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畫界アルカディア  作者: 三島 唯奈
第7章 洞察の代償
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第5話 消えた王国宰相

それから文香は、私の腕だけじゃなく、その男のことも調べ始めたんだ」


セレンは左袖を元に戻した。


「最初に向かったのは王城。ここへ来たとき、あの男は自分から名前と身分を名乗ってたらしい。エルディン・レイヴァ。王国宰相だって」


その名前を聞きながら、王立図書館で見つけた文香さんのメモを思い出す。


王のそばにいた存在。

文香さんは、その人物の正体を確かめようとしていた。


「文香は、エルディンにもう一度会いたいって王城で伝えた。でも、そんな名前の人間はいないって言われた。王国宰相だと説明しても、今度はそんな役職自体ないって」


文香さんは、エルディンがルミナ王の近くにいたところを実際に見ている。

けれど王城では、名前だけでなく、その役職まで否定された。


「私は男がいたという記憶しかない。顔も名前も思い出せないんだ」


セレンは眼鏡を押し上げた。


「今話したエルディンの容姿も、あとで文香から聞いたものだよ。髪は白に近い薄い灰色。細身で、三十前後。上質な灰色の長衣に、同色の外套を重ねていた。片方の袖だけが不自然に長く、その手には手袋をしていた。」


セレンは少し間を置き、自分の左手首を示した。


「それと、ここに変わった紋様があったらしい。黒い細い線が三本。円の一部みたいな形だったって」


「文香さんは、そこまで覚えていたんですね」

「ああ。だからエルディンを訪ねて行ったときも、名前だけじゃなく、見た目や紋様まで伝えた。それでも誰も心当たりがないって言われたらしい」


セレンは左腕へ目を落とした。


「文香は、私の腕がこうなった原因を探してた。私が能力を使ったせいなのか、ルミナ王の近くにいたからなのか、それともエルディンが何かしたのか。何も分かってないからね」


エルディンに会えれば、何か分かるかもしれない。

文香さんがもう一度会おうとしたのも、そのためだろう。


「でも、王城には手掛かりがなかった」

「ああ。それでも文香は諦めなかったよ」


セレンはそこで言葉を切った。


「しばらくして、エルディンがフィリナへ向かったらしいって情報を見つけた」


フィリナ。

初めて出てきた地名に、私は顔を上げた。


「もちろん、文香もその話をそのまま信じたわけじゃない。王城では、存在を否定されてるからね。でも、ほかに手掛かりがなかった」


隣では、ロアも黙って話を聞いている。


「それで文香は、フィリナへ行くって決めた。当然、私も行くって言ったよ。自分の腕のことだからね」


セレンの手が、袖の上から左腕に触れた。


「でも、文香は連れていってくれなかった。こうなった原因にエルディンが関係してるなら、会いに行ったら何が起きるか分からないって」


セレンはわずかに笑う。


「何度言っても駄目だった。最後は、『あなたの腕を治すために行くのに、もっと悪くなったら意味がない』って怒られたよ」


それを聞けば、文香さんが一人で行った理由は分かる。

私はそれ以上、聞かなかった。


「出発したのは、もう一年近く前になる」


一年近く前。

私がこの世界へ来るよりも前に、文香さんはフィリナへ向かっていた。


挿絵(By みてみん)


「着いたら連絡するって言ってた。何か分かったら、すぐ知らせるって」


セレンの笑みが消えた。


「でも、何も来なかった」

「手紙も?」


ロアが聞く。


「一度も」


セレンはすぐに答えた。


「だから、フィリナに無事着いたのかどうか、エルディンを見つけることができたのか、何も分からないままなんだ」


一年近く、セレンはここで文香さんからの連絡を待っていた。

左腕が石のように変わったまま、それでもフィリナへは向かわずに。


「私がフィリナへ行きます」


そう告げても、セレンは驚かなかった。


「そう言うと思った」

「文香さんがそこへ向かったなら、追いかけます」


ロアも椅子から立ち上がる。


「俺も行く」

「ありがとうございます」

「今さらだ」


ロアはそれだけ言った。

二人を見たセレンが、少しだけ笑う。


「私も行くよ」

「セレンも?」


「一年待ったからね。もうここで待ってるつもりはない」


迷っている様子はなかった。


「なら、一緒に行きましょう」

「ああ」


セレンは立ち上がりかけたところで、ロアへ顔を向けた。


「ただ、その前に一つだけ話しておく。さっき君の中を見たときのことだよ」


ロアが足を止める。


「君の中には、いくつもの色が残っている」


ロアは黙ったまま続きを待った。


「詳しく調べれば、何が残っているのか分かるかもしれない。でも、今の私の状態では簡単に調べることはできない」


セレンは左腕を見る。


「解析するほど、この腕の変化が進む可能性があるからね」

「これ以上、調べる必要なんてない」

「そう簡単にはいかないよ」


セレンは苦笑した。


「文香が追っていたものを確かめるためにも、君たちの力を理解する必要がある」


私はロアを見る。


ロア自身も、自分の中に今どんな色が残っているのか正確には分からない。

私たちも、まだその仕組みを十分に理解できていない。


ただ、今ここでセレンに無理をさせる必要はない。


「まずは文香さんを探しましょう」

「ああ。フィリナへ行こう」


セレンはそう答えると、ようやく立ち上がった。


「明日の朝には出られる?」

「はい」


「じゃあ、朝になったらここへ迎えに来て。フィリナまで何日かかるか分からないし、色々と準備しておきたい」

「分かりました」


ロアも立ち上がる。


「俺たちも宿に戻るか」

「はい」


私はガラスペンを鞄へしまった。

宿には、ここへ来る前に置いてきた荷物がある。明日の朝すぐに出られるよう、私たちも準備しておいたほうがいい。


玄関まで見送りに来たセレンが、扉を開ける。


「じゃあ、明日の朝」

「はい」


外へ出ると、来たときより日が傾いていた。

文香さんが本当にフィリナへ着いたのか。


今も無事でいるのか。

まだ何も分からない。


それでも明日の朝、私たちは文香さんが向かったというフィリナを目指す。


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