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畫界アルカディア  作者: 三島 唯奈
第9章 倒さない選択
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第9話 エリンフォードへ

ミレヴァを発つ朝、リリカが町外れまで見送りに来てくれた。

ここから先は、また三人での旅になる。


「ここでお別れだね」


リリカが立ち止まると、セレンも足を止める。


「ねえリリカ、エリンフォードまで一緒に来ない?」

「行けないよ。森のこともあるし、私はここで仕事しないと」


「残念だな。君がいると助かるんだけど」

「また必要になったら雇って。そのときも料金はちゃんともらうけどね」


「分かったよ。気が変わったら連絡して」


セレンは自宅の住所を書いたメモをリリカに渡した。

リリカは森へ入ってから、ずっと私たちの前を歩いてくれた。


緑に道を塞がれたときには通れる場所を探してくれた。

文香さんが調査していそうな場所も、残された痕跡から絞ってくれた。


仕事として雇ったガイドだったけれど、これで関係が終わったようには思えなかった。


「リリカさん、ありがとうございました」

「何、急に」


リリカが少し笑いながら私を見る。


「ちゃんと言ってなかった気がして」

「私は仕事をしただけだよ」


「それでも、リリカさんがいなかったら、文香さんの痕跡に辿り着けなかったと思います」

「そこまで言われると、ちゃんと働いた甲斐はあったのかな」


リリカは少し照れたように笑ったあと、私の身体を上から下まで確かめる。


「ユイナも気をつけてね。次に会ったとき、また傷を増やしてたら怒るから」

「気をつけます」


「本当に気をつけてよ。危ないって分かってるのにすぐ前へ出るから」

「……はい」


何も言い返せなかった。

リリカは今度はロアを見る。


「ロアも。危ないところに一人で入っていかないこと」

「俺は必要ならこれからも行く」


「ほら、もう心配だよ。そういうところを言ってるんだけどね」

「いや、行くしかないだろ」


ロアの答えはいつも通りだった。


無茶をしたいわけではないが、必要なら自分が動く。

ロアはいつもそう考えている。


「ロアに何を言っても、無駄かもしれないね」

「セレンも人のこと言えないでしょ」


今度はリリカがセレンを見る。

視線は途中で、左腕に止まった。


「自分の身体なんだから、もうちょっと大事にしなよ」

「分かってるよ」


「本当に?」

「たぶん」

「そこは言い切って欲しいな」


リリカとセレンが笑う。

私も少し遅れて笑った。


初めて会ったときは、リリカとこんなふうに旅を共にするとは思っていなかった。

最初は、森へ入るためにガイドを探していただけだった。


けれど今は、別れるのが少し寂しい。


挿絵(By みてみん)


「じゃあね」


リリカが片手を上げる。


「また」


ロアは軽く頷き、私も手を上げた。


「本当に連絡待ってるからね」


セレンも手を振る。


何歩か進んでから振り返ると、リリカはまだ同じ場所に立っていた。

もう一度手を振り、私たちはミレヴァを離れた。


     ◇


リュミエ港へ戻る街道を進むにつれて、緑は少なくなっていった。

初めのうちは道の脇にも緑が残っていたが、距離を取るうちに灰色の地面が増え、やがて周囲から緑が見えなくなった。


荷車や馬車とすれ違うことも増えたきた。

旅人の姿もある。


この一カ月の間は、緑がどこまで広がるのかばかり考えていた。いざその森が見えなくなってくると、本当にミレヴァを離れるのだなと感じた。


リュミエ港へ着いたあと、セレンがアウレスタ行きの船を確認しに行く。

私とロアは荷物を持ったまま、港で待った。


しばらくして戻ってきたセレンが首を横に振る。


「今日はもう出ないみたい。次は明日だって」

「じゃあ、今日はここに泊まるんですね」


「そうなるね。急いでるわけでもないし、今日は休もう」


港で宿を取り、その日は移動しなかった。


翌日。


出航までまだ時間があり、私たちは三人で桟橋の近くにいた。


岸では船へ荷物を運ぶ人たちが行き来している。積み込まれた荷物を確認する声や、船員同士が呼び合う声が途切れず聞こえている。


セレンは海の方を見ていた。


「フィリナまで来れば、もう少し文香に近づけると思ってたんだけどね」


しばらく海を見たまま、セレンが言った。


「でも文香さんが何を調べていたかは分かりました」


文香さんがフィリナで調べていたのは、緑と赤の関係だった。

その情報がなければ、フォリアへ赤を使うことはできなかった。


「うん。緑と赤の関係が分かったのは成果だね」


セレンは左腕を胸元へ寄せた。

赤を解析したことで、石化の範囲は広がった。


文香さんが残した情報を使い、セレンが赤を解析し、その赤でフォリアの動きを止めた。ミレヴァへ迫っていた侵食は、一か月経ってなお広がっていない。


けれど、文香さんがミレヴァからどこへ向かったのかは、結局分からないままだ。

私はセレンの左腕を見てから聞いた。


「解析したこと、後悔してますか?」


セレンが私を見る。


「してないよ」


返事はすぐだった。


「あのまま何もしなければ、緑はまだ広がっていたかもしれない。フォリアを殺さずに止めることもできたし、ミレヴァも変わらず残ってる。少なくとも、あのとき解析しなければよかったとは思ってない」


そこまで言ってから、セレンは少し笑った。


「だからって、次も同じことをするかはわからないけどね」

「……そうしてください」


「何、その顔」

「次も絶対にやるって言うと思ったので」


「私だって自分は大事だよ」


セレンが困ったように笑う。


解析をやめるとは言わない。

たぶん、セレンはこれからも必要だと判断すればやるだろう。


でも、何があっても続けると言っているわけでもない。

少なくとも今は、それでよかった。


そのとき、船員が乗船を呼びかける声が聞こえた。

セレンが桟橋の方を確認する。


「そろそろ行こうか」


立ち上がり、置いていた荷物を持つ。

私とロアも荷物を持ち、三人で船へ向かった。


     ◇


リュミエ港を出た船は海を渡り、エルメア港へ着いた。

そこからガレオンを経由し、エリンフォードへ向かう。


エリンフォードへ戻るのは、一度立ち止まって次の手掛かりを探すためだ。


町へ入り、見覚えのある道を進む。

セレンの家が見えてくると、セレンの足取りが少し速くなった。


「やっと帰ってきた」


扉の前まで行くと、セレンは鍵を取り出して中へ入った。

私とロアも続く。


長く留守にしていた部屋は、出発したときのままだ。


「とりあえず荷物を置いて。二人とも好きなところに座ってよ」


そう言うと本人は、自分の荷物を置くとすぐ別の場所へ向かった。


私とロアがリュックを下ろしている間に、留守中に届いた便りを確認し始める。

文香さんから何か届いているかもしれない。


私も手伝おうかと思ったが、邪魔になりそうだったので椅子へ座った。

ロアも荷物をまとめながら、ときどきセレンの方を見る。


しばらくして、セレンが戻ってきた。

手には何も持っていない。


「文香からの連絡はない」

「そうですか……」


セレンは椅子を引き、腰を下ろした。


「まあ、あまり期待してなかったけどね」


そう言ったものの、すぐに立ち上がろうとはしなかった。

フィリナに着いたら連絡すると、文香さんはセレンに言っていた。


けれど、旅に出る前にも連絡はなかった。

留守にしている間にも、何も届いていなかった。


私から何か言おうとしても、うまく言葉が浮かばない。

文香さんから連絡が来ていなかったことを残念に思っているのは、私も同じだ。


でも、セレンにとっては意味が違う。

セレンは、椅子の背へ身体を預ける。


「今日はもう、何も考えたくないな」

「今日は休んだ方がいいです。移動も長かったですし」


「うん。そうする」


そう答えたあと、セレンは私とロアを見た。


「二人とも、今日はここに泊まっていきなよ。今から宿を探しに行くのも面倒だろ」

「いいんですか?」


「何日一緒に旅してきたと思ってるの。今さら遠慮しなくていいよ」


フィリナへ向かってから、ずっと三人で動いてきた。

今になって、遠慮するのも変な気がする。


「じゃあ、お言葉に甘えます」

「助かる」


「決まり。寝る場所ならいくらでもあるから」


久しぶりに自分の家へ戻ったのに、セレンは自分が休む前に私たちの寝る場所を気にしてくれている。


「セレンこそ、休んでください」

「ああ」


ロアはもう自分の荷物を片づけ始めている。

私もリュックを壁際へ寄せた。


腰につけていたケースを外し、中からガラスペンを取り出す。

透明な軸には、セレンが解析した赤の情報が残っている。


この赤があったから、フォリアを倒さずに止めることができた。


けれど、文香さんの行き先は分からないままだ。

エルディンについても、森で会ってから新しい手掛かりは得られていない。


その先に進むための道は、まだ見えていない。

明日からどうするのかも決まっていなかった。


それでも、今日はエリンフォードまで戻ってきた。

セレンも自分の家に帰ることができた。


今夜くらいは、次に何をするかを決めなくてもいい。

私はガラスペンを机に置いた。


続きは、明日考えよう。

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