第4話 壊せない理由
世界樹の足元が、大きく膨らんだ。
次の瞬間、太い根が土を割って飛び出し、私たちの前を横切る。
「左へ!」
リリカが走る。
その後を追おうとしたところへ、別の根が右から回り込んでくる。
さらに正面の地面も持ち上がり、逃げ道がなくなった。
私はガラスペンを振った。
赤が走り、迫ってきた根に触れる。
表面に亀裂が生まれる。
それは一気に奥まで広がり、太い根が途中から崩れた。先端が地面へ落ち、形を失っていく。
「こっち!」
リリカが、根と根の間に開いた場所を指した。
四人でそこへ飛び込む。
直後、背後で土が弾ける音がする。
「まだ来るぞ」
ロアが振り返った。
二本。
ほとんど同時だった。
一本がロアへ伸び、もう一本が私とセレンの間を割るように突き出してきた。
ロアは身体をひねってかわす。
私はセレンとの間へ突き出してきた根にガラスペンを向けた。
赤が根へ走り、その表面に亀裂が広がった。
亀裂は深く入り、根は途中から崩れる。
少し離れた場所で、また土が膨らんだ。
「きりがないよ!」
リリカが叫ぶ。
本当に、その通りだった。
一本壊しても、次が来る。
前にここへ来たとき、私たちは根から逃げることしかできなかった。
でも今は違う。
赤なら壊せる。
正面の地面が割れ、別の根が飛び出した。
ガラスペンを振る。
赤が当たり、根が崩れる。
「右からも来る!」
振り向いて、もう一度。
右から迫っていた根へ、もう一度赤を放つ。
根は崩れ落ちる。
その向こうで、ロアの背後の土が持ち上がった。
「ロア!」
ロアが横へ跳ぶ。
直後に現れた根へ、私は赤を当てた。
次々と迫る根へ赤を当て、片端から崩していった。
何本目かを数える余裕もない。
根が現れるたびに赤を放ち、崩れた脇を抜けると、また別の場所から次の根が迫ってきた。
ガラスペンを持つ右腕が重い。
肩までだるくなってきた。
それでも根は止まってくれない。
赤を使い続けなければ、こちらが止められてしまう。
私はもう一度、ロアから赤を引き出した。
目の前の地面が盛り上がる。
ガラスペンを構えたまま待つ。
――けれど。
根が出てこない。
「……あれ?」
そのまま待つ。
少し遅れて、根が土を割って出てきた。
遅い。
さっきまでなら、地面が動いた次の瞬間には襲いかかってきていた。
今は、明らかに違う。
こちらへ伸びてくる動きが鈍い。
赤を当てて崩した。
だけど次の根も、すぐには出て来なかった。
「間が空いてない?」
リリカも気づいていた。
私たちは周囲を見回した。
根の残骸が、あちこちに散らばっている。
最初は息をつく暇もなかった。
今は違う。
ロアが世界樹を見上げた。
「フォリアの、動きが遅くなってる」
私も顔を上げる。
巨大な身体は、変わらずそこにある。
太い幹。幾重にも伸びる枝。こちらを向いた、人の顔にも見える部分。
けれど。
枝や根の動きが鈍い。
こちらへ向けられた顔の動きも、さっきまでよりゆっくりだ。
「……根を壊したせいでしょうか」
「分からない」
セレンがフォリアを見たまま答える。
「でも、動きが遅くなったのは根を何本も壊してからだね」
少し離れた場所で、土が盛り上がった。
根が出てくる。
やはり遅い。
私は赤を放った。
根に亀裂が走り、途中から崩れ落ちる。
その瞬間だった。
フォリアの動きが止まった。
ほんの一瞬。
そう見えただけかもしれない。
でも、私は見ていた。
「もしかして……」
ガラスペンを持ったまま、世界樹を見上げる。
「根を壊すと、フォリアも弱るんでしょうか」
「そう見えるね」
セレンも世界樹を見上げたまま言った。
「このまま壊し続けたら……」
言いかけて、私は足元を見た。
崩れた根。
その向こうにも、さらにいくつも。
さっきまで、ただの障害物にしか見えていなかったものだ。
「根が全部なくなったら?」
リリカが言った。
誰もすぐには答えなかった。
やがて、セレンが口を開く。
「死ぬかもしれないね」
私はもう一度、足元を見た。
さっきまでのわたしが考えていたことは一つだけだった。
襲ってくる根を止める。
ただ、それだけ。
赤が通ると分かって、ようやくフォリアに対抗できると思った。
けれど。
根を壊すたびに、フォリアまで弱っているのだとしたら。
このまま全ての根を壊していいのだろうか。
ミレヴァで聞いた話が頭に浮かんだ。
フィリナの北には広い穀倉地帯がある。
南には牧草地が広がっている。
その豊かさは、昔から世界樹の恩恵だと言われている。
何がどう関係しているのか、私は知らない。
でも。
目の前の世界樹からは、巨大な根が大地の中へ伸びている。
「世界樹の恩恵って……根と関係があるんでしょうか」
リリカが私を見た。
「畑や牧草地まで根が伸びてるってこと?」
「分かりません」
そんなことは、誰にも分からない。
「でも、関係がないとは言い切れません」
セレンも、散らばった根の残骸を見る。
「確かめる方法はないね」
「でもさ」
リリカが言った。
「根が全部なくなってから、世界樹の恩恵が根からもたらされていたって分かっても、遅いよね」
私はうなずいた。
フォリアを止めなければ、緑は広がり続ける。
いずれミレヴァにも届くかもしれない。
けれど、そのために世界樹の根をすべて失わせたら。
この大陸に何が起きるのか、私たちは何もわからない。
壊したあとでは、もとに戻せない。
「根を攻撃するのはやめましょう」
ロアがこちらを見る。
「襲ってきたらどうするんだ?」
「まず避けます」
私はガラスペンを握った。
「どうしても逃げられなかったときだけ、赤を使います」
そのとき、前方の地面が盛り上がった。
四人が同時に身構える。
少し遅れて、根が現れた。
こちらへ伸びてくる。
「右へ!」
リリカが走った。
私たちも続く。
根の先端が、すぐ後ろを通り過ぎた。
私は走りながらも、ガラスペンを構えていた。
赤を放てば止められる。
それは、もう分かっている。
この根は壊せる。
それでも。
私はガラスペンを振らなかった。
赤が通る。
ようやく見つけた、フォリアに対抗できる色。
なのに今、その赤を簡単には使えない。
根がゆっくりと向きを変え、再びこちらを追い始める。
次はどう避ける。
その次は。
根を壊さずに、どうやってフォリアを止める。
答えはまだない。
ただ一つだけ、分かったことがある。
倒せるからといって、倒していいとは限らない。




