第4話 通る色
「赤には青が通る。青には藍が通る」
紙の最後に記された二行を、もう一度読み上げた。
「どういう意味?」
リゼルが私の手元をのぞき込む。
「まだ分かりません。ただ、色同士の関係を示しているのだと思います」
「ザロスには、北の砦で会ったやつの色が効くってこと?」
「その可能性はあります」
紙には、色には一定の相関、または順序があると書かれている。
ザロスは赤の始原。北境の砦で出会ったものが青の始原なら、二体の色にも何らかの関係があるのかもしれない。
ただ、書いた本人も「要検証」と記している。
「通るって、倒せるって意味なのか?」
ロアが尋ねる。
「そこまでは分かりません。攻撃が効くのか、触れられるようになるのか。それとも、まったく別の意味なのか……」
「書いた人も試してないのかもしれないね」
「はい。『要検証』が最後の二行にもかかっているなら、まだ確かめてはいないはずです」
北境の砦で放った青は、青の始原に効かなかった。青い腕は水のように崩れたあと、すぐに回復した。
相性の合わない色では、始原に干渉できない。
そう考えれば、筋は通る。
でもそんなに単純な話だろうか、、、。
「ほかにも記録がないか、探してみましょう」
私はメモを机に置いた。
ガルダ村で見つけた紙には、ザロスへ近づくなと書かれていた。危険を冒す前に、同じような警告が残っていないか確かめる必要がある。
机に積んだ本を、王家の歴史とエルガ王城に関する記録に分類した。
文字が読めない私は、また頁の間に紙が挟まっていないかを調べる。
リゼルは文章を読み、ロアは本のタイトルを頼りに棚から本を運んだ。
「これも王家の末期について書かれた本だよ」
リゼルが一冊の歴史書を机へ置く。
「滅亡について書かれた箇所を探してもらえますか」
「分かった」
リゼルが本の後半を開いた。
私は別の本を手に取り、傷んだ頁を慎重にめくる。文字は読めなくても、紙が挟まっていれば見つけられる。
だが、日本語で書かれたものは、最初のメモ以外に見つからなかった。
「これは違うな」
ロアが薄い本を閉じた。
「何の本ですか?」
「城へ運んだ物資の記録らしい。人の名前と数ばかりだ」
「こっちも同じだよ」
リゼルが本から顔を上げる。
「エルガ王城に現れたものによって王家が滅びた。それ以上のことは書かれてない」
「ザロスや、赤の始原という言葉は?」
「ないよ。最初の本と内容はほとんど同じ」
別の歴史書にも、王家を滅ぼしたものの姿や力は記されていなかった。
何冊調べても、新しい情報は出てこない。後世に書かれた本も、残っていた記録を写しただけなのだろう。
当時の記録になければ、後世の人間には知りようがない。
「このメモを書いた人は、文献だけで調べたわけではなさそうですね」
私は机の上の紙を見た。
「どうして?」
「始原が色を奪うことも、少なくとも二体いることも、ここの本には書かれていません」
「自分で見たのかな」
「少なくとも、誰かから話を聞くか、実際に始原を調べなければ分からないことです」
ガルダ村の紙には、ザロスへ近づくなとあった。
このメモを書いた人物が同じなら、ザロスだけでなく、北境の砦の青いものについても知っていた可能性がある。
「文香さんだったら、二体とも見たのかな」
「分かりません。筆跡が似ているだけですから」
「でも、ユイナと同じ文字を使う人が、この辺りに何人もいるとは思えないよ」
「私も、同じ人が書いた可能性は高いと思います」
とはいえ、署名がない以上は断定できない。
いつ書かれたものなのか。
なぜ本に挟まれていたのか。それも不明だ。
ロアがメモの最後を指した。
「北境の砦で奪った色は、まだ俺の中にある。ザロスに通るかもしれないなら試してみるか?」
「メモが正しければ、可能性はあります。でも、通ると書いてあるだけで、青でザロスを倒せるとまでは書かれていません」
確かめるには、もう一度ザロスの前へ出なければならない。
ザロスから色を奪うには、ロアが相手へ近づく必要がある。
だが、すでに持っている青を使うだけなら、距離を保ったまま攻撃できる。
「最初から近づく必要はありません」
私はロアを見る。
「北境の砦でガラスペンを使ったときは、青が出ました。でも、私が意図して青を出そうとしたわけではありません。だから次も青を出せるか、少しだけ試してみませんか?」
ロアが片手を差し出した。
私はガラスペンを握り、ロアの中にある色をわずかに引き寄せる。ペン先に集まった色を、何も置かれていない机の上へ細く放った。
青い線が短く走り、すぐに消える。
「青です」
「出たね」
リゼルが机へ身を乗り出す。
「これなら、離れた場所からザロスに試せます。効かなかったら、すぐに逃げましょう」
「なら、すぐ街道へ戻れる場所から試した方がいいね」
リゼルが言った。
「もし青が有効だったら、そのあとはどうしますか?」
私が尋ねると、リゼルは少し考えてから答えた。
「ザロスを避けられるなら、城まで行きたい」
グレンはフィンを追い、ドレナを出た。
それから二人がどこへ向かったのかは分かっていない。
「二人は、あの辺りを通ったはずなんだ。昨日は何も見つけられず、ザロスから逃げただけだ」
「城に手掛かりがあるとは限りませんよ」
「分かってるよ。でも、調べないままじゃ帰れない」
リゼルの答えに迷いはなかった。
「私も行きます」
「ユイナまで行く必要はないよ」
「あります。このメモを書いた人は、ザロスについて調べています。文香さんなのか確かめるためにも、そのあとを追いたいんです」
リゼルがロアを見る。
「俺も行く」
「二人とも、簡単に決めないでよ」
ロアはメモへ目を落とした。
「離れた場所から青を使う。通じなければ逃げる」
「分かった。それなら行く」
私は机の上のメモを折り直した。
「これは持っていきます」
ガルダ村の紙と同じ人物が書いたのなら、この先で確かめられることがあるかもしれない。メモを鞄にしまい、本を棚へ戻していると、一階で鐘が鳴った。
「もうすぐ閉館です」
受付の女性の声が階段の下から届く。
窓の外は、すでに暗くなり始めていた。
私たちは残りの本も棚へ戻し、旧王立図書館を出た。
翌朝、アルディナの西門を出る。
石橋を渡り、昨日来た道を引き返した。ローデン丘へ続く分かれ道が近づくにつれ、行き交う荷車や旅人は減っていく。
やがて、枯れた畑の向こうに大木が見えた。
その奥には、赤く染まったエルガ王城が立っている。
ロアから引き出した青が、ザロスに通じるのか。
確かめられる機会は、一度しかないかもしれない。




