第6話 狙うべき場所
フォリアからある程度離れたところで、私はガラスペンを下ろした。
幹につけた傷は、離れたここからでも見える。同じ場所に二度赤を当て、かなり深くまで崩した。それでも、フォリアの巨体から見れば、傷はほんの一部にすぎない。
「幹を削り続けても、フォリアは止められそうにありません」
「うん。別の方法を考えた方がよさそうだね」
左手の地面が、こちらへ向かって筋状に盛り上がった。
リリカが右へ駆け出し、私たちも後を追う。直後、土を割って現れた太い根が、さっきまで私たちがいた場所を通り抜けた。
最初に比べると、迫ってくる根の速度は落ちている。
何本も崩したあたりから、フォリアの動きにも変化が出ていた。
けれど、根をこれ以上壊すのはやめると決めた。
追ってくる根との距離を取りながら、私はフォリアの上半身を見る。
ザロスは、身体を削っても倒れなかった。
最後に青を集中させたのは、胸にあった赤い核だ。
「ザロスは胸に核がありましたよね。フォリアにも、どこかに同じようなものがあるかもしれません」
けれど胸にあたる場所は、遥か頭上にある。
セレンもフォリアを見上げた。
「あるとしても、ここからじゃ確かめられないね」
これまで地上から狙えたのは、根と幹の下の方だけだ。
もし胸の辺りにあるなら、幹を削り続けても核は見つけられない。
だが問題は高さだ。
地上からでは、フォリアの胸元まで赤が届くか分からない。
周囲には、何本もの木が立っている。
「木に登れば、胸元まで赤が届くかもしれません」
ロアも周囲の木を見回す。
「木に登るのは危ない。根が来てもすぐには逃げられないし、周りを塞がれたら降りることもできなくなる」
フォリアの近くで、わざわざ身動きの取りにくい場所へ行くのは危険すぎる。
リリカは周囲の木々ではなく、さらに先へ目を向けた。
「木に登らなくても、高い場所ならあるよ」
腰の双眼鏡を取り出し、右手の森を覗く。
しばらくして、右前方を指した。
「あそこ。前に帰り道を探して歩き回ったとき、見晴らしがよさそうだと思って目をつけてた場所」
森の中で、地面が緩やかに盛り上がっている。
丘と呼ぶには小さいが、今いる場所よりは高い。
「世界樹からは少し離れるけど、あそこまで上がれば胸元との高低差は小さくなる。木の上と違って、根が来ても走って逃げられるしね」
あの高さで赤が胸元まで届くかは分からない。
それでも、試してみる価値はありそうだ。
「なら、あそこへ行きましょう」
リリカが先頭に立ち、丘へ向かって走り出した。
◇
丘まで真っすぐ進むことはできなかった。
地表に張り出した太い根を避けながら、根の見えないところを選んで進む。
「左から行くのはやめとこう」
リリカが進路を変えた直後、左側の土が押し上げられる。
根が姿を現し、こちらへ向きを変える。
最後尾のロアが振り返った。
「まだ距離がある。丘まで急ごう」
速度を落とさず、そのまま丘へ向かって走り続ける。
前方を別の根が塞いでいる。迂回すれば、後ろから迫る根に追いつかれる。
リリカは根の先端近くをかすめるように走った。
「遠回りしてたら追いつかれる。このままここを抜けるよ」
セレン、ロアの順に狭い隙間を通る。
私も後に続こうとした瞬間、横たわっていた根の先端が持ち上がった。
道が塞がれる。
背後では、根が土を擦る音がすぐそこまで迫っていた。
もう避けられない。
私はガラスペンに赤を引き出すと、持ち上がった根へ放った。
赤が当たった部分に亀裂が走り、道を塞いでいた根が崩れる。
開いた隙間を抜け、そのまま丘へ向かう。
緩やかな斜面を走って登り、頂上近くまで来たところで、リリカが足を止めた。
振り返ると、木々の隙間越しにフォリアの上半身が見える。
胸元も見える。
地上にいたときより距離はあるが、ここからなら木々に遮られず、フォリアの胸元まで狙える。
私はガラスペンを、フォリアの胸へ向けた。
「ぎりぎりですが、ここからなら届くかもしれません」
セレンがフォリアへ目を向け、距離を測るように見つめる。
「まずは胸の辺りを崩してみよう。核があるなら、確認できるはずだ」
丘の下で、土がゆっくりと持ち上がった。
追ってきた根が丘の斜面へ向かっている。
迷ってはいられない。
フォリアの胸へ狙いを合わせ、赤を引き出す。
私はガラスペンを振った。
放たれた赤が木々の間を抜けていく。
胸まで届いた。
幹に当てたときほど大きくは崩れない。
それでも、フォリアの上半身がゆっくりと後ろへ傾いた。
丘へ伸びてきていた根も、斜面の途中で動きを止めた。
私はガラスペンを握ったまま待った。
少しして、根が再び動き始めた。
フォリアの身体も、ゆっくりと元の位置へ戻っていく。
幹を削ったときには見られなかった反応だった。
私はもう一度、フォリアの胸へガラスペンを向けた。




