第12話 私の世界の誰かへ
アルディナを出る前に、私はもう一度、町の掲示板へ向かった。
朝から人の出入りが多く、掲示板の前では何人かが貼られた紙を見ている。私には、そこに書かれた文字が読めない。仕事の募集なのか、町からの知らせなのかさえ分からなかった。
人が減るのを待ち、鞄から昨夜、宿で書いた紙を取り出す。
『この文字を読める人へ。
私は三島唯奈といいます。
私はこの世界とは別の世界から来ました。
赤の始原ザロスは倒しました。
元の世界へ帰る方法を探しています。
この文字を読める人、帰る方法を知っている人がいたら、何か分かる形で知らせてください。
私はこれからアウレスタ大陸へ向かいます。
三島唯奈』
内容を読み返し、掲示板の空いている場所へ貼った。
文香さんに届くとは限らない。アルディナへ戻ってくるかどうかも分からない。
でも、この文字を読める他の誰かがここを通る可能性はある。
「これでいいのか?」
隣に立つロアが掲示板を見る。
「はい。少なくとも、私がここに来たことは残せました」
ロアには紙の内容は読めない。それでも何も聞かず、剥がれかけていた端を指で押さえてくれた。
私は最後にもう一度、自分の名前を見てから掲示板を離れた。
*
ネレイ港に着いたのは、それから数日後だった。
初めて訪れたときとは違い、今度は三人で船着き場へ向かう。
海には何隻もの船が浮かび、桟橋では荷物が次々と運び込まれていた。船員たちの声に、木箱を置く音が重なる。
私たちが乗る船も、すでに出航の準備を進めていた。
乗船口の少し手前で、リゼルが立ち止まる。
「私はここまでね」
分かっていたことなのに、実際に聞くと寂しかった。
「本当に行かないんですね」
「うん。まだ弟たちのことが何も分かってないから」
リゼルは港の外へ続く道へ目を向けた。
「まず北のミレア町を調べる。それからフェルド村にも行ってみるつもり」
「二人の手掛かりがそこに?」
「あるかどうかは分からないけどね。ザロスが倒れて王城の先へ行けるようになったから、一度行っておきたい」
ザロスは倒した。
だが、グレンさんとフィンさんが見つかったわけではない。エルガ王城にも、二人の行方を示すものはなかった。
リゼルにとっては、まだ何も終わっていない。
「無理はしないでくださいね」
私が言うと、リゼルは少し笑った。
「それ、ユイナに言われるとは思わなかった」
「どういう意味ですか?」
「ローデン丘でザロスと戦った人に言われてもね」
「私だって、好きで怪我をしたわけじゃありません」
左肩に手を添える。
傷は縫ってもらい、痛みもかなり減った。だが、服の下では皮膚の一部が灰色に変わったままだ。
リゼルも一度、私の肩へ目を向けた。
「肩のこと、向こうで何か分かるといいね」
「はい。でも、アウレスタへ行く一番の理由は文香さんです」
病院で医者から聞いた話を思い出す。
文香さんが診察を受けたとき、同じ病院にセレンという医者がいた。セレンは、珍しい色をした文香さんに興味を抱き、やがて彼女と一緒に旅へ出た。
そのセレンさんが、今はアウレスタ大陸にいる。
二人が途中で別れたとは聞いていない。
「セレンさんのところに、文香さんもいるかもしれません」
これまで見つけたのは、文香さんが残したメモや、彼女を知る人から聞いた話だけだった。
今度は、文香さんと行動している人の居場所が分かっている。そこへ行けば、本人に会えるかもしれない。
「会えるといいね」
「はい」
船から乗船を促す声が聞こえた。
もう時間らしい。
私はリゼルへ向き直る。
「リゼルさん」
「なに?」
「今まで、ありがとうございました」
リゼルが少し目を見開いた。
「急にどうしたの」
「船に乗る前に、言っておきたくて」
ガルダ村まで案内してもらった。私には読めない文字を読んでもらい、ザロスを追い、王城まで一緒に来てくれた。
「こっちこそ。二人がいなかったら、私はまだ港で弟たちを待ってるだけだったと思う」
そう言ってから、リゼルはロアを見る。
「ロアも、ありがとう」
「ああ」
船員から、もう一度声をかけられた。
「行きましょう」
私とロアは乗船口へ向かった。
桟橋から船へ渡り、甲板へ上がる。振り返ると、リゼルはまだ同じ場所に立っていた。
私が手を振ると、リゼルも大きく振り返した。
船が動きだし、桟橋との距離が少しずつ開いていく。
「また会いましょう!」
「うん! ユイナも気をつけて!」
リゼルの声が遠ざかる。
私はしばらく甲板に立ち、離れていくネレイ港を見ていた。隣ではロアが海を眺めている。
「アウレスタに着いたら、セレンさんの住所を訪ねましょう」
「ああ」
「文香さんも、そこにいるといいんですけど」
今度こそ、残されたメモではなく、文香さん本人に会えるかもしれない。
ネレイ港の建物は次第に小さくなり、やがて見えなくなった。
船はアウレスタ大陸へ向かって進んでいく。




