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畫界アルカディア  作者: 三島 唯奈
第6章 禁足地の丘
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第3話 色の相関

翌朝、私たちはドレナの東門へ向かった。

見張り台の男が門脇の台に地図を広げ、道順を説明する。


「東門を出たら、最初の分かれ道を左、その次を右へ進め。その先にアルディナ西門を示す道標がある。そこで左手の細い道に入れば、西門前の橋へ出る」


リゼルが地図の上を指でたどった。


「橋を渡ればアルディナなんだね?」

「ああ。曲がるのは三か所だけだ。間違えるなよ」


ロアは地図を確かめてから畳んだ。


「借りてもいいか」

「持っていけ。古い地図だが、道は変わっていない」


男は水の入った革袋を渡し、私たちを順に見た。


「昨日のやつを見かけたら、すぐ町へ戻れよ」

「分かってる」


リゼルは短く答えた。

丘へ行っても、弟たちの手掛かりは見つからなかった。分かったのは、ザロスが今もエルガ王城の近くにいることだけだ。


私たちは男に礼を告げ、東門を出た。

街道の両側には、使われなくなった畑が続いている。区画を分ける石積みは崩れ、水路には砂と枯れた草がたまっていた。


最初の分かれ道で、ロアが地図を開く。


「ここは左だ」


右は、ガルダ村からドレナへ来た街道につながっている。私たちは左へ進んだ。

遠くにエルガ王城の塔が見えた。城壁も建物も、周囲の土地も赤い。灰色の景色の中で、そこだけがはっきりと色づいている。


リゼルは城を見たが、足を止めなかった。

次の分かれ道では、左の道の先にローデン丘の大木が見えた。昨日通った街道とは別の道だが、先で丘につながっているらしい。


「左はローデン丘か」


ロアが地図と道を見比べる。


「アルディナは右です」


私たちは右へ進んだ。

リゼルが一度だけ、丘へ続く道を振り返る。


「気になるか」

「そりゃ気になるよ。昨日は二人の手掛かりを何も見つけられなかったからね」

「そうだが、今行ってもできることはない」

「分かってる」


リゼルは前を向いた。


「だから調べに行くんでしょ。あれが何なのか、王城で何があったのか」


ガルダ村で見つけた紙には、ザロスが赤の始原であることと、近づくなという警告しか書かれていなかった。

始原という言葉の意味すら分からない。

北境の砦で出会った青いものには、ガラスペンの攻撃が効かなかった。

おそらくザロスにも同じ攻撃は通じないだろう。


「図書館では、何を探すの?」


リゼルが私を見る。


「まずは、この国の歴史です。王家が滅びた理由と、エルガ王城で何が起きたのかを調べます。ザロスについても記録が残っているかもしれません」

「文香さんも、ザロスのことを調べていたんだよね」

「多分。ガルダ村に残されていた紙には、ザロスの名前がありました」

「どこで調べたのかは分からない?」

「分かりません。今は自分たちで記録を探すしかありません」


リゼルはしばらく黙ってから、もう一度尋ねた。


「文香って、ユイナの知り合いなの?」

「会ったことはありません。私が一方的に知っているだけです」

「それでも追ってきたんだね」

「私の目標だった人です。それに、あの文字を残したのが本当に文香さんなのか、確かめたいんです」

「会えたら、ザロスのことも聞けるかもしれないね」

「はい。ほかにも何か調べているかもしれません」


文香さんが今どこにいるのか。

なぜ北境の砦やガルダ村にメモを残したのか。

なぜこの世界の文字ではなく、ひらがなで書いたのか。

何も分かっていない。

痕跡を見つけるたびに彼女に近づいている気はする。

それでも、本人の居場所を示すものは、まだ一つもない。


しばらくして、リゼルが口を開いた。


「私も、似たようなものかな」

「え?」

「二人が生きている証拠はない。でも、分からないままじゃ諦められない」


私は何も言えなかった。

文香さんと、行方の分からない二人の弟。

捜している相手は違っても、確かなものがないことは同じだ。


昼を過ぎた頃、崩れた石積みのそばで休憩を取った。

食事を済ませて先へ進むと、左へ分かれる細い道の前に道標が立っていた。

リゼルが刻まれた文字を読む。


「アルディナ西門。ここだね」


ロアも地図を確認した。


「この道だ」


細い道には、何本もの轍が残っている。左右には低木が増え、伸びた枝がところどころ頭上まで張り出していた。

向こうから来た荷車とすれ違い、さらに先へ進む。


やがて木々の間に川が見えた。

石造りの橋の向こうに、アルディナの城壁が延びている。正面の西門には、町へ入る荷車や旅人が順番に中へ入っていった。


橋を渡ると、門を守る兵士に呼び止められた。


「止まれ、町へは何の用だ」

「図書館に行きたいんです」


兵士は町の奥に見える塔を指す。


「あれが旧王立図書館だ。大通りを進めば分かる」


西門を抜けると、石造りの建物が並ぶ通りへ出た。

店先には衣類や木製の食器、乾燥させた食べ物が並び、荷を運ぶ者や買い物をする者が行き交っている。ドレナとは比べものにならない人の多さだ。


崩れた建物も、薄くなった地面もない。

アルディナには、町としての営みがあった。


旧王立図書館は、高い塔と横長の建物がつながった造りをしていた。

中へ入ると、正面の受付に年配の女性が座っている。


「あの、この国の歴史について書かれた本はありますか?」

「歴史書なら二階だよ。階段を上がって、左奥の棚に並んでいる」

「王家があった頃のことも載っていますか?」

「古い時代のものは棚の奥だね」


女性に礼を言い、二階へ上がった。

壁沿いに本棚が並び、中央には長机が置かれている。教えられた棚には、厚い革表紙の本が隙間なく収められていた。


私には背表紙に書かれた本のタイトルは読めない。


「王家について書かれた本を探してもらえますか」

「分かった」


リゼルが棚の端から題名を確かめていく。ロアも短い題名なら読めるらしく、反対側から本を調べ始めた。


「これは歴代の王について書かれたものだね」


リゼルが一冊抜き、机へ運んだ。

開いた頁には、王冠をかぶった人物の絵と文章が記されている。


「何て書いてありますか」

「最初から読むと時間がかかるから、最後の方を見てみるね」


リゼルが頁をめくる。


「こっちは?」


ロアも一冊の本を机へ置いた。


「エルガ王城について書かれてるみたい。建物の工事の記録かな」


机の上に本が増えていった。

歴代の王家の名前。城を建て直した年。周辺の村から集められた作物や兵士の数。

関係のありそうな本を開いても、知りたいことはなかなか見つからない。


「王家が滅びた頃の記録は?」

「今、探してる」


リゼルが厚い本の後半を開き、頁を追っていく。

やがて、その指が止まった。


「これかな」

「何て書いてありますか」


「エルガ城に現れたものによって、王家は滅びた。そのものは、自らを始原と呼んだ……」

「始原?」


ロアが本をのぞき込む。


「その先は?」

「王族も兵士も、生き残った者はいないと書いてある。でも、何が起きたのかまでは載ってない」


ザロスという名前も、赤についての記述もない。

王家を滅ぼしたものが、自らを始原と名乗った。それ以上のことは分からなかった。

リゼルが次の頁を開く。


本の間から、折り畳まれた紙が机に落ちた。


「何か挟まってたよ」


リゼルは紙を広げると、首をかしげた。


「読めない」


渡された紙に書かれていたのは、この世界の文字ではない。

漢字の交じった日本語だ。


挿絵(By みてみん)


「大昔、エルガ城にいるものによって、王家は滅びた。

文献には、そのものを『始原』と書いている。

この世界には、少なくとも二体の始原が存在する。

始原は色を奪う。

世界の灰色化は、始原による色の喪失が原因と推測。

色には一定の相関、または順序がある。

要検証。


赤には青が通る。

青には橙が通る」


署名はない。


誰かに宛てた手紙ではなく、調べたことや自分の考えをまとめたメモのようだ。

文字の丸みや払い方が、ガルダ村の壁に残されていた紙と似ている。


「この字……ガルダ村の紙と同じに見えます」

「じゃあ、文香さんが書いたの?」

「同じ人が書いた可能性は高いと思います」


私はメモの内容を、最初から二人に読み聞かせた。


「始原が二体いるって書いてあるの?」

「はい。少なくとも二体と書いてあります」

「一体はザロスだろ」


ロアが言う。


「もう一体は、北境の砦にいたやつかもしれないな」

「そうかもしれません。最後に『青には橙が通る』とあります。文香さんも、あの青いものに会った可能性があります」


文香さんはザロスだけでなく、北境の砦にいた青いものについても調べていたのかもしれない。


始原は色を奪う。

この世界が灰色なのは、長い間、始原に色を奪われてきたからではないか。

メモには、そう記されている。


「『赤には青が通る』っていうのは?」


リゼルが紙をのぞき込む。


「この『通る』が何を指すのかは分かりません」

「北境の砦で俺が奪った色は、青だったな」


ロアが私に確認する。


「はい。あれの周囲にあったのは青です」

「まだ俺の中にある」


ロアの中には、北境の砦で奪った青が残っている。

だが、その青と、メモに書かれた「通る」がどう結びつくのかまでは分からない。


「文香さんは、何かを確かめたんでしょうか」

「分からないな」


ロアが答えた。


「そうですね。このメモだけでは判断できません」


リゼルが、紙の挟まっていた本を調べる。


「ほかにも何か残っているかもしれない」


ロアは机に積まれた別の歴史書へ手を伸ばした。


「全部確かめてみるか」


私は署名のないメモを机に置き、積まれた本の一冊を手に取った。

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