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畫界アルカディア  作者: 三島 唯奈
第9章 倒さない選択
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第1話 赤の輪郭

翌朝になっても、文香さんの記録は昨夜のまま机の上に広げられていた。

宿の一階では朝食が始まっているらしく、ときどき食器の触れ合う音が聞こえてくる。


町長にどう返事をするかは、まだ決まっていない。


「私は絶対に反対です」


セレンが顔を上げた。


「町長には断りましょう。赤を使えるようにするために、セレンがそこまで危険を冒す必要はありません」


森から緑が広がり続ければ、いつかミレヴァまで届くかもしれない。昨日、町長たちに頼まれたとき、そのことは理解できた。


でも、町を助けるためにセレンが犠牲になるのは違うと思う。

ロアは壁際の椅子に座ったまま、私たちの話を聞いている。


セレンがロアを見る。


「ロアはどう思う?」

「セレンの体のことだ。セレンが決めればいい。解析するなら俺も手伝うし、しないなら、町長の頼みは断ればいい」


セレンは何も言わず、机に広げられた記録を一枚手に取った。

最後の方には、こう書かれている。


緑には赤が通る。


「文香は、私が解析を続けることにずっと反対していた」

「私が何度止められても解析をやめなかったから、文香は石化の原因を一刻も早く突き止めようとしてくれた。それから出ていって、一年近く帰ってこない。こんなところにまで来て、まだ私のために調べ続けていたんだよ」


「だからって、セレンが能力を使う必要はありません」

「そうだね」


あっさり認められて、次の言葉が出てこなかった。


「文香に頼まれたわけでもない。町長の頼みを引き受ける義理もない。でも、私は解析する」


セレンは続けた。


「文香は、石化の原因を調べに行ってくれている。なのに私が勝手に解析を続けたら、あいつに怒られると思う。でも、やめられない。必要なときにはこれからも使う。だけど、無茶はしないって約束する。……文香が戻ってくるまでは、それくらい守らないとね」


それ以上、何を言えばいいのか分からなかった。


「これは私の身体だ。私に決めさせて」


賛成はできない。

それでも、セレン自身が決めたことを私が止めることもできなかった。

ロアが椅子を机の前まで動かした。


「途中でやめたくなったら、いつでもやめていいぞ」

「分かってる」


セレンは姿勢を整えた。


「ロア、じっとしていて」

「ああ」


私は鞄からガラスペンを取り出し、机の上に置いた。

しばらく、セレンはロアの中の赤に集中した。


袖口から見える左手の表面が、少しずつ変わっていく。


「セレン」

「まだ続けられる」


私はセレンの左腕を見ていた。


「もう――」

「終わった」


「赤は?」


ロアが聞いた。


「最後まで解析できた」


セレンは左手を何度か握ったり開いたりした。


「ユイナ、試してみて」


私はガラスペンを握った。

ザロスから奪った赤――文香さんが緑に通ると書き残した色を思い浮かべる。


ロアから色を引き出すと、ガラスペンに入ってきたのは青だった。

私は色を引き出すのをやめた。


「あれ?ちょっとペンを見せて」


ガラスペンを渡すと、セレンは透明な軸をしばらく眺めた。


「解析しただけじゃ、ユイナが赤を選べるようにはならないみたいだね」

「まだ何か足りないのか?」


ロアが聞く。


「分からない。ロアの中に、解析した赤そのものはちゃんと見えてるんだけど……」


セレンはガラスペンを私へ返した。

受け取って、何気なくロアを見る。


そのとき、ロアの胸元から赤がほんの少しだけ引き出された。


「……え?」


赤は私の手元へ流れ、ガラスペンを通って消えた。


「今の、私がやったんですか?」

「たぶん。でも、今までとは違うね」


セレンが私の手元を見る。


「ユイナ。もう一回やってみて」

「さっきと同じでいいんですね」


「うん。今度は、赤を意識して」


ロアの中の赤へ意識を向ける。

すると今度は、ロアから赤がはっきりと引き出された。


私はすぐに止めた。


挿絵(By みてみん)


「……やっぱり赤だ」


セレンは少し考えてから、私の持つガラスペンを見た。


「さっきまで選べなかったのに……何が違う?」


「セレンがペンを調べたあとからですよね」


「……私?」


セレンは眉を寄せた。


「触っただけなんだけどね」


私はセレンの左腕を見た。

赤は選べるようになった。でも、素直には喜べない。


「町長の頼みを引き受けて、フォリアのところへ向かうかどうかは、まだ決まったわけじゃないですからね」

「ああ、赤を使う準備はできた。どうするか決めよう」

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