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畫界アルカディア  作者: 三島 唯奈
第10章 黄の王
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第3話 互いの手札

ルミナ王の祝辞が始まった。


遠くて細かな表情までは分からない。でも、髪も肌も、身につけている服まで黄に染まっていることははっきり見える。


姿形だけなら人間と変わらない。


北境の砦で遭遇した青の始原も、赤のザロスも、緑のフォリアも、人間とはかけ離れた姿をしていた。そんな始原を見てきたせいか、人の姿をした始原が王城のテラスに立ち、大勢の人へ言葉を述べているのが不思議に見える。


広場を埋めた人々は王の言葉に耳を傾け、ときおり大きな歓声を送っていた。


この国の人にとって、全身が黄に染まったルミナ王の姿は特別なものではないらしい。これほど目立つ色なのに、周りの人たちは王の姿そのものには驚いていないみたいだ。


けれど、今はルミナ王より気になる男がすぐそばにいる。


長い髪を後ろで束ねた細身の男。

服装は森で会ったときとは違う。王の隣に立つ姿も、あのときの薄汚れた格好とはまるで結びつかない。


それでも、顔を見間違えはしない。

エルディン・レイヴァ。


文香さんが調べていた男が、今はルミナ王の傍らに立っている。

隣にいるセレンは、祝辞が続いている間もエルディンを見ていた。


以前、この王城で会ったはずの相手。

けれどセレンの記憶には、そのときのエルディンの顔も声も残っていない。


目の前の男と、文香さんから聞かされたエルディンという名前。それを今、初めて自分の中で結びつけようとしているように見える。


やがて祝辞が終わった。


広場に大きな歓声が広がり、ルミナ王がテラスの奥へ戻っていく。エルディンも王のあとに続き、その姿が城の中へ消えた。


「行こう」


セレンは人々が動き始めるのを待たず、城の方へ歩き出した。


「どこへ?」

「城」


当然のように言われて、私は慌ててあとを追う。


「でも、王城ですよね。入れてもらえるんですか?」

「中まで入れるかは分からない。ただ、今日は普段より話を通しやすい」


広場を抜けながら、セレンが城門の方を指さした。


「建国祭の間だけ、外門の近くに申立所が置かれるんだ。普段なら町や地区の役所を通す訴えや要望を、今日は王城の役人が直接受け付けてくれる」


「そこでエルディンに会いたいって頼むんですね」

「前回はそんな人物も役職もないと言われたが、今回は本人がさっき王の隣に立っていたんだ。少なくとも、そんな人物はいないとは言われないだろう」


ロアが城門の方を見ながら言った。


「宰相に直接会わせてくれるとは思えないが」

「私もそこまでは期待してないよ。でも、こちらが来たことくらいは伝わるかもしれない」


セレンは歩調を変えなかった。


「何もしないで帰るよりはいいさ」


城門へ近づくと、人の流れが分かれていく。

祭りの屋台が並ぶ通りへ戻る人たちとは別に、城門の脇へ伸びる列がある。何かを書いた紙を持った人や、手ぶらのまま順番を待つ人がいる。


列の先には机がいくつか並び、王城の役人と思われる人物が一人ずつ話を聞いている。隣の机では、年配の男が身振りを交えながら話し、その内容を役人が紙へ書き取っている。


「字が書けなくても大丈夫なんですね」

「そういう人の方が多いからね。聞くところによると身分も関係ないらしいよ」


「聞いてもらったあとは、どうなるんですか?」

「内容次第かな。担当部門へ回されるものもあるし、その場で却下されるものもある。全ての願いが叶うなら、大行列ができるよ」


セレンが列の最後尾に並んだ。

列が少しずつ前へ進み、ようやく順番が回ってくる。


机の向こうに座った役人が陳情を書き留める紙を広げた。


「申し出の内容を」

「エルディン・レイヴァ宰相殿に面会したい」


書き始めようとしていた役人の手が止まった。


「宰相閣下に?」

「ああ。以前私は王城で陛下に謁見させていただいたことがある。その時のことについて、宰相殿に直接会って確認したいことがある。セレンという者が来たと伝えてほしい」


「面会の約束は?」

「ないよ」


役人は少し困った顔をしたものの、断りはしなかった。

セレンの名前と用件を書き留め、紙を別の役人へ渡す。


申し出を預けたから、これで終わりかと思った。

ところが、紙を受け取った役人はそのまま城内へ入っていく。


「……伝えに行ったんでしょうか」

「たぶんね」


セレンは平静な顔をしていたが、何度か城門の奥を確かめている。

しばらくして、先ほどの役人が兵を一人連れて戻ってきた。


「セレン殿と、お連れの二名ですね」

「ああ」

「宰相閣下がお会いになります。こちらへ」


私は思わずセレンを見た。


セレンもすぐには動かなかった。

会えるかもしれないとは言っていたが、本当に呼ばれるとは考えていなかったようだ。


「……分かった。案内して」


兵が城門へ向かう。

私たちも歩き出したが、門のすぐ前でロアが止まった。


「セレン」

「ああ。分かってる」


門の内側は、外から見えていた黄で埋め尽くされていた。

城壁だけではない。門の内側へ続く石の床も柱も、灰色を覆い隠すほど強い黄に満ちている。


エルガ王城へ入ったときのことを思い出す。

あそこにはザロスの赤が満ちていた。


「前に来たときも、こんな感じだったんですか?」

「ああ。文香と一緒に、この中を歩いた」


「そのときは何も?」

「ああ。私も文香も、この中を歩いたよ。少なくとも、あのときは問題なかった」


セレンにも、なぜ大丈夫だったのかまでは分からないらしい。

兵は門の内側に立って待っている。


ロアが私たちより先に一歩入った。

様子を確かめてから、こちらを見る。


「大丈夫だ」


私も城門をくぐった。

黄に染まった石の床を踏み、さらに数歩進む。


身体に痛みも違和感もない。

セレンも続いて入ってくる。


なぜ平気なのかは分からない。

理由は分からないが、今は兵についていくしかない。


     ◇


案内された部屋で待っていると、やがて扉が開いた。


「お待たせしました」


入ってきた男を近くで見れば、もう迷う余地はなかった。

森で会ったエルディンだ。


セレンが椅子から立ち上がった。


「今度は話をしてもらえるんだね」

「正式に面会を申し込まれましたから」


森で会ったときとは態度が違う。

エルディンは向かいの椅子を示した。


「どうぞ、お掛けください」


私たちが座るのを待ってから、エルディンも腰を下ろした。

セレンはすぐには話し始めなかった。


「王国宰相、エルディン・レイヴァ」

「はい」


「今は、その名前でいいんだね?」

「ええ、何か問題でも?」


「いや。確認したかっただけだよ」


エルディンは表情を変えない。

森では私たちを知らないと言い、文香さんのことを聞いても、まともに答えようとはしなかった。


今は王城の一室で、宰相として当然のように私たちと向かい合っている。


「文香のことを聞きたい」


セレンが本題に入った。


「フィリナで君は、文香は私たちの立ち入れない場所へ行ったと言った。あれはどういう意味だ?」

「まだ彼女を探していたんですね」

「そのためにフィリナまで行ったんだよ」


エルディンが私とロアの方を見る。


「彼女は見つかりましたか?」

「見つからなかった」


セレンはそこで一度言葉を切った。


「でも、世界樹までは行ったよ」

「フォリアに会ったんですか?」


「ああ」

「三人とも、よく無事に戻れましたね」


その言葉に、セレンの表情がわずかに変わった。

森で会ったエルディンは、緑に侵食された場所を平然と歩いていた。


どこまで知っているのかは分からない。

けれど、フォリアについて、始原について何も知らないとは思えなかった。


「フォリアの核は破壊した」


エルディンはすぐには返事をしなかった。


「……核を?

どうやって?」


セレンの口元にわずかな笑みが浮かぶ。


「そこから先は言えないな」

「なぜです?」


「君が何も話してくれないからだよ」


エルディンは返事をせず、セレンの次の言葉を待った。


「文香がどこへ行ったのか。フィリナで何があったのか。君が知っていることを話してくれるなら、こっちもフォリアのことを話してもいい」

「取引ですか」


「一方的にこっちの情報だけ渡すつもりはないってこと」

「でしたら、その条件ではお話しできません」


「文香の居場所を知らないの?」

「今どこにいるのか知りません」


「フィリナで、君は『文香は君たちが立ち入れない場所へ行った』と言ったよね」

「言いました」


「なら、少なくともあの時点では何かを知ってたはずだ」

「それ以上はお話しできません」


言い方を変えても、答えは変わらない。

セレンは文香の話をそこで切り上げ、石化した左腕を机の上へ置いた。


「じゃあ、もう一つ聞くよ」


エルディンが左腕を見る。


「この腕がこうなった理由に、何か心当たりは?」

「私には分かりません」


「本当に何も?」

「ええ」


挿絵(By みてみん)


「君は、あのとき謁見の場にいたんだろ?」


今度はエルディンが答えなかった。

セレンの指先が机を一度叩く。


「私は君の顔も声も思い出せない。でも文香は、君があの場にいたと言っていた」


エルディンは石化した左腕を見たまま、少し間を置いた。


「一つだけ言えるとすれば」


「何?」


「これ以上、解析は続けない方がいい」


机を叩いていたセレンの指が止まった。


「……解析?」

「ええ」


「私は今、この腕がこうなった理由を聞いただけだよ。解析の話は一度もしてない」

「承知しています」


セレンは黙った。

エルディンも言い直そうとはしない。


「わざと、その言葉を出したんだね」

「あなたは先ほど、『核』という言葉を出した。私にも、知っていることはあるということです」


セレンの口元から笑みが消えた。


「だったら、文香について知ってることも――」

「それとこれとは話は別です」


エルディンがそこで遮った。


「これ以上、お話しできることはありません」


「文香のことも?」

「はい」

「私のことも?」


エルディンは答えなかった。

そのまま席を立つ。


「今日はここまでにしてください」


ほどなく扉が開き、外に控えていた兵が部屋へ入ってきた。

セレンも椅子から立った。


「分かったよ」


思ったより簡単に引き下がった。

ただ、扉の前まで行ったところで一度だけ振り返る。


「エルディン」

「何でしょう」


「今日は帰るけれど、次に会ったときは、もう少し話をしてもらうよ」


エルディンは何も答えなかった。


     ◇


兵に案内され、黄に染まった廊下を城門へ向かう。

エルディンの部屋から十分に離れたところで、ロアが口を開いた。


「『解析』と言ったのは、わざとだろうな」

「そうだと思う」


セレンは石化した左腕を見ながら歩いていた。


「私が『核』の話を出したから、向こうも手札を一枚見せてきたってところかな」


「フォリアの核を破壊したというのは、信じたと思いますか?」

「信じてないかもしれないね。でも、それでいいよ」


セレンは顔を上げた。


「私たちが始原のところまで行き、フォリアを止めたことが伝われば十分だ」


ロアは少し考えてから言った。


「向こうも、お前が解析していることを知ってると伝えてきた」

「ああ。しかも、聞かれてもいないのに自分からね」


エルディンは何も知らないわけではない。

どこまで知っているのかは分からないけれど、少なくともセレンの解析と石化した腕を結びつけて話していた。


城門が近づき、外から祭りの声が聞こえてくる。


「文香さんの居場所は、結局分かりませんでしたね」

「居場所はね」


セレンの歩調が少し緩んだ。


「でも、何も得られなかったわけじゃない」


黄に染まった門の向こうには、祭りの人波が見えている。


「私が以前この王城で解析をしていたことを、あの男は知っている。私が覚えてないだけで、やっぱりエルディンはあの謁見に関わっていた可能性が高い」

「それなのに、理由は話さない」


ロアが言った。


「そういうこと」


セレンは左腕をローブの中へ戻した。


「文香があの男を調べていた理由も、前よりは分かった気がするよ」


城門を抜けた。


振り返れば、黄一色の王城がそびえたっている。

その中に、文香さんが調べていたエルディンがいる。


文香さんがどこにいるのかは、まだ分からない。

けれど、エルディンがあの謁見について何かを隠していることだけは、はっきりした。


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