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畫界アルカディア  作者: 三島 唯奈
第10章 黄の王
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第13話 流れを描く

次に馬車が止まったとき、エマは私に向かって指を五本立てて見せた。


「五回だからね」

「分かってるよ」


「さっきもそう言ってたけどやめなかったよね」

「今度はちゃんと五回でやめます」


 エマに念を押されながら、私は馬車を降りた。

 街道から少し外れたところに、馬車を停められる広さの空き地があった。カレンは四頭の馬の状態を順番に確かめ、水を飲ませている。ロアとセレンも馬車から降りてきた。


 右手を開いたり閉じたりして、痛みが残っていないか確かめた。

 前の休憩で感じた痛みは、もうほとんど残っていない。


「本当に痛くないんだろうね?」


 馬のそばからカレンが聞いてきた。


「大丈夫です」

「痛くなったら五回やってなくても終わりにしなよ」

「はい」


 私はガラスペンを取り出す。

 ロアが隣に立つ。


「手は本当に、大丈夫か?」

「うん。もう痛くないよ」


「痛くなったら、すぐやめろよ」

「分かってる」

「さっきも止められるまで続けてただろ」


 言い返せず、私は口を閉じる。


「……気をつけます」


 少し離れたところから、セレンが声をかけてくる。


「さっき細くできたときと、同じやり方で試してみたら?」

「はい」


 ロアから少量の緑を引き出す。

 透明な軸の中へ緑が入ってきたところで、私はすぐにはペンを振らなかった。


 前の休憩では、緑を出す前から一本の線を思い浮かべた。そのときだけ、最初のわずかな部分だけ細くなった。

 だから今度も、ガラスペンの先から一本の細い線が伸びていく形を思い浮かべる。


「一回目」


 エマの声が聞こえた。


「まだやってないよ」

「今からでしょ?」

「そうだけど」


 笑いそうになって、いったんガラスペンを下ろした。


「エマ。少し静かにしてやんな」

「はーい」


 カレンに言われ、今度こそエマが黙る。

 もう一度、ペン先から伸びる細い緑を思い浮かべる。


 細い線を意識したまま、ガラスペンを前へ振る。

 緑が伸びる。


 最初は細い。

 けれど、私の手から少し離れたところで左右へ広がってしまった。


「前より細いまま維持できてたな」


 ロアが言った。


「うん」


 問題は、その流れを保てないことだ。

 私はもう一度ロアから緑を受け取った。


「二回目」


 今度は、細い線のまま伸びていく形を思い浮かべる。

 ガラスペンを振った。

 緑は先端から細く伸び、そのまま前へ進んだ。


「……いける」


 けれど、緑は途中から大きく広がった。


「ああっ」


 すぐに止める。

 緑は空中で薄れ、消えていった。


「途中まではよかったね」


 セレンがこちらへ歩いてくる。


「でも、急に広がりました」

「途中で何か変えた?」


「変えてないつもりです」

「じゃあ、もう一度同じようにやってみよう。無理に変えなくていいよ」


 私は頷いた。


 三回目は、二回目より早く広がった。

 四回目は、出した直後からいつもの太さに広がった。


「あと一回」


 エマがまた指を一本だけ立てている。

 思っていたより難しい。


 細くしようと意識しすぎると、ガラスペンを握る手に力が入る。

 手の力を抜くと、今度は細い緑を意識できなくなる。


 さっき描いたエマの線を思い出した。


 エマも、最初は太い線を何度も引いていた。途中から太くなった線もあれば、最後まで細く引けた線もあった。

 

 エマは、細い形を描いたんじゃない。

 一本の線を、途切れずに引いていた。

 

 私は右手の指を一度開き、ガラスペンを持ち直した。


「最後です」

「別に最後の一回で完成させなくてもいいんだよ」

 

 セレンが言った。


「分かってます」

「本当に?」


「……できれば成功したいです」

「だと思った」


 ロアが横で小さく息を吐いた。


「失敗しても六回目はないからな」

「ロアまで」


「五回って決めただろ」

「分かってるよ」


 肩の力を抜く。

 ロアから緑を引き出し、ガラスペンへ集めた。


 ペン先に集まった緑を見る。

 意識するのは、緑の形じゃない。


 ペン先から、細い緑の流れを一本通す。

 今まで意識していたのは、出す瞬間の細さだけだった。


 出したあとも、その流れを途切れさせない。

 私はガラスペンをまっすぐ前へ振った。


 細い緑が伸びた。

 広がらない。


 緑は細い流れを保ったまま、その先へ伸びていった。

 やがて薄くなり、その場で消える。


挿絵(By みてみん)


「……今の」


 ガラスペンを下ろして、ロアを見る。


「ああ。最後まで細かった」

「セレン」

「見てたよ」


「今のは、途中で広がらなかったね」

「形じゃなくて、流れを意識したらできました」


「これなら、重心も狙えるでしょうか」

「狙いを重心に絞れるようにはなったと思う。でも、狙って当てるのはまた別だね」


 分かってはいたけれど、少しだけ残念だった。

 その横からエマが駆けてくる。


「でもできたよ」

「一回だけね」


「一回できたなら、次もできるよ」

「エマは簡単に言うなあ」

「私だってできたから」


 また同じことを言っている。


「じゃあ、次はちゃんと狙ったところに出せるようにする」


「六回目?」

「今はやらないよ」


 エマが笑った。

 カレンも馬のそばから戻ってきた。


「ちゃんと五回で終わったね」

「私だって約束くらい守ります」

「前の休憩のときをみる限り、念を押しておいて正解だったと思うけどね」


 私はガラスペンをケースへ戻した。

 細い緑は一度だけ成功した。


 まだ自在に使えるとは言えないし、動いている相手の小さな重心へ当てられるかも分からない。

 でも、これまでのように広く放つ以外の使い方ができることは分かった。


「続きは、また次の休憩のときですね」

「ああ」

 

 カレンが馬を十分に休ませてから、私たちは再び街道へ戻った。

 

    ◇

 

 馬車が動き出してからも、私は何度か右手の感覚を確かめていた。

 最後の一回だけは、細い流れのまま緑を伸ばすことができた。

 

 形ではなく流れを意識したことが、今までとの違いだ。

 同じようにやれば次もできるのか。

 

 狙った場所に、細く流せるか。

 分からないことが多い。


 向かい側では、エマがさっきの続きを描いている。

 細い線を何本か引いたあと、そのうちの一本を指でなぞっていた。


「それ、うまくいったやつ?」

「うん」


「残すんだ」

「残すよ」


 エマは当然のように答えた。


「だって、後でできたって分かるから」


 私は少し笑った。

 最後に出した緑は、もう消えている。


 炭のように残すことはできない。

 それでも、最後の一回で何を意識すればいいかは分かった。


 次も、あのときの流れを意識すればいい。

 しばらくして、御者台からカレンの声がした。


「王都が見えてきたよ」


 私は窓の外を見る。

 街道の先、灰色の建物が集まるさらに向こうに、黄の王城が見えていた。


 数日前、私たちはあの城でエルディンと話をした。

 その翌日、黄をまとった二人に襲われた。


 あの二人は、王国の命令で私たちを襲ったのか。

 それとも、別の誰かがあの二人を動かしているのか。


 確かめるために、もう一度あの城へ行く。

 できれば、今度は戦わずに済ませたい。

 遠くに黄の王城を見ながら、馬車は街道を進んでいった。

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