第6話 再戦のために
分かれ道まで戻ると、ロアはドレナへ続く道へ入った。
リゼルが丘を振り返る。
「やっぱり、もう一回、試さない?」
「青が通ることは確認できた。だが、それだけで倒せるとは思えない。一度戻って作戦を考えた方がいい」
「分かった......」
リゼルも丘に背を向け、私は二人のあとを追った。
ザロスの左脇に青を当てたとき、そこを覆っていた赤は確かに崩れた。北境の砦で、青の始原に同じ色を使ったときとは反応が違った。
文香さんのメモにあった「赤には青が通る」という一文。
その意味の一つは確かめられた。
だが、一度当てたくらいではザロスは止められない。
次に挑むなら、何かしら勝算が欲しい。
ドレナへ戻る頃には、日が傾き始めていた。
東門をくぐると、見張り台の男が私たちに気づいた。
「戻ったか」
「ただいま」
リゼルが答える。
男は私たちを順に確かめる。
「怪我はないようだな?」
「大丈夫だよ」
「アルディナでは何か分かったか?」
「ザロスを倒せるかもしれない方法が分かりました」
私が答えると、男の目つきが変わった。
「本当か?」
「はい。確かめるために、帰りに丘へ寄ってきました」
「で、どうだった?」
「駄目でした。ただ、少しは勝ち目が見えました」
「そうか」
男はそれ以上聞かなかった。
「ひとまず中へ入れ。朝から歩き通しだろ」
見張り台の下にある小屋へ入り、水を受け取る。
ロアは借りていた地図を机に広げた。
「今日、ザロスはどこにいた?」
ロアがローデン丘の北側を指す。
「王城から丘へ向かう道だ。この辺りにいた」
「昨日と同じ辺りか」
「ああ」
男は地図を見ながら腕を組んだ。
「あいつが丘と城の間にいる限り、正面から城へ行くのは難しいな」
「ほかにも道はあるの?」
リゼルが尋ねる。
「大きく迂回すれば、城の裏側へ回る道はあるが……」
男の指が、ローデン丘から北へ続く街道をなぞる。
ロアが地図を見た。
「多分、ザロスを避けたとしても城へは入れない」
「はい。丘を迂回しても、城は赤の領域の中です。無事では済まないと思います」
私が答えると、男はうなずいた。
「結局、あいつをどうにかするしかないか」
ロアが地図を畳む。
「行くときは声をかけてくれ。水と食べ物は用意する」
「ありがとう」
男が小屋を出ると、リゼルは椅子に腰を下ろした。
「それで、どうするの?」
ロアが私を見る。
「今日、青を当てたときはどうだった?」
「左脇の表面が、少し崩れただけですね」
「何度も撃てば倒せそうか?」
「難しいと思います」
人の三倍ほどある巨体のうち、青で崩せたのはわずかな範囲だけだ。
「青が通ることはわかりました。でも、威力も範囲も足りません。あのまま撃ち続けても、倒し切る前に距離を詰められてやられると思います」
「そうだな」
今日も、一度当てただけでザロスはこちらへ向かってきた。距離を保ったまま何度も撃てるとは思えない。
ロアが右手を見た。
「俺が赤を奪う」
「ザロスからですか?」
「ああ」
北境の砦で、ロアは青の始原の周囲から青を奪った。
ザロスを覆う赤も、同じように奪える可能性がある。
「近づければ、多少は崩せると思う」
「そこへ私が青を当てる……」
やるべきことが見えてきた。
ロアが赤を奪ってザロスを崩し、私がその箇所へ青を撃ち込む。青だけを当てるより、大きく崩せるかもしれない。
「それをやってみましょう」
「ああ」
「ロアが近づいて赤を奪う。私は後ろから、崩れた箇所へ青を撃ちます」
「それでいこう」
リゼルがロアを見た。
「でも、あれに近づいて大丈夫なのかね」
「ああ」
「昨日、あいつが歩いた周辺は道が消えてたじゃないか」
「分かってる」
ロアは落ち着いて答えた。
「ただ、やつは大きな剣を持っているし、それを振り回してくると思う。その時の判断にはなるが、赤を奪える距離まで近づけなければ作戦は中止にする」
「はい、ロアが赤を奪えたら、私が青を撃ちます」
細かな動きまでは決められない。
ザロスが大剣をどう使うのか。ロアの力がどこまで通用するのか。
分からないことは多いが、戦い方は決まった。
「私も行く」
リゼルが言った。
「駄目だ」
ロアは即座に断る。
「なんで?」
「戦えないからだ」
リゼルは口を閉じた。
「……見てるだけでも?」
「駄目だ」
「邪魔になる?」
「ああ」
遠慮のない返事に、リゼルは眉を寄せたが、怒りはしなかった。
相手はただの虚じゃない、ザロスだ。ロアにも私にも余裕はない。そこへリゼルが加われば、危険が増える。
「ザロスを倒したら戻ってくる」
ロアが言った。
「城へ行くのは、そのあとだ」
リゼルが顔を上げる。
「戻ってから、三人で?」
「ああ」
「……分かった」
ようやくリゼルがうなずいた。
「じゃあ、ここで待ってるよ」
その夜はドレナで休んだ。
翌朝、北門へ向かう。
見張り台の男が、水の入った革袋と、布に包んだ食べ物を用意していた。
「気をつけていけ」
「ああ」
ロアが革袋を受け取る。
リゼルも門まで見送りに来ていた。
「二人とも戻ってきてよ」
「はい」
「本当にね」
「ああ」
ロアが答えた。
リゼルはまだ何か言いたそうにしていたが、それ以上は口にしない。
男が門を開ける。
「無理だと思ったら、すぐ逃げろ。昨日はその判断のおかげで帰ってこられたんだ」
「はい」
私たちは北門を出た。
昨日まで三人で歩いた街道を、今日はロアと二人で進む。
ドレナの建物が見えなくなると、街道の両側には使われなくなった畑が続いた。倒れた柵の間から枯れ草が伸び、空の水路には砂がたまっている。
やがて畑が途切れ、岩が増えてきた。
ローデン丘の大木が見える。
その奥には、赤く染まったエルガ王城がある。
ロアが前を歩き、私は少し後ろを進む。
私が使うのは青。
ロアが狙うのは、ザロスを覆う赤だ。
赤を奪い、崩れた箇所へ青を撃ち込む。
それを繰り返せば倒せるのか。
そもそも本当に倒せる存在なのかも分からない。
道が緩やかに上り始め、前方の石畳に赤が混じりはじめた。
昨日、青を撃った場所が近い。
ロアが足を止め、丘の上を見る。
「いるぞ」
大木の向こう。王城へ続く赤い道に、巨大な人影が立っている。
ザロスが大剣を肩に担いだまま、こちらへ体を向ける。
私は鞄からガラスペンを取り出した。
ロアが一歩前へ出る。
「俺が先に行く」
「はい」
北境の砦でロアが道を切り開いたときと同じように、私はその背中を追った。




