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畫界アルカディア  作者: 三島 唯奈
第8章 緑の侵食
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第5話 緑の始原

エルディンの姿が木々の奥へ消えても、セレンはしばらくその先を見つめていた。


「追うよ」


緑に侵食された地面へ踏み出しかけたところで、リリカが肩をつかんだ。


「やめて。あの男が平気だったからって、私たちも無事とは限らないでしょ」

「あいつは文香の行き先を知ってるかもしれない。ここで見失いたくはない」


「緑を避けながら追っかけても、追いつけないよ」


セレンが黙る。

ロアはエルディンが消えた方を見たあと、ナイフをしまった。


「いったん元の道へ戻ろう。文香が世界樹へ向かったなら、あいつの進む先も同じかもしれない。緑の上を歩ける相手を追っても無駄だ」


少しして、セレンも頷いた。


「……分かった」


私たちは来た道を引き返した。


     ◇


それからは、予定どおりに進めない日が増えた。

奥へ行くほど緑に侵食された場所が多くなり、リリカは木札を確かめながら、そのたびに通れる道を探した。


迂回した先でまた緑にぶつかり、さらに回り道をすることもある。

それでも引き返さず、通れる道をつないで森の奥へ進んだ。


町を出てから二週間ほど経った夕方、リリカが足を止めた。


「着いたよ」


木々の間に休憩所があった。

屋根と床だけの簡素な造りだが、これまで途中で使ってきたものより少し広い。


「ここが?」

「私が案内できるのはここまで」


リリカが荷物を下ろした。

この先にも道は続いていて、途中には同じような休憩所があるらしい。


「ここから世界樹までは、ここまで来たのと同じくらいかかるかな」

「まだ半分……」


ここまで来るだけで、二週間かかっている。

森の奥へ目を向けても、世界樹は見えない。


高い木々が何重にも重なり、その先を隠している。

セレンは荷物を下ろさず、リリカを見た。


「この先も案内してくれないか」

「無理」


迷う様子はなかった。


「追加の金なら払う」

「いらない」


「文香がこの先へ行ったかもしれないんだ」

「それでも無理。私はここで待つよ。戻るなら、町までは案内する」


それ以上話しても、答えは変わりそうになかった。

ロアが荷物を床へ置く。


「今日はここに泊まろう」


セレンも今度は何も言わず、荷物を下ろした。


     ◇


夜になり、リリカが眠ったあとも、私たち三人は起きていた。

休憩所の端で、小さく焚いた火を囲む。


「私は戻らないよ」


セレンが低い声で言った。


「文香がこの先へ向かった可能性がある。エルディンも森の奥へ進んでいった。ここまで来て引き返す気はない」

「私もです」


問題は、この先をどう進むかだった。

リリカの案内はここまで。この先へ行くなら、私たちだけで進まなければならない。


ロアが火を見ながら言った。


「俺とユイナで、明日少し先まで行ってみる」


セレンが顔を上げた。


「二人で?」

「ああ」


「私も行くよ」

「まずは二人でいい」


ロアが私を見る。


「アズレア大陸で青の始原から逃げたとき、青の領域を通ったのを覚えているか」

「はい」


「あのときは、俺が青を奪えば道を作れた。緑でも同じことができるか確かめたい」


あのときは、ロアが青を奪った場所を通って先へ進んだ。


「その方法なら、私が一緒でもいいんじゃないか?」

「青のときは、俺が作れる道は二人が通れるくらいの幅だった。まずはユイナと二人で行く」


セレンはすぐには答えなかった。


「……分かった」

「遠くまでは行かない。進めるかどうかだけ確かめたらすぐ戻る」


「それなら、ここで待つよ」


     ◇


翌朝、私たちはリリカにも話した。


「この先へ行くの?」


リリカがロアを見る。


「ああ。ただ、進めるかどうかを確かめて、すぐ戻ってくる」

「どうやって?」


私は、青く変わった場所を通ったときのことを説明した。

リリカはロアの足元へ目をやる。


「緑でもできるか試すってこと?」

「そうだ」


「……分かったわ。でも、危ないと思ったら戻ってきてよ」

「そのつもりだ」


リリカはまだ納得していない様子だったが、それ以上止めることはなかった。

セレンは休憩所に残る。


「気をつけて」

「はい」


私とロアは二人で森の奥へ入った。


     ◇


休憩所の先にも道は続いていた。

ただ、リリカがいない以上、どの分かれ道が世界樹へ続いているのかは分からない。


なるべく進む方向を変えず、分かれ道では木の幹に印を残しながら進んだ。

やがて、道を緑が覆っている場所に出る。


ロアが立ち止まった。


「やってみるぞ」


私もその場で止まる。

ロアが緑へ意識を向けた。


足元に近いところから緑がロアへ吸い寄せられていく。

緑が消えた場所には、灰色の地面が現れる。


ロアが一歩進む。

その先の緑を奪い、また一歩進む。


私も後に続いた。

しばらく進んだところで、後ろを振り返った。


「ロア」


足を止める。

今まで歩いてきたところに、灰色の道が続いていた。


青の領域では、ロアが通り過ぎたあと、再び道は青に覆われて塞がれた。


「私たちが通ったあとも、道が残ってます」


ロアも振り返った。

しばらく灰色の道を見てから、前を向く。


「ああ」


帰りは、この道をたどればいい。

私たちはさらに先へ進んだ。


緑を奪いながらなので、速くは歩けない。

それでも、後ろに灰色の道が残っている。青の領域を進んだときと違って、帰る場所を見失う心配はなかった。


しばらく進んだ頃だった。

木々の向こうに、見慣れないものが現れた。


「ロア」


私は足を止めた。

遠く、森の上に巨大な樹の上部が見えている。


周囲の木々より、はるかに高い。

太い幹から枝が大きく広がり、長い蔓や葉が幾重にも垂れていた。


ただ大きいだけではない。

上の方に、人の頭や肩を思わせる形がある。


長い髪のように葉が垂れ、その下には顔のようなものまで見えた。


「あれが……世界樹?」


ロアも黙って見上げている。

遠すぎて、細かいところまでは分からない。


そのとき、顔のように見えていた部分が動いた。

閉じていた瞼が、ゆっくりと開く。


大きな目が現れた。


挿絵(By みてみん)


「……ロア」

「ああ」


かなり離れているはずなのに、その目はこちらを見ているようだった。

ロアが来た道を振り返る。


「戻ろう」

「はい」


これ以上進めば、今日中に休憩所へ戻れない。

世界樹らしいものを見つけたことも、それが動いたことも、セレンたちに伝える必要がある。


私たちは灰色の道をたどり、休憩所へ戻った。

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