第3話 迷いの森
北門に着いたとき、空はまだ薄暗かった。
門の脇には、すでにリリカがいた。大きな鞄に弓と矢筒を付け、腰にはナイフを下げている。手には長い杖を持っていた。
「ちゃんと揃えてきた?」
「言われたものは一通り」
セレンが答えると、リリカは三人の荷物を順に確かめる。
「雨具、テント、火打石、食料……うん、揃ってるね」
確認を終えると、四人で北門を出た。
門の外には畑が広がり、その間を一本の道が北へ伸びている。道の先には大森林があり、灰色の木々が遠くまで続いていた。
昨日は丘の上から大森林を見渡すことができたが、世界樹そのものは見えなかった。今いる場所から見えるのは手前の木々だけで、何重にも重なった木々の向こうまでは見通せない。
しばらく歩いたところで、ロアがリリカの大きな鞄に目をやった。
「ずいぶん持ってきてるんだな」
「うん。でも半分くらいは仕事道具だよ。食料はそんなに持ってきてない」
「それで足りるのか?」
「獲物を見つければ狩るし、食べられる野草や木の実があれば採るよ。持ってきた食料は、何も取れない日のための分だから」
リリカは森の方を見た。
「森に入ったら、あたしの後ろについてきてね。分かれ道が多いから、遅れないように」
畑を抜けると、道はそのまま大森林の中へ続いていた。
入口付近は幅が広く、地面には荷車の車輪跡も残っている。
しばらくは一本道が続いた。
昼前、道が二つに分かれた。
リリカは右へ進む。
その先では道が三本に分かれ、今度は中央の道を選んだ。その次の分かれ道では左へ進む。
奥へ進むにつれて、道幅も少しずつ狭くなっていった。さらに進むと、荷車が通れそうな道から、人が一人通れる程度の細い道まで、いくつもの道が枝分かれしている。
ロアが後ろを振り返る。
「最初に曲がったところは、もう見えないな」
私も後ろを見た。
ここから見えるのは、さっき通った分かれ道までだ。その先は木々に遮られ、来た道を目でたどることはできない。
次の分かれ道では、木の幹に小さな札がくくりつけてあった。札には、進む方向を示す記号が刻まれている。
リリカは木札を確かめ、右へ曲がった。
「本当は全部の分かれ道に札を付けたいんだけど、数が多くて、まだ手が回ってないところもあるんだよ」
昨日見た地図には、ミレヴァの町から世界樹までの道が一本の線で描かれていた。
その一本の道をたどれば世界樹の近くまで行けるように見えた。
だが実際には、リリカは木札や周囲の様子を確かめながら、分かれ道ごとに進む方向を決めている。ガイドがいなければ本当に迷いそうだ。
セレンが口を開いた。
「エルディンは、どうやってここを通ったんだろうね」
「ガイドを雇ったのかもしれないな」
ロアが答えた。
一年前、左手首に変わった紋様のある男が、ミレヴァの店で世界樹への行き方を尋ねていた。
私たちはリリカの後について、さらに森の奥へ進んだ。
◇
三日目の午後。
森へ入ったばかりの頃は荷車も通れるほど広かった道も、ここまで来ると一人ずつ歩くのがやっとだった。
リリカ、私、セレン、ロアの順で進む。
前日の雨で、道はところどころぬかるんでいる。足を取られそうな場所では、道の脇にある木の根や草の生えたところを選んで進む。
疲労もあってか初日ほど速くは歩けない。
昼を過ぎた頃、リリカが立ち止まった。
「待って」
左側の木の根元が、周囲とは違う色になっている。
木の根と、その周りまで緑に侵食されていた。
だが木の上半分と、周囲の地面の大部分は灰色のままだ。
「この辺、前はこんなんじゃなかったよ」
「そうなのか?最後に来たのは?」
「半年くらい前だったかな」
私も緑に侵食された地面を見る。
緑になっているのは、木の根元から数歩離れたところまでだった。
「近づかない方がいいね」
リリカは緑の地面を避けて進んだ。
私たちもその後に続く。
次に見つけた場所では、緑が道にまで広がっていた。
周りの草や、木も緑に侵食されている。
まだ灰色の地面が残っていたため、そこを通って先へ進んだ。
ただ、先へ進むほど、緑に侵食された場所を目にすることが増えていった。
やがてリリカも、緑を見つけるたびに足を止めることはなくなった。
道を選びながら歩き、ときどき立ち止まって、進む先に緑が広がっていないか確かめる。
その日の休憩所が近づいた頃、リリカが再び立ち止まった。
数歩先で、緑が道を遮るように広がっている。
飛んで越えられそうな幅ではない。それに両側にある木や、その周りの地面まで緑になっている。
その先には、また灰色の地面が見える。
リリカは右手の方を見る。
木々の間には、まだ灰色の地面が残っている。
「右に迂回しよう」
リリカは道から外れ、緑になっていない地面を選びながら木々の間を進んだ。
私たちも後を追う。
元の道へ戻ったあとも、緑に侵食された場所が何度かあった。
半年前にはなかった緑の侵食は、休憩所へ向かう道のあちこちに広がっていた。




