第1話 文香の足跡
翌朝、私たちは宿を出て、昨日船を降りたリュミエ港へ向かった。
朝の港は、すでに多くの人で賑わっている。桟橋では船から次々と荷が降ろされ、荷車が倉庫と船着き場の間を行き来していた。
最初に向かったのは、入港記録を扱う建物だ。
セレンが受付の男に声をかける。
「一年前の入港記録を見せてくれないか。エルメアから来た船の記録がみたい」
「一年前?」
「人を探してるんだ」
「名前は?」
「エルディン・レイヴァ。それと文香」
男は奥へ入り、しばらくして何冊かの帳面を抱えて戻ってきた。
昨日、エルメア港では、エルディンと文香さんがフィリナへ渡った記録が確認できた。エルディンが先に海を渡り、そのあとを文香さんが追っていた。
ここから先の足取りが分かれば、また一歩近づける。
セレンが帳面を一枚ずつめくっていく。
「あったよ」
指が止まった。
「エルディン・レイヴァ。この港で降りてる」
「文香さんは?」
「ちょっと待って」
セレンはそのまま先のページを見る。
しばらくして、もう一度指が止まった。
「文香のもあった」
私は横から帳面をのぞいた。けれど、そこに並んでいるのはこの世界の文字で、私には読めない。
「このあと、どこへ行ったか分かる記録ってありませんか?」
男は首を振った。
「そこまでは残してないよ。船を降りたあとは本人の自由だ」
「馬車の記録は?」
セレンが続けて聞く。
「乗合馬車なら残してないだろうな」
ほかにも行き先につながる記録がないか聞いてみたが、手掛かりになるものはなかった。
私は少し考えてから、フードを外した。
「あの、こういう肌の女性を見ませんでしたか? 眼鏡をかけていて、髪も目立つ人です」
男が私の顔を見る。
「いや、俺は見てないな」
「かなり目立つと思うんですけど……」
「その日は俺の勤務じゃなかったと思う。ここは交代制だからな」
「そうですか」
それなら、この人が文香さんを覚えていなくてもおかしくない。
ここで分かったのは、エルディンも文香さんも、この港で船を降りたということだけだった。
建物を出ると、ロアが港沿いの通りへ目を向けた。
「まずは文香の方を追うか」
「うん。泊まった宿が分かれば、その先の足取りがわかるかもしれない」
「宿を当たろう」
セレンが歩き出した。
港の周辺には宿が多い。船を待つ客もいれば、着いたばかりの旅人も利用する。
私たちは文香さんが港へ着いた日を頼りに、一軒ずつ宿を回った。
最初の宿で、セレンが主人に声をかける。
「一年前の、この日から数日分の宿帳を見せて」
「宿帳?」
「人を探してる」
主人は少し渋い顔をしたが、セレンが日付を示すと、奥から古い帳面を持ってきた。
セレンが日付を確かめ、私は名前の欄を上から見ていく。
この世界の文字は読めない。
でも、もし文香さんが日本語で名前を書いていれば、私でも分かる。
何ページか確認したが、文香さんの記録はなかった。
二軒目にもない。
三軒目でも見つからない。
古い宿帳だとすぐには出してもらえなかったり、断られたりする場合もあった。
それでも何軒か回ったところで、主人が奥から厚い宿帳を持ってきた。
「その日なら、この辺だな」
開かれたページを、セレンと一緒に確認する。
私は名前の欄を一つずつ見ていった。
途中で、見慣れた二文字が目に入った。
「あっ」
指を止める。
文香。
その名前には線が引かれ、横にこの世界の文字で別の名前が書き直されている。
「これです。文香さんです」
主人が宿帳をのぞき込んだ。
「ん?」
セレンが横に書き直された名前を読む。
「確かに文香だ」
主人は宿帳を見たまま、しばらく考えていた。
やがて私の顔を見て、目を細める。
「ああ……思い出した。名前のところに見たことのない字を書いた女か」
「覚えてるんですか?」
「これじゃ読めないって言って、書き直してもらったんだよ」
私はもう一度、宿帳を見た。
線を引かれた日本語の名前。その横に、この世界の文字で書き直された名前。
文香さんは、ここに泊まっていた。
「あんたを見て思い出したよ。似たような肌をしてた。眼鏡もかけてたな」
「はい、そうです」
「髪も目立ってたな」
「ここを出たあと、どこへ行ったか分かりますか?」
主人はすぐには答えず、しばらく記憶を探るように考えていた。
「そこまでは……」
少しして、顔を上げる。
「いや、森の方へ行くって言ってたな」
「森?」
セレンが聞き返した。
「世界樹の森か?」
「世界樹に行くとまでは聞いてない。手前に町があるだろ。そこへ行くって話だったと思う」
セレンが鞄から地図を取り出し、机に広げる。
「この町?」
主人は地図をのぞき込み、一か所を指した。
「ああ、そこだ」
港から内陸へ続く道の先、大森林の手前にあるミレヴァの町だった。
「何をしに行くかは聞いた?」
「人を探してたみたいだな」
「エルディンという男?」
「名前までは知らんよ。誰かを探してたことしか覚えてない」
文香さんが追っていた相手を考えれば、エルディンの可能性が高い。
ただ、今のところ分かるのはそこまでだ。
宿を出たあとも、念のため港周辺の店を回って聞き込みをした。
私のような肌をしていて、眼鏡をかけた女性を覚えている店員は何人かいたが、そこから先につながる話は出てこなかった。
エルディンについても、港に来た記録以外の手掛かりは見つからない。
夕方、私たちは宿へ戻った。
部屋の机に、セレンが地図を広げる。
港から内陸へ続く道を指でたどり、大森林の手前で止めた。
「明日はここへ行く」
「うん」
私は、セレンの指が示す町を見た。
一年前、文香さんもこの港に着き、そこから内陸へ向かった。
次に向かう場所は、ミレヴァだ。




