第6話 世界樹への道
休憩所へ戻ると、セレンが床から立ち上がった。
「戻ったか」
空にはまだ明るさが残っているが、森の中はもう薄暗い。
リリカも荷物のそばからこちらを見ていた。
「ずいぶん奥まで行ってきたようだね」
「ああ」
ロアが荷物を下ろす。
「想定通りだ。侵食された道から緑を奪って道を作ることができた。」
「帰りも、その道を通って戻ってこられました」
私が続けると、セレンがロアを見る。
「つまり帰り道を作りながら進めるってことか」
「ああ」
「それなら、話が変わってくるな」
「もう一つ報告することがある」
ロアが言った。
私は森の奥で見たものを思い出しながら話した。
「かなり遠くに、大きな樹が見えました。その樹だけ、周りの木よりずっと高かったんです。あれが世界樹だと思います」
「見えたのか」
「はい。ただ……普通の樹には見えませんでした」
リリカもこちらを向く。
「どういうこと?」
「上の方が、人の頭や体みたいな形をしていました。顔みたいに見えるところもあって……そこにあった目が開いたんです」
リリカはその言葉に少し意外そうな顔をした。。
「目?」
「遠かったので、顔だとは言い切れません。でも、目のようなものが開いたのは見えました」
「俺も見た」
ロアが続ける。
「だが今日は戻るって決めてたから、そこで引き返した」
セレンは少し考えてから言った。
「そうか、なら明日は私も行く」
「待って」
リリカがすぐに止める。
「世界樹へ?」
「ああ」
「私はここまでって言ったよね」
「分かってる。でも状況が変わった。ロアが緑を奪った場所は、そのまま道になる。少なくとも帰り道は確保できる」
「本当に残ってるか、自分で見てからじゃないと判断できないよ」
「なら、明日見てから決めてくれていい」
リリカはロアを見る。
「本当に、昨日通ったところがそのまま道になったの?」
「ああ」
◇
翌朝、四人で昨日の道を進んだ。
私とロアが緑を越えた場所まで来ると、リリカが足を止めた。
灰色の細い道が、緑に侵食された草木の間を奥へ続いている。昨日、ロアが色を奪いながら進んだ場所だ。
リリカは道の手前にしゃがみ、灰色の土を指先でこすった。
道の脇に残る緑を確かめてから立ち上がる。
「一晩たっても、道は残ってるんだね」
立ち上がると、灰色の道を数歩進んだ。
左右の緑を確認してから戻ってくる。
「ロア。もう少し先でもやって見せて」
ロアが前へ出る。
灰色の道が途切れたところで止まり、その先へ手を伸ばした。
草や葉の緑がロアへ引かれ、足元から灰色へ変わっていく。
人が歩けるほどの幅で色を奪いながら、少しずつ前へ進む。
リリカも後ろからついていった。
「ふーん、これなら帰りもこの道を通れるね」
リリカは森の奥を見る。
「昨日、世界樹が見えたのはこの先?」
「ここから、もっと奥へ進んだところです」
「私、世界樹そのものは見たことないんだよね。人みたいな形をしてるって聞いたら……ちょっと見てみたくなったな」
セレンが言う。
「じゃ案内してくれるのか」
「まだ案内するとは言ってないよ」
リリカが笑った。
「でも、帰り道を確保できるなら、行けるところまでは案内してもいいかな」
「助かる」
「その代わり、追加料金はもらうよ」
「当然だ」
「だから、金額を聞いてから返事してって」
リリカが呆れたように笑う。
「この先は私も行ったことがないから、世界樹まで案内できるとは約束できないけど、それでもいい?」
「ああ。それで十分だ」
「あと、危ないと思ったらそこで引き返すからね」
「分かった」
「じゃあ決まり」
「一度休憩所へ戻って、荷物を持ってこよう」
◇
荷物を持ち、四人で休憩所を出た。
昨日は分かれ道のたびに、私とロアで進む方向を決めていた。
今日はロアの後ろを歩くリリカが、道標や地形を確かめながら進む方向を選んでいく。
古い道標が残っていれば行き先を確かめ、倒木や茂みで塞がれていれば、脇を通って先へ進めるか調べる。
緑を避けられる場所では、多少遠回りになってもそちらを通った。
迂回できない場所だけ、ロアが道を切り開く。
灰色になった細い道を、四人で一列になって進んだ。
しばらくすると、道が二つに分かれていた。
ロアの後ろからリリカが声をかける。
「昨日はどっちへ行ったの?」
「右だ」
「じゃあ、しばらくは昨日と同じ方へ行こう。この先に分かれ道があれば、そこは私が決めるから」
「分かった」
リリカは、私たちが昨日つけた木の印も確認しながら進む。
「ちゃんと目印までつけてたんだ」
「帰りに迷わないようにな」
「それなら安心した」
ロアは答えず、そのまま前を歩いた。
昼を過ぎた頃、一度休憩を取った。
そこからさらに森の奥へ進む。
やがて、木々の上に世界樹の上部が見えてきた。
昨日より近い。
人の頭や肩を思わせる形も、昨日よりはっきり分かる。左右には巨大な枝が伸び、そこから何本もの長い蔓が垂れていた。
「あれです」
私が指す。
リリカが足を止めた。
「……あれが、世界樹なの……?」
「はい」
リリカはしばらく世界樹を見上げていた。
「ものすごく大きいとは聞いてたけど、ここまでとは思ってなかった」
セレンも世界樹を見ていた。
やがて森の奥へ目を向ける。
「文香も、ここまで来たんだろうか」
文香さんがここまで来たかどうかは分からない。
でも、エルディンを追ってフィリナまで来たのなら、この森へ入っていてもおかしくはない。
私たちは遠くに見える世界樹を目指し、ロアが切り開いた灰色の道をさらに奥へ進んだ。




