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畫界アルカディア  作者: 三島 唯奈
第7章 洞察の代償
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第6話 フィリナ大陸へ

翌朝、私たちはセレンの家へ向かった。

扉を叩くと、少ししてセレンが出てくる。昨日までとは装いが違っていた。


つばの広い帽子をかぶり、長い髪の上から大きな布を肩まで羽織っている。裾の長い服に編み上げの靴。肩には革の鞄が掛かっていた。


「おはよう」

「おはようございます」


セレンの格好を見て、私は言った。


「準備はできてますね」

「ああ。色々もっていきたかったけど、必要なものだけにしたよ」


セレンは家の扉を閉め、鍵を掛ける。

ロアがセレンの鞄を見た。


「荷物は何だ?」

「薬類と着替えが入ってる。足りないものは途中で揃えるよ」


「今日はどこまで行くんですか?」

「ガレオンの町まで。そこで一泊して、明日の馬車でエルメア港へ向かう」


私とロアがここへ来た時と同じ道順だ。

ロアが頷く。


「分かった」

「じゃあ、行こうか」


三人で家を出た。


     *


ガレオンへ向かう馬車には、私たちのほかにも何人か乗っていた。

私はセレンの向かいに座り、ロアは隣にいる。

町を離れてしばらくしてから、私はフィリナについて聞いた。


「フィリナって、どんなところか知ってますか?」

「自然の多い大陸だよ。大森林があって、その中央には世界樹がある」


「世界樹?」

「ああ。太古から存在している大木だよ。フィリナではよく知られている」


大森林の中に、太古から残る大木があるらしい。

今まで通ってきた場所とは、かなり景色が違いそうだ。


ロアがセレンの方に顔を向けた。


「フィリナに着いたら、文香をどうやって探す?」

「その前に、エルメア港で調べたいことがある」


「一年前の出航記録か」

「ああ。文香は、エルディンがフィリナへ渡ったっていう情報を追ってた。たぶん港の記録も調べたと思う。私たちも同じように確認すれば、エルディンがどの船にいつ乗ったのか、文香がそのあとどの船でフィリナに向かったのか分かるかもしれない」


「なるほど。行き先をまず調べないといけないのか」

「そういうこと」


ロアは頷き、それ以上は聞かなかった。

文香さんは一年近く前、エルディンを追ってフィリナへ渡った。


まずは、その出発点を確かめる。


     *


その日はガレオンで泊まり、翌朝、エルメア港行きの馬車に乗った。

長い道を進み、数日後に港へ着く。


セレンは宿を探すより先に、船の発着時間を確認しに行った。

私とロアが港で待っていると、しばらくして戻ってくる。


「行先は決まった。明日の昼に出る船がある。三人分取れたよ」

「よかった」

「行先だけど、一年前の記録を見せてもらえた」


ロアがセレンを見る。


「文香が乗った記録はあったのか」

「ああ」


セレンは鞄から一枚の紙を取り出した。


「エルディン・レイヴァ。フィリナ行きの船に乗ってる。その少しあとに、文香も同じ行き先の船に乗ってた」


文香さんの痕跡は、ここにも残っていた。

エルディンが先にフィリナへ渡り、その後を文香さんが追った。

これで行先は決まった。


「じゃあ、今日は宿で一泊ですね」

「ああ。でも、その前に」


セレンが私の格好を見た。


「ユイナ、その格好でフィリナに行くつもり?」

「え?」


自分の姿を見る。


いま身に着けているのは、リゼルにもらった灰色のワンピースに、エルシアの町でロアに買ってもらった靴と鞄。ここまでずっと使ってきたものだ。


「駄目ですか?」

「駄目じゃないけど……君の恰好、何かとっても頼りないんだよね」


「そんなにですか?」

「フィリナは自然が多いし、大森林へ入ることになるかもしれない。今の服も靴も、森を歩くには向いてないよ」


続いて、セレンは私の鞄を見る。


「荷物も増えるだろうし、その鞄じゃ足りなくなるな」

「……でも、私、お金ないんです」


「知ってるよ。他の世界から来たんだから」

「それはそうなんですけど……」


「私が見繕ってあげる。もちろんおごりでね」

「そこまでしてもらうのは……」

「これから一緒に旅をするんだから、必要なものくらい揃えさせてよ。私は医者だったし、貯えもあるから」


セレンが笑う。


「これからもよろしくね」


断る理由を探したけれど、これから向かう場所のことを考えると、セレンの言う通りだ。


「……ありがとうございます」

「決まり。明日の朝、船に乗る前に買いに行こう」


     *


翌朝、セレンに連れられて店へ向かった。

最初に選んでくれたのは、今まで着ていたものより生地のしっかりした薄い灰色の服だった。長袖で、裾は膝の上まで。上から肩を覆う短いケープを重ねる。


「腕、動かしてみて」


言われた通りに両腕を上げてみる。肩や袖が引っ掛かることもない。


「大丈夫です」

「じゃあ、それでいいね」


次は靴だった。

何足か試したあと、足首まで覆う編み上げのものを選ぶ。店の中を歩いてみると少し重かったが、今までの靴より足元が安定していた。


「これならかなり楽に歩けそうです」

「じゃあ決まり」


セレンはそのまま店の中を見回した。


「帽子もいるね」

「帽子も?」

「日差しもあるし、髪をそのままにしてると邪魔でしょ」


薄い灰色の帽子を渡される。

そのあと、今までの鞄より大きなリュックも買ってもらった。


背負ってみる。荷物の重さが肩だけに掛からず、前の鞄より歩きやすそうだった。


「これなら着替えも食料も入る」


セレンが背中側を確かめる。


「まだ余裕もあるね」


最後に、細長い革のケースを持ってきた。


「これは?」

「ガラスペン用」


セレンがケースを腰のベルトに取り付ける。


「鞄の中に入れてたら、必要な時にすぐ取り出せないでしょ」


私はガラスペンをケースへ差し込んだ。

腰の横に収まり、手を伸ばせばすぐに抜ける。


「……使いやすいです」

「でしょ?」


セレンが今度は私の髪を見る。


「あと、それ」

「髪ですか?」


「ああ。結構長いから、そのまま森を歩いたら、枝に引っ掛かるよ」


セレンが後ろへ回り、長い髪をまとめる。全部をきつく束ねるのではなく、後ろで一つに結び、歩いても前へ落ちてこないようにしてくれた。


「これでよし」


店の鏡を見る。

昨日までとは、ずいぶん違っていた。


薄い灰色の服とケープ。帽子に編み上げの靴。背中には大きめのリュックがあり、腰にはガラスペンのケースが付いている。


この世界に裸足で放り出された日のことが、ふいに蘇った。

あのときは何も持っていなかった私に、セレンが当たり前のように服を選んでくれている。その優しさが胸に染みて、気づけば涙がにじんでいた。


「似合ってるよ」

「ありがとうございます」

「じゃあ行こう。船に遅れるよ」


     *


昼過ぎ、私たちはフィリナ行きの船へ乗った。

船が岸を離れると、エルメア港が少しずつ遠ざかっていく。アウレスタの陸地も、やがて小さくなった。


フィリナの陸地が見え始めた頃には、日が落ちていた。

船がリュミエ港へ入る頃には、空はすっかり暗くなっている。


「着いたね」


セレンが帽子を押さえながら前を見る。

船が桟橋へ寄せられ、私たちは荷物を持って下りた。


港には明かりが並び、まだ行き交う人も多い。

一年前、文香さんもこの港へ来た。

その少し前には、エルディンも。


「今日は宿を取ろう」


セレンが言う。


「調べるのは明日からだな」


ロアも港の周囲を見ながら答えた。


     *


港の近くで宿を見つけ、部屋に入って荷物を下ろした。


挿絵(By みてみん)


セレンは宿で手に入れたフィリナの地図を卓上へ広げる。私とロアも椅子を寄せた。


「今いるのがここ」


セレンが地図の端にある港を指す。

そこから内陸へ道が延び、その先には広い森林が描かれていた。


「これが大森林ですね」

「ああ」


森の中には、世界樹を示す印もある。

ロアが地図を見ながら言った。


「明日はまず、この港で二人の到着記録を確認する」

「ああ。そのあと、どこへ向かったのか聞き込みしよう」


エルメア港で分かったのは、二人がこの港へ渡ったところまでだ。

ここから先、文香さんがどこへ向かったのかは、まだ分からない。


私は地図のリュミエ港を見る。

一年前、文香さんはここからエルディンを追い始めた。


明日から、私たちもその続きを追う。


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