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畫界アルカディア  作者: 三島 唯奈
第6章 禁足地の丘
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第10話 エルガ王城

三人でローデン丘を離れ、城へ続く道を進んだ。

背後の大木が見えなくなるころには、道の周辺に赤が目立つようになってきた。

石の継ぎ目、枯れた草、崩れ落ちた壁の跡。

丘に残っていたものと同じ赤だ。


ザロスの姿は見当たらなかった。

しばらく進むと、前方に高い城壁が見えてきた。


エルガ王城。


間近で見上げるその城壁は、遠目から眺めていたときとは比較にならないほど大きく感じる。そして城壁から塔の上まで赤に染まっている。


正門は開いたままだった。

門の前まで来たところで、リゼルが足を止めた。


「この城は、昔からずっと禁足地だったの」


門の奥にそびえる城を見上げたまま、リゼルは呟く。


「ザロスが、ふもとの町まで下りてくるようになる前からですか?」

「うん。何があっても、絶対に近づいてはいけない場所だった」


私は開け放たれた門の先へ、視線を走らせた。

入り口の向こうには、平坦な石畳が続いている。


「リゼルさん。フィンさんが向かったのは、本当にこの城なんですね」

「……そう聞いている。ただ、城の中まで入ったかどうかまでは分からない」


フィンはこの城を目指して旅立ち、それきり戻らなかった。

そしてフィンを捜しに行ったグレンも帰らなかった。


だからリゼルは、ずっとこの場所を調べたかった。


ロアが不意に、門の手前でしゃがみ込んだ。

赤の残る石畳へ手を伸ばし、しばらく様子を見る。


赤を触っても体に異常が起きないことを確かめているようだ。


「……どう、ですか?」

「昨日までとは違うな」


ロアがゆっくりと立ち上がる。


「赤は残っているが、広がってくるわけじゃないし、ザロスの影響はなさそうだ」


丘でも、ザロスが倒れたあとも赤は消えず残っていた。

城も同じだけなのかもしれない。


「……中へ入れるかしら」


リゼルが、確認するようにロアの横顔を覗き込む。


「俺が先に入る。少し待っててくれ」

「はい」


ロアが門をくぐった。

広い敷地の中へ数歩進み、足を止めて、周囲を見る。

それから、こちらに向き直って手を上げた。


「来ていいぞ」


挿絵(By みてみん)


リゼルが一歩を踏み出し、私もその後に続く。

門を越えても、体に変化はない。


城内へ続く石畳は、所々ひび割れていた。

外壁こそ形を保っていたが、内部の被害はずっと大きい。


扉だけが、消え失せた建物。

支えを失い、中ほどから崩れ落ちている柱。

輪郭だけを残して崩れかけた石像。


正面には大きな建物がそびえていた。


中央に据えられた大きな両開きの扉は、片方が倒れ、もう片方も斜めに傾いていた。


「まず、あそこから調べるか」


ロアが入り口を示した。

リゼルがうなずいた。


「そうね」


私たちは建物の中へ入った。

そこは、圧倒されるような広い空間だった。


天井は高く、太い円柱が奥へと整然と列をなしている。

だが、床の上は瓦礫や、壊れた家具、崩れた石片が散らばっていた。


リゼルは、入り口近くから順に、二人の痕跡がないか見ていった。

 

床。

壁際。

倒れた家具の下。


「……リゼルさん。フィンさんやグレンさんの持ち物が、どんなものか分かりますか?」

「見れば分かると思う。グレンのも」


それだけ答えて、また床へ目を戻す。

私もその隣で、足元に目を凝らした。


何かの金属。

割れた器。

文字の刻まれた石片。


けれど、どれも二人につながるものは見つからない。

ロアが奥の通路を確認して戻ってきた。


「右側は壁が崩れていて塞がっているが、左側なら通れそうだ」

「左から行こう」


リゼルがすぐさま歩き出そうとする。

ロアがその小柄な身体を遮るように、一歩前へ出た。


「俺が前を歩く」

「……ええ。お願い」


私たちはロアに続いて、薄暗い左の通路へ進んだ。

いくつかの部屋が残っていた。


最初に入った部屋には、背の高い木製の棚が壁際に並んでいる。

紙の書類はほとんど残っていなかったが、代わりに紐で束ねた薄い木板が、棚の隙間や床の上に乱雑に転がっていた。


リゼルがそのうちの一つを拾い上げ、指先で表面の埃を払った。


「……この城の記録みたいね」


何枚かの木板をめくり、リゼルは静かに首を振った。


「ザロスに関する記述はありますか?」

「いいえ。どれも、王家が滅びる前の記録ばかりよ」


けれど、今ここで一枚ずつ調べている時間はない。

リゼルは手にしていた一枚を元へ戻した。


「先に城の中を見てみよう」

「分かりました」


私たちはその部屋を後にした。

通路の突き当たりは、上階へと続く石造りの階段になっていた。


階段を上り始めたとき、左肩がぎゅっと締め付けられるように痛んだ。


「……っ」


思わず手すりに手をかけ、足が止まる。

数段先を歩いていたロアが振り返った。


「どうした」

「いえ……少し、傷口が痛んだだけです」


「見せてみろ」

「本当に、大丈夫ですから」


「血が滲んでいる」

「え……?」


ロアの厳しい指摘に、私は自分の左肩を確認した。

リゼルからもらった灰色の服に、小さく濃い染みができていた。


昨夜は血が止まり、落ち着いたように見えていた傷だったが、動いたから塞ぎかけていた傷口が開いたのかもしれない。


リゼルも戻ってくる。


「ユイナ、休もうよ」

「でも」

「城はどこにも逃げやしないわ」


その言葉に促され、私は階段の端に腰を下ろした。

ロアが鞄の中から水筒を取り出して差し出してくる。


「無理はするな」

「……はい。すみません」


水を喉に流し込み、しばらく休む。

痛みが落ち着いてから、私はもう一度立ち上がった。


二階には、一階と同様にいくつもの部屋が並んでいた。

そのいくつかは、天井や外壁が崩れていて入ることすらできない。


かろうじて形を保っている部屋を、私たちは一部屋ずつ確認した。

けれど、どの部屋にも、人が出入りしたような痕跡はなかった。


リゼルは何度も足を止めた。


何かを拾っては確かめ、違うと分かると元へ戻す。

やがて、通路の奥で立ち止まった。

その先は完全に崩れていて、通れそうにない。


「これ以上は進めないな」


リゼルは返事をしなかった。

崩れた先を見たまま動かない。


その背中に、かけるべき言葉が見つからない。


「……リゼルさん」

「……うん」


しばらくして、リゼルは諦めたようにゆっくりとこちらを振り返った。


「何も、見つからなかったわね」


私は、その寂しげな笑みに返す言葉がなかった。

ここで、彼らの痕跡はみつからなかった。


けれど、それが「二人がこの城に来なかった」という証明になるわけではない。

仮にここへ足を踏み入れていたとしても、その痕跡までザロスに奪われた可能性もある。あるいは、別の場所に行ったのかもしれない。


結局のところ分かったのは、この王城をどれだけ捜索しても、求める答えは残されていないということだけだ。


「もう少し調べるか?」


ロアの問いかけに、リゼルは積み重なった瓦礫の山と、今しがた歩いてきた薄暗い通路を見比べた。


「……いいえ、やめておくわ」


小さく首を横に振る。


「立ち入ることができる場所は、もうすべて確認したから」


私たちは一度、一階の広間へと引き返した。

それから、中庭を挟んで隣接するいくつかの別棟も同じように捜索した。


しかし、結果はどこも同じだった。


陽が傾き始めたころ、私たちは正門まで戻ってきた。

リゼルが振り返る。


赤を纏った城が、夕方の灰色の空の下、無言でそびえ立っている。


「ずっと、ここに来れば何か分かると思ってた」


リゼルの声は、驚くほど静かだった。


「二人がどこへ消えたのか。何が起きたのか、ここなら分かるはずだって」


しばらくの間、リゼルはその赤い城をじっと見つめ続けた。


「でも、何も分からなかった」

「……はい」


「だから――まだ、探す」


リゼルがこちらを向いた。


「これで終わりにはできない」


迷いのない顔だった。


「はい」


それ以上、何かを言う必要はなかった。


ロアが私の左肩を見る。


「……次は、アルディナへ行くぞ」

「え?」

「その傷をちゃんと診てもらう」


リゼルもその言葉に深く頷いた。


「アルディナなら、この辺りで一番大きな病院があるよ。ドレナのように、医者が不在なんてこともないと思う」


私は、そっと無事な方の手で自分の左肩に触れた。

服の下は、昨日巻いてもらった包帯代わりの布がまだ巻いてある。


傷口はまだ塞がっていない。

何より、その周辺の皮膚は灰色にくすんだままだ。


「分かりました。お願いします」


私たちは、巨大な赤い城に背を向けた。


リゼルが長い間入りたかった場所には、弟たちの痕跡は残っていなかった。

私の肩も、ザロスに奪われた色が戻る気配はない。


次に向かうのはアルディナ。

私たちは、王城から続く道を、三人で歩き始めた。

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