第5話 赤には青が通る
昨日も通った分かれ道まで戻ると、ロアが足を止めた。
一方はドレナへ、もう一方はローデン丘へ続いている。丘の頂には大木が立ち、その奥にあるエルガ王城は、ここからでも赤く染まっているのが確認できる。
リゼルが丘へ続く道を見た。
「青を試すなら、どのあたりから?」
図書館でも話し合ったが、実際にザロスへ近づくなら、逃げ道まで考えておかなければならない。
「ザロスが丘にいたら、手前から一度だけ撃ちます。当てたら、すぐに離れます」
「効果があっても無くても?」
「はい。何か起きたとしても、それで勝てるとは思えませんので、一度引きます」
北境の砦では、青を二度使っても、あの青いものを倒せなかった。文香さんのメモにある「通る」が、どこまでの効果を示すのかも分からない。
ロアが丘へ続く道を見据える。
「撃ったら離れる。それでいいな」
「はい」
「私は?」
リゼルが尋ねる。
「私たちより後ろにいてください」
「分かった。邪魔はしないよ」
私たちはローデン丘へ向かった。
しばらくは枯れた畑が続いた。人が通った跡は少なく、敷石の隙間から伸びた草が道の中央まで入り込んでいる。
畑が途切れると、大きな岩が目立ち始めた。進むにつれて、丘の大木が高く見えるようになる。その奥には王城の塔がのぞいていた。
街道が緩やかな上りに差しかかる。
「ここから先、地面が赤くなってる!」
リゼルが自分の足元を見ながら声をあげる。
数十歩先から敷石の色が変わっている。昨日、北側の街道で見たものと同じ赤だ。
ロアが道を外れ、大岩の陰へ入った。私たちもあとに続き、岩の端から丘の上をうかがう。
大木の周辺には何もいない。
王城へ目を向けると、赤い地面の上をザロスが歩いていた。昨日よりも遠く、王城から丘へ向かう街道にいる。大剣は肩に担いだままだ。
リゼルが岩陰から顔を出そうとしたが、ロアが腕で制した。リゼルはすぐに身を引く。
「ここからでも届くの?」
私はザロスまでの距離を確かめた。北境の砦で青を放ったときより、かなり遠い。
「もう少し近づかないと無理だと思います」
「どこまで行く?」
赤く染まった道の手前に、腰ほどの高さの石積みが残っている。
今いる場所からも、それほど離れていない。
「あの石が積んであるところまで。そこから届かなければ、今日は諦めます」
ロアが石積みの先を確認する。
「よし、行こう」
三人で岩陰を出た。
道の端を進み、石積みの裏で身を低くする。
ザロスはまだこちらに気づいていない。
私は鞄からガラスペンを取り出した。
「ロア」
「ああ」
すぐ後ろに立つロアから、図書館で試したときと同じように色を引き出す。
ガラスペンの内部に、少しずつ青が集まってきた。
昨日、机の上で確かめたのと同じ色だ。
「準備はいい?」
リゼルが小声で尋ねる。
「はい」
石積みから半身を出した。
ザロスは街道の中央に立ち、こちらへ斜めに背を向けている。
ここから狙えるのは、背中から左脇にかけてだ。
ガラスペンを横へ振った。
ペン先から伸びた青い帯が、ザロスへ向かう。
巨体がこちらを向こうとした瞬間、その左脇に青が当たった。
ザロスの鎧の表面を覆っていた赤が、青に触れた部分から崩れていく。
ザロスが完全にこちらを向く。
放った青はすでに消えていたが、崩れた左脇は元に戻らない。
北境の砦で見た反応とは違う。
あのときは、青が当たった腕は一度水のように崩れたが、すぐに元の形へ戻った。
「戻れ!」
ロアの声と同時に、石積みから離れた。
ザロスが大剣を肩から下ろし、こちらへ一歩踏み出す。
次の一歩を待たず、私たちは来た道を走った。
大岩の脇を通り過ぎ、そのまま丘を下る。
背後で重い足音が一度、さらにもう一度響いた。
街道が平らになるところまで下り、ロアが振り返る。
私も足を緩め、丘の上を見た。
ザロスは赤い地面の先で立ち止まっていた。
大剣を下げ、こちらを向いている。
だが、それ以上は追ってこない。
「追ってこないな」
ロアが言った。
私たちも足を止める。
リゼルが両膝に手をつき、何度か深く呼吸してから顔を上げた。
「青は通ったってこと?」
「はい。少なくとも、崩れた箇所はすぐに回復しませんでした」
ガラスペンの内部に残る青は、使う前よりも減っている。
「北境の砦では、青を当ててもすぐに回復しました。でも今回は違います」
「じゃあ、『赤には青が通る』って……」
「たぶん、今のことだと思います」
メモの内容は正しかった。
けれど、ザロスは動けなくなったわけでも、傷を負ったようにも見えない。
「ただ、これをどれだけ繰り返せばザロスを倒せるのかは分かりません。一度当てただけですから」
リゼルが丘を見上げる。
「城へ行くなら、あいつを越えないといけないんだよね」
「ああ」
ロアが短く答えた。
リゼルは少し黙ってから言う。
「でも、成果はあった」
私はうなずいた。
青はザロスに通じた。
それでも、あの巨体を相手に、どうやって城まで進めばいいのかは分からない。
丘の上では、ザロスがまだ街道に立っている。
ロアがその姿を見たまま言った。
「次は、あれを倒す方法を考えよう」
「……うん」
リゼルが小さく答える。
「いったん離れるぞ」
私たちは街道を引き返した。
分かれ道に着き、もう一度だけ丘を振り返る。
大木の向こうには、赤く染まったエルガ王城が見えていた。




