第4話 黄の追手
王都を離れ、私たちはエリンフォードへ戻った。
セレンの家がある通りまで来ると、見覚えのある建物が並んでいる。
数日前までなら、ここまでくれば旅が一区切りついたと思えたはずだ。けれど今日は、家が近づいても気持ちは落ち着かない。
王城でエルディンに言われた言葉が、まだ頭から離れない。
『これ以上、解析を続けない方がいい』
セレンの石化について何か知っている。
文香さんについても、何も知らないわけはない。
でもエルディンは、ほとんど何も話してくれなかった。
「帰ったら、まず――」
隣を歩いていたセレンの声が途中で途切れる。
ロアに肩を強く引かれ、身体が横へよろける。
「えっ――」
何が起きたのか分からないまま数歩よろけた直後、目の前を何かが通り過ぎた。
乾いた音がして、道沿いの家の壁に矢が突き立っていた。
「伏せろ!」
ロアが私とセレンの前へ出た。
屋根の上に、一人の女が立っている。
手には弓。
女の身体も、弓も、背負っている矢も、鮮やかな黄に包まれていた。
王城で見た色が頭に浮かぶ。
けれど考えている暇はなかった。
「前にもいる」
ロアの声に、通りの先を見る。
建物の間から男が出てきた。
長い槍を持っている。
男も全身を黄に包まれ、槍は柄から穂先まで黄に覆われていた。
前には槍。
後ろへ下がれば、屋根から矢が飛んでくる。
どうやら私たちを待ち伏せしていたようだ。
「誰だ、おまえら」
槍の男は答えない。
代わりに槍の穂先をこちらへ向けた。
「私たちに用があるんだろ?」
セレンがロアの後ろから問いかける。
「何のつもり?」
「王国に仇なす者として、ここで討つ」
「王国に?」
セレンの声が変わった。
「何の話だ?」
ロアが聞いても、男はそれ以上答えなかった。
槍の男が動く。
「ロア!」
ロアは半歩だけ前へ出かけたが、すぐ身体を横へずらした。
穂先が服のすぐ脇を通る。
避けたところへ、二度目の突きが来た。
今度は踏み込まず、間合いの外まで下がる。
槍の男も追ってはこない。
ロアとの距離を保ったまま、槍を引き戻した。
ロアが近づこうとすれば突く。
下がれば、それ以上は出てこない。
その頭上で弦の鳴る音がした。
「ロア、上!」
矢が飛んでくる。
槍を避けた直後を狙われていた。
ロアはとっさに身を低くしたが、完全には避けきれなかった。
矢が左腕をかすめ、服が裂ける。
腕から血がにじんでいた。
「ロア!」
「来るな」
ロアは私たちの方を振り返らない。
槍の男が踏み込み、また穂先を突き出す。
ロアがかわす。
その直後に、屋根から次の矢が来る。
今度は肩口をかすめた。
服が裂け、そこからも赤い血が広がっていく。
二人は別々に攻撃しているわけではない。
槍の男が間合いを保ち、ロアが突きをかわした直後を屋根の女が狙う。ロアが矢へ注意を向ければ、その隙にまた槍が来る。
私とセレンは、ロアの後ろから動くことができない。
左右のどちらかへ動こうとすれば、屋根の女に狙われるからだ。
でも、このまま後ろにいるだけでは、ロアばかりが傷ついていく。
私は鞄からガラスペンを取り出した。
黄に通るのは緑。
文香さんが調べた相関は分かっている。
でも、フォリアの緑はまだセレンが完全に解析していない。
今の私には、緑を選んで取り出すことはできない。
選べるのは赤だけだ。
ロアへガラスペンを向ける。
赤を意識すると、ロアの中から赤が引き出され、ペンへ入ってきた。
槍の男が再び踏み込む。
突きを放ったところへ、私は赤を向けた。
「ロア、離れて!」
ロアが横へ避ける。
男の胸元へ赤を放った。
赤が黄にぶつかる。
男はわずかに身じろぎしただけだった。
鎧を覆っている黄にも、本人にも変化はない。
「駄目……」
赤では止められない。
分かっていた。黄に通るのは緑だ。
それでも、何もしないよりはやれることを試すしかない。
もう一つ出せる色がある。
私はもう一度ガラスペンをロアへ向けた。
今度は赤を選ばず、そのまま色を引き寄せる。
ペンへ入ってきたのは青だ。
青を男へ放つ。
胸元を覆う黄へ当たったものの、今度も大きな変化はない。
男は一歩下がっただけで、すぐに槍をこちらへ向ける。
赤も青も、決め手にならない。
その間も、屋根から矢が飛んでくる。
ロアの体に傷が増えていく。
槍の男は無理に攻め込んでこない。
一定の間合いを保ったまま、ロアの動きを見ている。
そしてロアが槍へ意識を向けると、屋根から矢が飛んでくる。
このままだと、ロアがやられる。
私は屋根の女を見上げた。
槍の男が作る一瞬の隙を逃さないよう、弓を構えていた。
なら、一度だけあの女の意識をロアから外せればいい。
私はロアの後ろから、あえて通りへ飛び出した。
「ユイナ!」
セレンの声が聞こえる。
すぐに弓の狙いが私へ移る。
足がすくみそうになる。
それでも止まらず、ガラスペンを女へ向けた。
確実に選べる赤を引き出す。
女が矢を放つより先に、こちらから赤を放った。
女は反射的に横へ身をかわした。
当たらなくてもいい。
弓の女の意識がロアから外れてくれれば。
その一瞬で十分だった。
ロアが地面を蹴った。
槍の男もすぐに反応し、穂先がロアの胸へ伸びる。
けれどロアは横へ逃げず、身体をずらして穂先の脇へ入り、そのまま一気に踏み込んだ。男が槍を戻そうとしたときには、もう遅かった。
男が槍を引き戻すより早く、ロアが肩から体をぶつけていた。
「くっ!」
その勢いのまま、ロアは男を壁際まで押し込んだ。
ロアはそのまま男から離れない。
片腕で男を押さえ、もう一方の手で槍の柄をつかむ。
この距離では、槍は役にたたない。
男が肘でロアの背中を打つ。
一度。
二度。
それでもロアは離れなかった。
男の身体から、黄が一気にロアへ流れ込んだ。
槍を覆っていた黄も同じだった。
鎧からも槍からも、黄が次々とロアへ流れ込んでいく。
男の動きが鈍り始めた。
槍を握る手からも、次第に力が抜けていく。
ロアはさらに身体を寄せ、黄を奪い続ける。
屋根の女が弓を構えた。
けれど、矢を放てない。
ロアと槍の男が密着しているからだ。
この状態で矢を放てば、槍の男も巻き込んでしまう。
これなら、ロアは槍の男に集中できる。
そう思った直後、女の弓が今度は私たちへ向いた。
「ユイナ、下がって!」
セレンに腕を引かれた。
直後、私が立っていた場所へ矢が突き立った。
二本目が来る。
私とセレンは矢を避けながら、建物の壁際まで下がった。
弓の狙いは、完全に私たちへ移っていた。
私はもう一度、ガラスペンを女へ向けた。
けれど女はもう、同じ手には乗らない。
私がペンを上げると同時に、屋根の上を移動し、こちらが撃つより先に位置を変える。
これでは赤を放っても、当たらない。
仮に当たったところで、槍の男と同じで大きな効果はないだろう。
「ユイナ、無理に当てようとしないで!」
「でも、このままだと――」
「分かってる!」
矢を避けながら、セレンもロアの方を確認した。
既に槍の男からかなりの黄を奪っている。
男の抵抗も弱くなっているように見える。
壁へ押しつけられたまま、ロアを振り払えなくなっていた。
そのとき、ロアが男から離れた。
「ロア!?」
ロアは弓の女へ向かって走っていく。
支えを失った槍の男は壁へ手をつく。
足元が安定していない。
すぐに屋根の女はロアを狙う。
矢が飛んだ。
ロアは走る方向を変えない。
一本目をかわすと、すぐに二本目が飛んできて足元へ刺さる。
ロアは足を止めず、弓の女がいる建物まで一気に距離を詰めた。
女は矢を放ちながら、屋根の上を後ろへ下がっていく。
ロアが真下まで迫ると、女は矢を放つのをやめ、屋根の上から姿を消した。
少しして別の路地から現れ、槍の男のもとへ駆け寄る。
ロアが追おうとすると、女は男を支えながら弓をロアへ向けた。
矢がロアの進む先へ突き立つ。
間を置かず、もう一本の矢が飛んでくる。
女は弓を構えたまま、槍の男を連れて路地の奥へ下がっていった。
やがて二人は路地の角を曲がり、姿が見えなくなった。
ロアはすぐには私たちのところへ戻ってこない。
周囲と屋根の上を確認してから、ようやく私たちのところへ戻ってきた。
「ロア、傷を見せて」
「傷は後でいい、すぐここを離れるぞ」
ロアは一度後方を確かめてから、左腕を押さえた。
服が裂けた場所から、まだ血が出ている。
「家には戻れないね」
セレンの家は、ここからそれほど遠くない。
でもあの二人は、セレンの家へ帰る道で待ち伏せしていた。
「王都からつけられてたんでしょうか」
「分からない」
セレンは王都の方角を見る。
「王国に仇なす者、か。私たちがいつから王国の敵になったんだろうね」
誰も答えなかった。
エルディン。
頭に浮かぶ。
でも、エルディンが命令したところを見たわけではない。
私たちは、王城へ行った、その帰り道、槍と弓の男女に襲撃されたという事実だけだ。
ロアが通りの先を確かめる。
「ほかにも来るかもしれない。動けるうちに離れよう」
「そうしよう」
セレンも今度は迷わなかった。
「レインアへ行こう。ここからならそんなに遠くない。そこでまずロアの傷を手当てする。今後のことは、それから考えよう」
「分かりました」
私はガラスペンをケースに戻した。
赤も青も効かなかった。
黄に通る緑が必要だと分かってはいるけれど、今の私はその緑を選べない。
弓の女の狙いを一度外したことで、ロアが槍の男へ近づく時間だけは作れた。
でも、同じ手がもう一度通じるとは思えない。
今のままでは、次に襲われたとき逃げられる保証はない。
私たちはセレンの家へ戻らず、そのままレインアへ向けてエリンフォードを離れた。




