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畫界アルカディア  作者: 三島 唯奈
第10章 黄の王
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第4話 黄の追手

王都を離れ、私たちはエリンフォードへ戻った。


セレンの家がある通りまで来ると、見覚えのある建物が並んでいる。

数日前までなら、ここまでくれば旅が一区切りついたと思えたはずだ。けれど今日は、家が近づいても気持ちは落ち着かない。


王城でエルディンに言われた言葉が、まだ頭から離れない。


『これ以上、解析を続けない方がいい』


セレンの石化について何か知っている。

文香さんについても、何も知らないわけはない。


でもエルディンは、ほとんど何も話してくれなかった。


「帰ったら、まず――」


隣を歩いていたセレンの声が途中で途切れる。

ロアに肩を強く引かれ、身体が横へよろける。


「えっ――」


何が起きたのか分からないまま数歩よろけた直後、目の前を何かが通り過ぎた。

乾いた音がして、道沿いの家の壁に矢が突き立っていた。


「伏せろ!」


ロアが私とセレンの前へ出た。

屋根の上に、一人の女が立っている。


手には弓。

女の身体も、弓も、背負っている矢も、鮮やかな黄に包まれていた。


王城で見た色が頭に浮かぶ。

けれど考えている暇はなかった。


「前にもいる」


ロアの声に、通りの先を見る。

建物の間から男が出てきた。


長い槍を持っている。

男も全身を黄に包まれ、槍は柄から穂先まで黄に覆われていた。


前には槍。

後ろへ下がれば、屋根から矢が飛んでくる。


どうやら私たちを待ち伏せしていたようだ。


挿絵(By みてみん)


「誰だ、おまえら」


槍の男は答えない。

代わりに槍の穂先をこちらへ向けた。


「私たちに用があるんだろ?」


セレンがロアの後ろから問いかける。


「何のつもり?」


「王国に仇なす者として、ここで討つ」

「王国に?」


セレンの声が変わった。


「何の話だ?」


ロアが聞いても、男はそれ以上答えなかった。

槍の男が動く。


「ロア!」


ロアは半歩だけ前へ出かけたが、すぐ身体を横へずらした。

穂先が服のすぐ脇を通る。


避けたところへ、二度目の突きが来た。

今度は踏み込まず、間合いの外まで下がる。


槍の男も追ってはこない。

ロアとの距離を保ったまま、槍を引き戻した。


ロアが近づこうとすれば突く。

下がれば、それ以上は出てこない。


その頭上で弦の鳴る音がした。


「ロア、上!」


矢が飛んでくる。

槍を避けた直後を狙われていた。


ロアはとっさに身を低くしたが、完全には避けきれなかった。

矢が左腕をかすめ、服が裂ける。


腕から血がにじんでいた。


「ロア!」

「来るな」


ロアは私たちの方を振り返らない。

槍の男が踏み込み、また穂先を突き出す。


ロアがかわす。

その直後に、屋根から次の矢が来る。


今度は肩口をかすめた。

服が裂け、そこからも赤い血が広がっていく。


二人は別々に攻撃しているわけではない。

槍の男が間合いを保ち、ロアが突きをかわした直後を屋根の女が狙う。ロアが矢へ注意を向ければ、その隙にまた槍が来る。


私とセレンは、ロアの後ろから動くことができない。

左右のどちらかへ動こうとすれば、屋根の女に狙われるからだ。


でも、このまま後ろにいるだけでは、ロアばかりが傷ついていく。

私は鞄からガラスペンを取り出した。


黄に通るのは緑。


文香さんが調べた相関は分かっている。

でも、フォリアの緑はまだセレンが完全に解析していない。


今の私には、緑を選んで取り出すことはできない。

選べるのは赤だけだ。


ロアへガラスペンを向ける。

赤を意識すると、ロアの中から赤が引き出され、ペンへ入ってきた。


槍の男が再び踏み込む。

突きを放ったところへ、私は赤を向けた。


「ロア、離れて!」


ロアが横へ避ける。

男の胸元へ赤を放った。


赤が黄にぶつかる。

男はわずかに身じろぎしただけだった。


鎧を覆っている黄にも、本人にも変化はない。


「駄目……」


赤では止められない。

分かっていた。黄に通るのは緑だ。


それでも、何もしないよりはやれることを試すしかない。

もう一つ出せる色がある。


私はもう一度ガラスペンをロアへ向けた。


今度は赤を選ばず、そのまま色を引き寄せる。

ペンへ入ってきたのは青だ。


青を男へ放つ。

胸元を覆う黄へ当たったものの、今度も大きな変化はない。


男は一歩下がっただけで、すぐに槍をこちらへ向ける。

赤も青も、決め手にならない。


その間も、屋根から矢が飛んでくる。

ロアの体に傷が増えていく。


槍の男は無理に攻め込んでこない。

一定の間合いを保ったまま、ロアの動きを見ている。

そしてロアが槍へ意識を向けると、屋根から矢が飛んでくる。


このままだと、ロアがやられる。

私は屋根の女を見上げた。


槍の男が作る一瞬の隙を逃さないよう、弓を構えていた。

なら、一度だけあの女の意識をロアから外せればいい。


私はロアの後ろから、あえて通りへ飛び出した。


「ユイナ!」


セレンの声が聞こえる。

すぐに弓の狙いが私へ移る。


足がすくみそうになる。

それでも止まらず、ガラスペンを女へ向けた。


確実に選べる赤を引き出す。

女が矢を放つより先に、こちらから赤を放った。


女は反射的に横へ身をかわした。

当たらなくてもいい。


弓の女の意識がロアから外れてくれれば。

その一瞬で十分だった。


ロアが地面を蹴った。

槍の男もすぐに反応し、穂先がロアの胸へ伸びる。


けれどロアは横へ逃げず、身体をずらして穂先の脇へ入り、そのまま一気に踏み込んだ。男が槍を戻そうとしたときには、もう遅かった。


男が槍を引き戻すより早く、ロアが肩から体をぶつけていた。


「くっ!」


その勢いのまま、ロアは男を壁際まで押し込んだ。

ロアはそのまま男から離れない。


片腕で男を押さえ、もう一方の手で槍の柄をつかむ。

この距離では、槍は役にたたない。


男が肘でロアの背中を打つ。


一度。

二度。


それでもロアは離れなかった。

男の身体から、黄が一気にロアへ流れ込んだ。


槍を覆っていた黄も同じだった。

鎧からも槍からも、黄が次々とロアへ流れ込んでいく。


男の動きが鈍り始めた。

槍を握る手からも、次第に力が抜けていく。


ロアはさらに身体を寄せ、黄を奪い続ける。

屋根の女が弓を構えた。


けれど、矢を放てない。

ロアと槍の男が密着しているからだ。


この状態で矢を放てば、槍の男も巻き込んでしまう。

これなら、ロアは槍の男に集中できる。


そう思った直後、女の弓が今度は私たちへ向いた。


「ユイナ、下がって!」


セレンに腕を引かれた。

直後、私が立っていた場所へ矢が突き立った。


二本目が来る。

私とセレンは矢を避けながら、建物の壁際まで下がった。


弓の狙いは、完全に私たちへ移っていた。

私はもう一度、ガラスペンを女へ向けた。


けれど女はもう、同じ手には乗らない。

私がペンを上げると同時に、屋根の上を移動し、こちらが撃つより先に位置を変える。


これでは赤を放っても、当たらない。

仮に当たったところで、槍の男と同じで大きな効果はないだろう。


「ユイナ、無理に当てようとしないで!」

「でも、このままだと――」


「分かってる!」


矢を避けながら、セレンもロアの方を確認した。

既に槍の男からかなりの黄を奪っている。


男の抵抗も弱くなっているように見える。

壁へ押しつけられたまま、ロアを振り払えなくなっていた。


そのとき、ロアが男から離れた。


「ロア!?」


ロアは弓の女へ向かって走っていく。


支えを失った槍の男は壁へ手をつく。

足元が安定していない。


すぐに屋根の女はロアを狙う。

矢が飛んだ。


ロアは走る方向を変えない。

一本目をかわすと、すぐに二本目が飛んできて足元へ刺さる。


ロアは足を止めず、弓の女がいる建物まで一気に距離を詰めた。

女は矢を放ちながら、屋根の上を後ろへ下がっていく。


ロアが真下まで迫ると、女は矢を放つのをやめ、屋根の上から姿を消した。

少しして別の路地から現れ、槍の男のもとへ駆け寄る。


ロアが追おうとすると、女は男を支えながら弓をロアへ向けた。

矢がロアの進む先へ突き立つ。


間を置かず、もう一本の矢が飛んでくる。

女は弓を構えたまま、槍の男を連れて路地の奥へ下がっていった。


やがて二人は路地の角を曲がり、姿が見えなくなった。

ロアはすぐには私たちのところへ戻ってこない。


周囲と屋根の上を確認してから、ようやく私たちのところへ戻ってきた。


「ロア、傷を見せて」

「傷は後でいい、すぐここを離れるぞ」


ロアは一度後方を確かめてから、左腕を押さえた。

服が裂けた場所から、まだ血が出ている。


「家には戻れないね」


セレンの家は、ここからそれほど遠くない。

でもあの二人は、セレンの家へ帰る道で待ち伏せしていた。


「王都からつけられてたんでしょうか」

「分からない」


セレンは王都の方角を見る。


「王国に仇なす者、か。私たちがいつから王国の敵になったんだろうね」


誰も答えなかった。


エルディン。

頭に浮かぶ。


でも、エルディンが命令したところを見たわけではない。

私たちは、王城へ行った、その帰り道、槍と弓の男女に襲撃されたという事実だけだ。


ロアが通りの先を確かめる。


「ほかにも来るかもしれない。動けるうちに離れよう」

「そうしよう」


セレンも今度は迷わなかった。


「レインアへ行こう。ここからならそんなに遠くない。そこでまずロアの傷を手当てする。今後のことは、それから考えよう」

「分かりました」


私はガラスペンをケースに戻した。


赤も青も効かなかった。

黄に通る緑が必要だと分かってはいるけれど、今の私はその緑を選べない。


弓の女の狙いを一度外したことで、ロアが槍の男へ近づく時間だけは作れた。

でも、同じ手がもう一度通じるとは思えない。


今のままでは、次に襲われたとき逃げられる保証はない。

私たちはセレンの家へ戻らず、そのままレインアへ向けてエリンフォードを離れた。

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