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畫界アルカディア  作者: 三島 唯奈
第8章 緑の侵食
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第1話 文香の足跡

翌朝、私たちは宿を出て、昨日船を降りたリュミエ港へ向かった。


朝の港は、すでに多くの人で賑わっている。桟橋では船から次々と荷が降ろされ、荷車が倉庫と船着き場の間を行き来していた。


最初に向かったのは、入港記録を扱う建物だ。

セレンが受付の男に声をかける。


「一年前の入港記録を見せてくれないか。エルメアから来た船の記録がみたい」

「一年前?」


「人を探してるんだ」

「名前は?」

「エルディン・レイヴァ。それと文香」


男は奥へ入り、しばらくして何冊かの帳面を抱えて戻ってきた。

昨日、エルメア港では、エルディンと文香さんがフィリナへ渡った記録が確認できた。エルディンが先に海を渡り、そのあとを文香さんが追っていた。


ここから先の足取りが分かれば、また一歩近づける。

セレンが帳面を一枚ずつめくっていく。


「あったよ」


指が止まった。


「エルディン・レイヴァ。この港で降りてる」

「文香さんは?」

「ちょっと待って」


セレンはそのまま先のページを見る。

しばらくして、もう一度指が止まった。


「文香のもあった」


私は横から帳面をのぞいた。けれど、そこに並んでいるのはこの世界の文字で、私には読めない。


「このあと、どこへ行ったか分かる記録ってありませんか?」


男は首を振った。


「そこまでは残してないよ。船を降りたあとは本人の自由だ」

「馬車の記録は?」


セレンが続けて聞く。


「乗合馬車なら残してないだろうな」


ほかにも行き先につながる記録がないか聞いてみたが、手掛かりになるものはなかった。

私は少し考えてから、フードを外した。


「あの、こういう肌の女性を見ませんでしたか? 眼鏡をかけていて、髪も目立つ人です」


男が私の顔を見る。


「いや、俺は見てないな」

「かなり目立つと思うんですけど……」


「その日は俺の勤務じゃなかったと思う。ここは交代制だからな」

「そうですか」


それなら、この人が文香さんを覚えていなくてもおかしくない。

ここで分かったのは、エルディンも文香さんも、この港で船を降りたということだけだった。


建物を出ると、ロアが港沿いの通りへ目を向けた。


「まずは文香の方を追うか」

「うん。泊まった宿が分かれば、その先の足取りがわかるかもしれない」

「宿を当たろう」


セレンが歩き出した。

港の周辺には宿が多い。船を待つ客もいれば、着いたばかりの旅人も利用する。


私たちは文香さんが港へ着いた日を頼りに、一軒ずつ宿を回った。

最初の宿で、セレンが主人に声をかける。


「一年前の、この日から数日分の宿帳を見せて」

「宿帳?」

「人を探してる」


主人は少し渋い顔をしたが、セレンが日付を示すと、奥から古い帳面を持ってきた。

セレンが日付を確かめ、私は名前の欄を上から見ていく。


この世界の文字は読めない。

でも、もし文香さんが日本語で名前を書いていれば、私でも分かる。


何ページか確認したが、文香さんの記録はなかった。

二軒目にもない。


三軒目でも見つからない。


古い宿帳だとすぐには出してもらえなかったり、断られたりする場合もあった。

それでも何軒か回ったところで、主人が奥から厚い宿帳を持ってきた。


「その日なら、この辺だな」


開かれたページを、セレンと一緒に確認する。

私は名前の欄を一つずつ見ていった。

途中で、見慣れた二文字が目に入った。


挿絵(By みてみん)


「あっ」


指を止める。


文香。


その名前には線が引かれ、横にこの世界の文字で別の名前が書き直されている。


「これです。文香さんです」


主人が宿帳をのぞき込んだ。


「ん?」


セレンが横に書き直された名前を読む。


「確かに文香だ」


主人は宿帳を見たまま、しばらく考えていた。

やがて私の顔を見て、目を細める。


「ああ……思い出した。名前のところに見たことのない字を書いた女か」

「覚えてるんですか?」

「これじゃ読めないって言って、書き直してもらったんだよ」


私はもう一度、宿帳を見た。

線を引かれた日本語の名前。その横に、この世界の文字で書き直された名前。


文香さんは、ここに泊まっていた。


「あんたを見て思い出したよ。似たような肌をしてた。眼鏡もかけてたな」

「はい、そうです」


「髪も目立ってたな」

「ここを出たあと、どこへ行ったか分かりますか?」


主人はすぐには答えず、しばらく記憶を探るように考えていた。


「そこまでは……」


少しして、顔を上げる。


「いや、森の方へ行くって言ってたな」

「森?」


セレンが聞き返した。


「世界樹の森か?」

「世界樹に行くとまでは聞いてない。手前に町があるだろ。そこへ行くって話だったと思う」


セレンが鞄から地図を取り出し、机に広げる。


「この町?」


主人は地図をのぞき込み、一か所を指した。


「ああ、そこだ」


港から内陸へ続く道の先、大森林の手前にあるミレヴァの町だった。


「何をしに行くかは聞いた?」

「人を探してたみたいだな」


「エルディンという男?」

「名前までは知らんよ。誰かを探してたことしか覚えてない」


文香さんが追っていた相手を考えれば、エルディンの可能性が高い。

ただ、今のところ分かるのはそこまでだ。


宿を出たあとも、念のため港周辺の店を回って聞き込みをした。

私のような肌をしていて、眼鏡をかけた女性を覚えている店員は何人かいたが、そこから先につながる話は出てこなかった。


エルディンについても、港に来た記録以外の手掛かりは見つからない。

夕方、私たちは宿へ戻った。


部屋の机に、セレンが地図を広げる。

港から内陸へ続く道を指でたどり、大森林の手前で止めた。


「明日はここへ行く」

「うん」


私は、セレンの指が示す町を見た。

一年前、文香さんもこの港に着き、そこから内陸へ向かった。


次に向かう場所は、ミレヴァだ。

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