第3話 解析
「実際に会うって……始原にですか?」
「そう」
セレンはあっさり答えた。
「文香は、記録に書かれてることだけじゃ色の仕組みや灰色化について解明できないって言ってた。だから実際にその土地へ行って、始原の影響が残ってるものを調べてたんだ。それでも分からなければ、始原そのものを確かめに行ってたらしい」
「文香さんは、始原と戦っていたんですか?」
「戦う気はなかったよ。そもそも、文香には戦う手段なんてない。だからできるだけ始原には近づかずに調べてた」
ロアがセレンを見る。
「近づくだけでも危険な相手だからな」
「私もそう言った」
セレンは苦笑した。
「文香だって分かってたよ。だから最初に調べるのは、始原そのものじゃない。周りに残ってる記録や痕跡の方」
「どうやって調べるんですか?」
「色譜盤っていう道具を使うんだ。薄い円盤に七本の溝が刻まれてて、それぞれ違う色に対応している。始原の影響が残ったものへ近づけると、その溝に反応が出るんだ」
「そんな道具があるんですね」
「多分君のガラスペンみたいな文香だけが扱える道具だと思うよ」
「それで反応っていうのは、どんな?」
「溝に色が浮かぶんだよ。一つのときもあれば、いくつか同時に出るときもある。文香は色々な痕跡を何度も調べて、結果を記録してた」
王立図書館で見つけた文香さんのメモを思い出す。
――赤には青が通る。
あの短い一文も、一度調べただけで書かれたものではなかったのだろう。
同じような痕跡を探し、何度も色譜盤を使って確かめた。その積み重ねの先に、あの言葉が残されたのだ。
「アウレスタに渡った理由はあるんですか?」
「ああ。こっちに、不思議な色をした王がいるって情報を文香が見つけたからだ」
「王様……?」
「他の人間とは明らかに違う色をしているって話だった。始原なのかもしれないし、君や文香みたいに別の世界から来た人間かもしれない。だから、確かめたいって」
セレンはそこで一度言葉を切った。
「その王がルミナ。この国の王だよ」
色を持っている。
それだけでは、始原なのか、私たちと同じように別の世界から来た人なのかは分からない。
文香さんは、その答えを確かめるために海を渡ったのだ。
「でも、王様なら簡単には会えませんよね」
「もちろん。旅人が城へ行って、王に会わせろって言っても無理だよ」
「じゃあ、どうやって……」
セレンの口元に笑みが浮かんだ。
「文香は、向こうから自分を呼ばせたんだ」
「向こうから?」
「本人から作戦を聞いたときは、何を言ってるのかと思ったよ」
*
「色を隠すのをやめる?」
アウレスタへ来てしばらくした頃、セレンは文香さんからそう聞かされたという。
文香さんは、自分の髪や肌がこの世界では目立つことを知っていた。私みたいに人の多い場所を避けたり、外套で髪を隠したりして、余計な騒ぎを起こさないようにしていたらしい。
「私は止めたよ。でも文香は、『王が会ってくれないなら、王の方から私に会いたくすればいい』って」
「本当にやったんですか?」
「やったよ。私も一緒にね」
セレンは当時を思い出すように笑った。
「広場とか飲食店とか、わざわざ人が集まりそうな場所へ行った。それまで隠してた髪も出して、肌もなるべく露出する服を着て」
それなら目立たないはずがない。
「文香が歩けば、みんなが見る。不思議な色をしてるだけじゃなく、見た目も美人だったからね。通り過ぎたあとは、皆振り返って文香の話をしてる。中には声をかけてくる人もいたし、後ろをついてくる子供までいた」
私は町へ入るとき、今でもフードを被ることが多い。
文香さんがそれを全部やめて、人の集まる場所を歩いたのなら、どれほど目立ったのかは想像できた。
「怖くはなかったんでしょうか」
「さあね。君は怖いのかい?」
「はい」
「聞いたわけじゃないけど、文香が普段顔を隠してたのは、怖いからというより、目立つと面倒だからだったんだと思う」
不思議な色をした王が治める国に、同じように普通とは違う色をした人間が現れる。
噂が広がれば、いずれ王家の耳にも届く。
「それで王様から招待されたのか?」
ロアが尋ねた。
「ええ。数日後、本当に使いが来たよ」
セレンはうなずいた。
「お城の偉い役人みたいな人だった。その人と文香が話して、王との謁見が決まった。私も一緒に城へ入れることになった。そこまでは覚えてる」
そこでセレンの声が止まった。
「……ただ、その使いの事が一切思い出せないんだ」
「どういうこと?」
「名前も顔もね。謁見が決まったことは覚えてるし、その人がここへ来たことも覚えてる。でも、その人のことだけが記憶から抜け落ちてる。いつから思い出せなくなったのかも分からない」
単に記憶が薄れただけなのか。
セレンの話を聞く限り、それだけとも思えない。
けれど、本人にも理由は分からないらしい。
「その人が私たちを王城へ招いた。それだけは間違いない」
セレンが左手を机の上に置いた。
人の肌とは違う、石のような表面をした指が机に触れる。
「そこで、ルミナ王に会った」
「どんな人だったんですか?」
「私は始原を見た事はないけど、ルミナ王は普通の人間に見えたよ。まあ、王様だから普通ではないか」
セレンは少し笑ってから続けた。
「会話も普通にできた。文香はいろいろ質問してたし、向こうも答えてた。私は文香から青や赤の始原の話を聞いてたけど、あの王様が同じものだとは思えなかったよ」
これまで見た青の始原も、赤の始原も、人の社会の中で暮らしてはいなかった。
もしルミナ王も始原なら、これまで見てきた始原とはまるで違う。
「でも、色は確かに普通じゃなかった」
セレンが言う。
「文香や君たちとも違う。全身が一つの色だけだったからね」
「一つの色……」
「文香が黄色って呼んでた色だよ。ルミナ王は、全身が黄色一色に見えた」
文香さんはルミナ王と話しながら、色譜盤も使っていたという。
「王と同じ黄色が、一つの溝にはっきり出てた。それだけじゃない。他の溝にも反応があったんだ。文香は話を続けながら、何度も盤を確かめてた」
セレンが自分の左手へ目を落とした。
石のように変わった指が、ゆっくり曲がる。
「そのとき、私にも変化が起きた」
「変化?」
「二人の会話を聞きながらルミナ王を見ていたら、ただ黄色に見えるだけじゃなくなってきたんだ」
セレンは言葉を選ぶように少し間を置いた。
「黄色がどういうものなのか、その成り立ちみたいなものが見えてきた」
「成り立ち……ですか?」
「ああ。最初は私にも、自分に何が見えているのか分からなかった。でも見続けてるうちに、その色の正体みたいなものが少しずつ分かってくるような感じがした」
「正体と言われても、私にはよく分かりません」
「そうだろうね。文香にも話したけど、うまく伝わらなかった」
セレンは左手を見たまま続ける。
「私は、この力を『解析』って呼んでる。色の正体が分かるだけで、それを何かに使えるわけじゃないんだけどね」
石のように変わった指先がわずかに持ち上がる。
「そのときまで、自分にそんなことができるなんて知らなかった」
セレンの視線は、その指先から動かなかった。
「この腕が石みたいに変わり始めたのも、そのときだよ」




