一度だけ成功した。
でも、あのとき狙っていたのは動かない的だ。
「さっきからペンばかり見てるね」
セレンが声をかけてくる。
「槍の人がまた来たら、ちゃんと重心を狙えるかなって」
「動かない的に当てるのとは違うからね」
「ですよね……」
槍の男については、本人と槍、それぞれを覆う黄の重心の位置は分かっている。
ただ、その重心が何なのかはまだ分かっていない。
そこへ緑を当てたらどうなるのかも、試してはいない。
「場所が分かってても、槍を動かされたら狙える気がしません」
「そこはやってみないと分からないね。今できるのは、細い緑を出すところまでなんだから」
ロアがベッドの端から身体を起こす。
「狙っている間は俺が前に出て足止めする」
「腕の傷、まだ治ってないでしょ」
「始原みたいにでかい相手じゃない。前だって近づけた」
「でも、あのとき怪我したでしょ」
「今度は緑もある」
「だからって――」
「ロアだけに任せるつもりはないよ。弓と剣の重心を調べに、私も近づく必要があるからね」
ロアがセレンを見る。
「お前は俺より絶対前に出るなよ」
「分かってるって」
「本当に分かってるならいい」
「君にだけは言われたくないけどね」
「何でだ」
「自分の腕の傷を見てごらんよ」
「これは……忘れてはいない」
「二人とも」
エマが炭を持ったままこちらを見る。
「怪我してるのに、どっちが前に出るかでケンカしてるの?」
ロアとセレンが黙る。
カレンが笑った。
「その通りだね」
「ケンカじゃない」
ロアが言った。
「じゃあ何?」
「……話してただけだ」
「ケンカしてる人ほど、してないって言うよ」
「こらエマ、そのへんにしときな」
カレンはそう言いながら、エマの頭を軽くたたく。
「私は子供じゃないんだから、分かるよ」
「どう見ても子供だろうが」
「ロアは黙ってて」
「何で俺だけなんだよ」
エマは不満そうな顔のまま、また絵を描く作業に戻る。
そのとき、扉が叩かれた。
部屋の空気が変わる。
もう一度、音がした。
「はい」
カレンが扉の近くまで行く。
「すみません」
宿の男の声だった。
カレンが扉を少しだけ開ける。
「何だい?」
「セレンさん、ユイナさん、ロアさんをお呼びの方が、表にいらしています」
私はガラスペンを握ったまま、扉のほうを見る。
「誰だい?」
「お城の方だと思います。王家の紋章が入った鎧を着けた方が三人で……皆さん武装しています」
「三人?」
ロアが立ち上がる。
「やっぱり来たか」
セレンも椅子から離れる。
「槍と弓なら、たぶんあの二人だね」
「もう一人は?」
「行けば分かる」
ロアは外套を着た。
「中には入れられない。外へ出るぞ」
「待ちな」
カレンが先にエマを立たせる。
「あんたたちが行く前に、エマを先に逃がしておく」
「どこへ?」
「馬車だよ。裏の厩からなら、表を通らずに行ける」
「危なくないですか?」
「ここに残ってたら逃げ道がなくなるからね。危険を感じたら、そのまま馬車を出す」
カレンはエマの絵をまとめて渡した。
「持っていきな」
「うん」
エマは絵を抱えたまま、私たちを見る。
何か言いかけたが、結局そのままカレンについて部屋を出た。
カレンが扉のところで振り返る。
「馬車は動かせるようにしておくよ」
「お願いします」
二人がいなくなってから、セレンが私とロアを見る。
「槍の男は、本人と槍の重心が分かってる。試すならそこからだね」
「はい、槍を狙います」
「ああ。ただ、当てても何が起きるかは分からない。まずはそれを確かめる」
ロアが扉へ向かう。
「俺が近づけたなら、前みたいに黄を削る」
「弓は?」
「私が解析できる距離まで近づく。でも無理はしないよ。私は戦えないからね」
「お願いします」
「分かってる」
ロアが扉を開けた。
「行くぞ」
私たちは一階へ下りた。
入口近くにいた客たちが、何やら外を気にしてざわついていた。
扉の向こうに人影が三つ見える。
ロアが先に外へ出る。
私とセレンも続いた。
宿の前は、昼間よりずっと静かだった。
通りの店もほとんど閉まり、人通りは少ない。
三人は少し離れた場所に立っている。
右側に槍の男。
間違えようがない。
最初に襲ってきた男で、セレンの家の前でも戦った。
手にした槍も、身体も黄で覆われている。
左には弓を持った女。
あのとき何度も離れた場所から矢を放ってきた女だ。
二人の間に、知らない男が立っている。
腰に剣を差していた。
身体にも剣にも黄を纏っている。
「本当に増えてるな」
ロアが言った。
「剣か……」
セレンが男を見る。
中央の男が一歩前に出た。
「ユイナ、ロア、セレンだな」
私たちの名前を知っている。
「お前は?」
ロアが聞く。
男は答えず、私たち三人を順に見る。
「王都を離れたと聞いていた。戻ってくるとは思わなかった」
「こっちにもやるべきことがあるからね」
セレンが答える。
槍の男が一歩前へ出ようとする。
中央の男が片手で制した。
「待て、セラフィン」
槍の男が止まる。
セラフィン。
初めて名前を聞いた。
「レグルス」
セラフィンが中央の男を呼んだ。
「ユイナという女の緑には気をつけてください。前に黄を削られました」
「分かった」
レグルス。
それが剣の男の名前らしい。
レグルスが弓の女を見る。
「ルシエル。右に陣取れ」
「はい」
弓の女が宿から少し離れるように位置を変えた。
ルシエル。
三人の名前がようやく分かった。
セレンがレグルスを見る。
「一つ聞かせて。君たちは誰の命令で私たちを狙ってる?」
「答える義務はない」
「私たちはルミナ王を狙ってない。それはその槍の彼に伝えた」
レグルスの表情は変わらなかった。
「お前たち三人は、王国に害をなす者だと聞いている」
「誰から?」
「それを話すつもりはない」
「ルミナ王本人?」
「答えは同じだ」
誰の命令で動いているのかは、結局分からない。
ただ、話せばわかる相手ではなさそうだ。
レグルスが剣の柄に手を置く。
「我々は、ルミナ王に仕える七人の使徒のうちの三人だ。命令は、お前たち三人を討つことだ」
ロアが私たちの前へ出る。
「なら、最初からそう言え」
セレンがロアの少し後ろへ下がる。
私もガラスペンを構えた。
まずはセラフィンの槍。
重心がどこにあるかは分かっている。
そこへ緑を当てて、何が起きるのか確かめる。
ロアから緑が入ってくる。
ガラスペンの先へ集める。
広げない。
細い流れを途切れさせない。
王都へ来る途中で成功したときの感覚を思い出す。
「来るぞ」
ロアの声と同時に、レグルスが剣を抜いた。
ロアが構えたときには、レグルスはもう目の前まで来ていた。
ロアが身体をずらすと、剣が外套の脇を通り過ぎた。
そのまま腕を伸ばす。
触れることができれば黄を奪える。
けれど、レグルスはロアの手が届く前に身体を引き、すぐに次の一撃を繰り出した。
ロアが後ろへ下がる。
セラフィンとは動きが違う。
ロアが距離を詰めても、レグルスは触れられる間合いに入らせない。
「ロア!」
「俺のことはいい!槍に集中しろ!」
セラフィンも動いていた。
槍を低く構え、こちらへ向かってくる。
私はガラスペンを向けた。
重心がある位置は分かっている。
セラフィンが槍を動かすたび、狙っている場所も動く。
セラフィンが近づいてくる。
槍の動きを見ながら、狙いを合わせた。
ガラスペンから緑を出す。
細い。
広がらない。
緑が槍へ伸びた。
当たると思った瞬間、セラフィンが槍を引く。
狙っていた場所を外れ、緑が槍を包む黄の端をかすめた。
そこだけ黄が薄くなる。
「外れた……」
ルシエルが弓を引いている。
私はすぐ横へ動いた。
そのすぐあとに矢が通り過ぎる。
セラフィンが向きを変え、またこちらへ向かって来る。
ロアはレグルスに足止めされ、こちらへ来られない。
相手が二人だけのときでも、逃げるしかなかった。
今はさらに剣の男までいる。
私はガラスペンを持ち直した。
狙う場所だけ見ていたら駄目だ。
槍そのものの動きを追わないと当てられない。
セラフィンが槍を構え直した。




