第7話 倒さない選択
丘の斜面では、止まっていた根が再び動き始めていた。
土を押し上げながら、ゆっくりとこちらへ向かってくる。
私はガラスペンをフォリアの胸元へ向けたまま、さっき赤を当てた場所を確認する。
胸には細い亀裂が残っている。
「もう一度、同じ場所を狙ってみよう」
セレンもフォリアの胸元を見ている。
「幹に当てたときとは反応が違った。核があるとしたら、あの亀裂の奥かもしれない」
「分かりました」
ガラスペンへ赤を引き出し、亀裂へ狙いを定める。
丘の下では、根が斜面を上がってきていた。
私はガラスペンを振った。
赤が木々の間を抜け、胸の亀裂へ当たる。
亀裂が左右へ広がった。
フォリアの上半身が大きく後ろへ傾き、枝葉が激しく擦れ合う。
ゆっくりと目を閉じ、丘を上がってきていた根もその場で動きを止めた。
「ユイナ、胸の奥を見て」
セレンが指差した。
広がった亀裂の奥に、濃い緑が見える。
それは、幹の表面を覆う緑とは違う。
胸の内側に、ひとまとまりの緑が埋まっている。周囲の木質との境目もはっきりしている。
ザロスの胸にあった赤い核を思い出した。
「……これが核でしょうか」
「たぶんね。ザロスも胸に核があったし、始原の核は胸の近くにあるのかもしれない」
まだ二体しか見ていない。すべての始原が同じとは言えない。
この先、別の始原と戦うことになったら、まず胸の辺りを確認した方がいいのかもしれない。
私は露出した核へガラスペンを向けた。
赤がフォリアに通ることは、もう確認できている。
ここからなら胸まで届く。
今なら、あの核へ直接赤を当てられる。
だけど、斜面を上がってきていた根は止まり、フォリアも上半身を傾けたまま動かない。
私はガラスペンを下ろした。
「核は壊しません」
リリカが聞く。
「このままにするの?」
「はい。私たちはフォリアを倒しに来たわけじゃありません」
頼まれたのは、広がり続ける緑を止めることだ。
フォリアを倒したあと、フィリナに何が起きるのかも分かっていない。
「今の状態で侵食が止まってくれるなら、核まで壊す必要はありません。まずは確かめましょう」
セレンがフォリアと、斜面で止まった根を確認する。
「そうだね、しばらくここで様子を見よう。フォリアや根がまた動き出すなら、そのときどうするか考えればいい」
ロアも斜面を見ていた。
「今のところ、根は止まったままだ」
私たちはその場で待った。
ガラスペンは手に持ったままだが、フォリアへ向けるのはやめた。
斜面まで上がってきていた根も動かない。
別の場所から、新しい根が出てくる様子もない。
フォリアも上半身を傾けたまま、動かない。
胸には亀裂が残り、その奥に緑の核が見える。
さらに待ってみたが、フォリアも根も動き出さなかった。
「動かないね。ほかの根が出てくる様子もないよ」
リリカが双眼鏡を下ろした。
「うん。この様子なら町に戻っても大丈夫そうだね」
私はガラスペンをしまった。
核は見つけた。
赤を直接当てることもできる。
けれど、今ここで壊す必要はない。
「町へ戻ろう」
ロアが先に斜面を下り始める。
私たちも後に続いた。
来る途中で崩した根の脇を通っていく。
地面に露出した根へ近づいても、動き出すことはなかった。ほかの根が追ってくる様子もない。
丘から少し離れたところで、振り返ってみた。
木々の上に、フォリアの上半身が見える。
胸には傷が残っている。
それでも、フォリアは倒れずに立っていた。
◇
世界樹から十分に離れたところで、リリカが歩く速度を落とした。
「ここまで来れば、たとえ根が動き出しても大丈夫だね」
来るときに確保した道は残っている。
ロアが緑を奪って切り開いた場所も、草や蔓で塞がれてはいなかった。
足元には、変わらず緑が残っている。
フォリアの動きが止まっても、すでに広がった緑まで消えるわけではない。
「行きとあまり変わってないよね」
「まだフォリアの動きを止めてから、そんなに時間は経ってないから、侵食が止まったとは判断できないよ」
私たちは、緑の侵食が広がっていないか確認しながら進んだ。
だが、緑が広がっているような場所はなかった。
「ここも、来たときのままだね」
フォリアの核は壊していない。
倒したわけでもない。
フォリアの動きを止めただけだ。
それで緑の侵食が止まったのかは、まだ分からない。
私たちは森に変化がおきてないか確かめながら、ミレヴァを目指した。




