表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
畫界アルカディア  作者: 三島 唯奈
第7章 洞察の代償
57/62

第1話 セレン

船員がエルメア港への到着を告げると、甲板の乗客たちが一斉に荷物を取りに動き始めた。


私も鞄から一枚の紙を取り出す。


アルディナの病院で教えてもらった、セレンさんの住所だ。こちらの文字が読めない私は、地名と通りの名前を一つずつ読み上げてもらい、その音を自分の文字で書き留めていた。


目的地は、エリンフォードという町。


「着きましたね」

「ああ」


船が桟橋に着き、私たちは乗客の流れに続いて港へ降りた。

まずはエリンフォードまでの行き方を調べなければならない。


乗合馬車の発着所には、行き先を記した札を掲げた馬車が何台も並んでいた。札を読めない私は、近くにいた男に声をかけた。


「すみません。エリンフォードへ行きたいんですが、どの馬車に乗ればいいですか?」

「エリンフォードか。ここから直通は出てないよ」

「どう行けばいいですか?」

「まずガレオン町まで行って、そこでエリンフォード行きに乗り換える。それが一番早い」


男が並んだ馬車の一台を指す。


「あれがガレオン行きだ。もうすぐ出るぞ」

「今日中にエリンフォードへ着けますか?」

「いや。ガレオンで一泊して、明日の便に乗った方がいい。そこから先も、一日じゃ着かないと思った方がいいな」

「分かりました。ありがとうございます」


礼を言うと、ロアがガレオン行きの馬車を確認した。


「俺が席を取ってくる。荷物を見ていてくれ」

「はい」


私は二人分の荷物をまとめ、ロアを待った。


     *


その日の夕方、ガレオンへ着いた。


宿を取り、翌朝、再び馬車の発着所へ向かう。係員に教えられたエリンフォード行きの馬車で、さらに先を目指した。


一日では辿り着かず、途中の町で泊まっては、翌朝また馬車に乗る。エルメア港を出てから、すでに数日が過ぎていた。


揺れる馬車の中で、私は鞄から住所を書いた紙を取り出す。


書かれている地名は、もう覚えている。それでも、セレンさんの家に文香さんもいるかもしれないと思うと、何度も確認せずにはいられなかった。


アルディナの先生から聞いたのは、セレンさんが文香さんと知り合い、その旅についていったという話だ。二人が別れたとは聞いていない。


もしかしたら、もうすぐ本人に会える。


文香さんは、私がずっと憧れていた人だ。

画家を目指すきっかけをくれた人でもある。


この世界のどこかにいると知ってから、ずっと痕跡を追ってきた。


砦に残されていた文字。

王立図書館のメモ。

アルディナで聞いた話。


それらが、ようやく本人へつながろうとしている。


私は紙を畳み、鞄へ戻した。


     *


エリンフォードへ着くと、先に宿を取って荷物を置いてから、住所を書いた紙だけを持ち、ロアと外へ出る。病院で聞いた通りの名前を何人かに尋ね、ようやく目的の通りへ入った。


近くの店で、もう一度道を尋ねる。


「すみません。セレンさんという方の家を探しているんですが」

「セレンさん? それなら、この通りの奥だよ」


家の場所まで教えてもらい、礼を言って先へ進む。

目当ての家が近づくにつれ、足取りが重くなった。


ロアが私を見る。


「緊張しているのか?」

「……かなり」


これまで追いかけてきたのは、文香さんが残した痕跡ばかりだ。

けれど、この家には文香さん本人がいるかもしれない。


「少し待ってください」

「ああ」


ロアが足を止める。

私は深呼吸を一度して、扉の前に立った。


「行きます」


扉を叩く。

返事はない。


もう一度手を上げたところで、内側から足音が近づいてきた。

扉が開き、眼鏡をかけた若い女性が姿を見せる。


挿絵(By みてみん)


私と目が合った瞬間、その表情が揺らいだ。


「……え?」


女性の視線が、私の顔から髪へ、さらに手足へと移っていく。


「あの……」


声をかけると、女性は私の顔を見直した。


「ごめん。君……」


何かを言いかけ、口を閉じる。


「どちら様?」


「あの、セレンさんですか?」

「そうだけど」


ようやく見つけた。

安堵したのも束の間、セレンさんの左腕が目に入る。


袖口から見えた手は、指先から手首の上まで灰色に変わっていた。表面は石のように硬く、ところどころに細い筋が走っている。


私の視線に気づいたセレンさんが、左手を持ち上げた。


「これが気になる?」

「すみません。じろじろ見るつもりじゃ……」

「問題ない」


セレンさんは指を曲げてから伸ばし、手首も動かしてみせた。


「それより、君……」


改めて向けられた視線が、私の顔から首元、腕へと移る。


「その肌……文香と同じだ」

「文香さんを知ってるんですか?」

「知ってる。でも、君は誰?」


「文香さんと同郷のものです」

「同郷……」


セレンさんの目が大きくなる。


「じゃあ、君も文香と同じ世界から来たの?」

「はい」


セレンさんはしばらく私を見つめていた。

文香さんから、別の世界から来たことを聞いていたのだろう。


「名前は?」

「三島唯奈です。こっちはロアです」

「ロアだ」

「唯奈……」


セレンさんが私の名前を確かめるように口にする。


「どうして私のところへ?」

「アルディナの病院で、昔セレンさんと一緒に働いていた先生からここの住所を教えてもらいました。セレンさんが文香さんと旅に出たと聞いて」


私は部屋の奥へ目を向けた。


「あの、文香さんはいらっしゃいますか?」


セレンさんの表情が曇る。


「文香に会いに来たの?」

「はい」

「そう……」


短い沈黙のあと、セレンさんは扉を大きく開けた。


「二人とも、中へ入って」

「いいんですか?」

「もちろん。ここで話すようなことじゃない」


私たちは家の中へ入った。

セレンさんは左手を扉に添え、右手と一緒に押して閉める。


「あの、文香さんは?」

「今はいない」

「……いないんですか?」

「ああ」


予想していた答えではなかった。


「どこにいるんですか?」


セレンさんは答えず、奥の部屋を示した。


「座って。その話をするなら、少し長くなりそうだ」


ロアと顔を見合わせ、セレンさんのあとに続く。

文香さんには会えなかった。


それでも、ようやく彼女を知る人物まで辿り着いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ