第2話 再び世界樹へ
ガラスペンの軸に刻まれた赤を、セレンがしばらく見つめていた。
「町長の依頼、受けよう」
セレンが顔を上げる。
「赤は選んで引き出せるようになった。あとは、文香の記録どおりフォリアに通るか確かめたい」
ザロスのときは、通る色である青で赤の核を崩すことができた。フォリアに対しても同じことができるとは限らないが、赤を試す理由はある。
昨日は町長への返事を決められなかった。今は、フォリアに対して使う色が決まっている。
◇
宿を出たあと、リリカに話した。
「もう一度、世界樹まで行くことにしました」
「分かった。私も行くよ」
リリカはすぐに答えた。
「森の中は、前に通ったときと変わってるかもしれないからね」
その可能性はある。世界樹からミレヴァへ戻る途中にも、以前は通れた道が緑に覆われているのを何度も見た。
四人で町長のところへ向かう。
昨日と同じ部屋に入ると、町長が机の上の書類から顔を上げた。
「決まりましたか?」
「昨日の依頼、引き受けます。もう一度、世界樹まで行ってきます」
町長はしばらく私たちを見たあと、頷いた。
「そうですか。頼みます」
「出発は明日の朝にする。今日は食料とか道具を揃えておきたい」
リリカが言うと、町長はすぐに応じた。
「食料なら町で用意します。ほかに必要なものはありますか?」
「道具はこっちで準備する。今のところ、ほかは大丈夫」
「分かりました。必要になったら言ってください」
部屋を出ると、リリカは市場の方を見ながら、
「私は矢を補充してくる」
そのまま市場へ向かうリリカと別れ、私たちは宿へ戻った。
しばらくして戻ってきたリリカが、前回使った地図を広げる。
「心配なのは、森の奥に入ってからだね」
地図の上をなぞる指が、世界樹へ向かう道をたどっていく。
「帰りはロアが道を切り開いてくれた。でも、その道が今も通れるとは限らない」
「緑が前より広がってたら、迂回も考えよう。無理に同じ道を通る必要はないからね」
そう言って、リリカは地図を畳んだ。
前回は文香さんの足取りを追って世界樹へ向かった。
今度は、森の侵食を止める方法を探すために、フォリアのもとへ戻る。
◇
翌朝、私たちはミレヴァの北門を出た。
先頭はリリカ。その後ろをロアとセレンが進み、私もあとに続く。
北門を離れてしばらくは、前回と大きく変わったところはなかった。道の両側に灰色の草が続き、その先には森の木々が重なって見えている。
森が近づくにつれ、灰色の景色に緑が現れ始めた。最初は道端に点々と見える程度だった。けれど進むほど緑の範囲は広がり、森の入口に着く頃には、道の端まで緑に覆われていた。
「ここまで広がって来てるね」
リリカが足を止める。
前に森へ入ったとき、この辺りの道にはまだ灰色が残っていた。今は道の両端まで緑が広がっている。
「私たちが町に戻ったあとも、侵食が進んでたってことですか?」
「そうみたいだね。一刻も早く何とかしないと」
森の中へ入った。
しばらくは道を見失うほど緑に侵されてはいなかった。けれど、奥へ進むにつれて地面や木々を覆う緑が増え、道の輪郭も少しずつ分かりにくくなった。
リリカが腰のナイフを抜く。
「ここ、前はこんなのなかったよ」
行く手を横切る細い蔓を切る。蔓の向こうにも、地面を覆う緑が続いていた。
少し先を歩いていたロアが足を止める。
「ここだ」
追いついて見ると、道の一部だけ周囲より緑が少ない。
前回、ロアが道を切り開いた場所だった。
けれど、あのときより歩ける幅は狭くなっている。
前は灰色だった道に緑が広がり、通れる幅が狭くなっていた。
「帰るときは、もっと広かったよね」
「うん」
リリカがしゃがみ、地面を確かめる。
「ロアが作った道に、また緑が入り込んできてる」
ロアは道の先を見た。
「また作ればいいだけだ」
「まだ待って」
リリカが立ち上がる。
「こっちなら、ロアが緑を奪わなくても進める。もっと奥で道が塞がれてたら、そのときは頼むよ」
ロアは何も言わず、道の端から離れた。
私たちは狭くなった道を一列で進んだ。
前に通った場所だから、進む方向は分かる。それでも、同じ道には見えない。木の根元や岩の隙間にまで緑が広がり、ところどころ道の中へ入り込んでいる。
しばらく進んだところで、リリカがまた立ち止まった。
「こっちを進むのは無理だね」
前方では、道の半分以上まで緑が広がっていた。
前回は、道を外れずに通れた場所だ。
リリカは地図を取り出し、周囲と見比べた。
「少し遠回りになるけど、右に迂回すれば通れる」
私たちは道を外れ、リリカのあとについて迂回した。
世界樹から戻るときに使えた道にも、緑が広がり始めている。
赤は使えるようになった。
けれど、フォリアに使えばどうなるのか。そこまでは、文香さんの記録にも書かれていない。
答えは、世界樹まで戻って、確かめるしかなかった。




