第1話 繋がる色
翌朝、居間に行くと、机の上のガラスペンが目に入った。
透明な軸には、ロアから引き出した赤が残っている。
「昨日は何も考えないって決めたけど、今日はそうもいかないね」
セレンは椅子を引き座った。ロアも向かい側に座り、私も空いている椅子に座る。
文香さんの手がかりをたどってフィリナまで行ったものの、ミレヴァから先の足取りは途切れた。セレンの家にも便りは届いていない。
次にどこへ向かうにしても、その前に確認しておきたいことがある。
「まず、色のことから整理しておこう。今、ユイナが自分で選んで引き出せるのは赤だけだ」
セレンが机の上のガラスペンを指した。
「青も緑も、ロアの中には残ってるんですよね」
「ああ。青も緑もある。ただ、どれだけ残ってるかまでは分からない」
北境の砦で遭遇した青の始原から奪った青。
大森林でフォリアから奪った緑。
そして、ザロスから奪った赤。
ロアは複数の色を持っている。その中で、今の私が狙って引き出せるのは赤だけだ。
「フォリアに赤を使えたのは、セレンが赤を解析したからですよね」
「それだけだと半分正解かな」
セレンはガラスペンの軸を指先で軽く叩いた。
「赤を使えるようになったのは、私が赤を調べたからだ。でも、あのとき赤を調べると決めたのは、文香からの情報があったからだよ」
緑には赤が通る。
フォリアの近くで見つけた記録に、その言葉が残されていた。あの一文がなければ、石化が進む危険を負ってまで、あの場で赤を解析する理由はなかった。
「ザロスのときは、赤には青が通る、でしたよね」
「そう。ザロスには青。フォリアには赤」
「ルミナ王は黄でしたよね。文香さんは、黄には緑が通るって調べてた」
私は指で机をなぞりながら、三つの関係を順番に並べた。
青から赤へ。
赤から緑へ。
緑から黄へ。
別々の場所で得た情報だったが、こうして整理してみると途中で切れずにつながっていることがわかる。
「……並んでますね」
「そう見えるね」
セレンはそこで言葉を止める。
「ただ、色の相関がうまく繋がって、ザロスとフォリアに対処できたのはただの偶然と考えた方がいい。今後もこんなにうまくいくとは限らない」
「はい」
「色について、今分かってるのは、ここまでだ」
「文香さんは、この連鎖の先を調べてるでしょうか」
「可能性はあるね」
文香さんが色譜盤で調べていたのは、色同士の関係だ。
セレンの解析でわかるのは、その色がどんな性質を持っているのかだ。
二人がしていることは、同じではない。
私はガラスペンを手に取った。
「もし、フィリナで文香さんの記録を見つけてなかったら、セレンは赤を解析してましたか?」
セレンは少し考え、石化した左腕を見た。
「あの時点ではやらなかったと思うが、いつかはしてたと思うよ」
「いつか?」
「うん。私は色のことをもっと知りたい。できるなら、まだ解析していない色は全部調べたいと思ってる」
セレンは左腕を少し持ち上げた。
「この身体で、どこまでできるかはわからないけどね」
口調はいつもと変わらないけれど、解析を重ねればどうなるのかを知っている今は、その言葉を簡単には聞き流せない。
「あのとき赤を解析したのは、文香の記録もうそうだけど、困っている人がいたからだね」
私はガラスペンを机へ戻した。
文香さんが赤を解析できるようにしたわけではない。
どの色を調べればフォリアへ届くのか、その可能性を示してくれたのだ。
「私の解析じゃ、色同士の相性は分からない」
「必要な色が分からなければ、いくら色を持っていても、どれを使うか決められない」
ロアが言った。
「必要な色が分かっても、ロアが持ってなかったら使えません」
「そういうこと。誰一人欠けても成り立たないんだよね」
文香さんが色同士の関係を調べる。
セレンが色を解析する。
ロアが色を奪い、保持する。
そして私が、その中から扱える色を引き出して使う。
フォリアを止められたのは、この四つがつながったからだ。
けれど、今ここに文香さんはいない。
◇
「次はどうしますか?」
セレンはしばらく考えたあと、私たちの方を見た。
「王都へ行ってみようか」
「ルミナ王のところですか?」
「まずは王を見に行こう。近いうちに王都で建国祭があるんだ。その日はルミナ王が王城のテラスに姿を見せることになっている」
北境の砦で遭遇した青の始原とも、ザロスとも、フォリアとも違う。
始原でありながら、人間の国を治めている王。
私はまだ、その姿を見たことがない。
「私と文香は、王都でルミナ王に会った」
セレンの右手が左腕に触れた。
「解析という能力が宿ったのは、そのときだよ」
ルミナ王への謁見中、セレンは黄を解析しはじめ、左腕に異変が起きた。文香さんに止められたため、黄の解析は途中で終わっている。
「エルディンも、その場にいたんですよね」
左腕に触れていた指が止まった。
「……いたらしい」
「いたらしい?」
「そこの記憶がないんだ」
セレンは眉を寄せた。
「ルミナ王に会ったことは覚えてる。文香が色譜盤を使ってたことも、私が黄を解析しかけたことも、左腕がおかしくなって文香に止められたことも覚えてる。謁見したこと自体は記憶に残ってるんだ」
少し間を置いてから、セレンは続けた。
「なのに、エルディンのことだけが思い出せない」
森で会った男の姿が浮かんだ。
長い髪を後ろで束ねた、あの男。セレンも同じ場所にいて、同じ男を見ているはずだ。
「名前は、文香さんから聞いたんですよね」
「そう。エルディン・レイヴァ。王国の宰相だって、あとで文香から聞いた」
「森で会った人と同じ顔だったかどうかも、分からないんですか?」
「分からない。顔も、声も、謁見のときにそいつがどこにいたのかも思い出せない。私が覚えてるエルディンの情報は、ほとんど文香からあとで聞いたものなんだ」
ロアが腕を組む。
「ルミナ王や謁見のことは覚えているのに、その男のことだけが思い出せない」
「ああ。だから文香も、おかしいと思って調べ始めた」
森でエルディンと会ったとき、セレンが王城で会った男と結びつけられなかったのも無理はない。比べようにも、以前会ったエルディンの記憶は残ってないのだから。
「王都へ行けば、何か分かるでしょうか」
「さあね」
セレンは迷わず答えた。
「文香はまず王都でエルディンを調べていた。今は宰相じゃないらしいから王都で何か情報が得られる可能性は低いけれど、他に手掛かりがない」
「でも、ルミナ王がいる」
ロアの言葉に、セレンがうなずいた。
「ああ。少なくとも王は消えてない」
セレンはそこで口を閉じた。
消えていない、という言い方が少し引っかかったけれど、私は聞き返さなかった。
王都へ行けば、黄の始原と目されるルミナ王を自分の目で確かめることができる。
文香さんが調べた黄についても、確かめたいことがある。
それに、エルディンにつながる手がかりが残っているかもしれない。
フィリナへ戻って森を探し直すより、王都へ向かう方がいい。
「王都へ行きましょう」
「決まりだね」
セレンは椅子から立ちあがった。
「今日は準備して、明日には出発しよう。帰ってきたばかりだけどね」
「今度は何日くらいの旅になる?」
「王都に行ってみないと何とも言えないね」
青、赤、緑、黄。
色同士の関係は、少しずつつながり始めている。
その関係を調べていた文香さんの行方は分からない。
でも、王都には黄の始原がいる。
そこへ行けば、何か一つでも手がかりをつかめるだろうか。
それとも、分からないことがまた増えるだけだろうか。
確かめに行くしかない。




