第3話 色の相関
翌朝、私たちはドレナの東門へ向かった。
見張り台の男が門脇の台に地図を広げ、道順を説明する。
「東門を出たら、最初の分かれ道を左、その次を右へ進め。その先にアルディナ西門を示す道標がある。そこで左手の細い道に入れば、西門前の橋へ出る」
リゼルが地図の上を指でたどった。
「橋を渡ればアルディナなんだね?」
「ああ。曲がるのは三か所だけだ。間違えるなよ」
ロアは地図を確かめてから畳んだ。
「借りてもいいか」
「持っていけ。古い地図だが、道は変わっていない」
男は水の入った革袋を渡し、私たちを順に見た。
「昨日のやつを見かけたら、すぐ町へ戻れよ」
「分かってる」
リゼルは短く答えた。
丘へ行っても、弟たちの手掛かりは見つからなかった。分かったのは、ザロスが今もエルガ王城の近くにいることだけだ。
私たちは男に礼を告げ、東門を出た。
街道の両側には、使われなくなった畑が続いている。区画を分ける石積みは崩れ、水路には砂と枯れた草がたまっていた。
最初の分かれ道で、ロアが地図を開く。
「ここは左だ」
右は、ガルダ村からドレナへ来た街道につながっている。私たちは左へ進んだ。
遠くにエルガ王城の塔が見えた。城壁も建物も、周囲の土地も赤い。灰色の景色の中で、そこだけがはっきりと色づいている。
リゼルは城を見たが、足を止めなかった。
次の分かれ道では、左の道の先にローデン丘の大木が見えた。昨日通った街道とは別の道だが、先で丘につながっているらしい。
「左はローデン丘か」
ロアが地図と道を見比べる。
「アルディナは右です」
私たちは右へ進んだ。
リゼルが一度だけ、丘へ続く道を振り返る。
「気になるか」
「そりゃ気になるよ。昨日は二人の手掛かりを何も見つけられなかったからね」
「そうだが、今行ってもできることはない」
「分かってる」
リゼルは前を向いた。
「だから調べに行くんでしょ。あれが何なのか、王城で何があったのか」
ガルダ村で見つけた紙には、ザロスが赤の始原であることと、近づくなという警告しか書かれていなかった。
始原という言葉の意味すら分からない。
北境の砦で出会った青いものには、ガラスペンの攻撃が効かなかった。
おそらくザロスにも同じ攻撃は通じないだろう。
「図書館では、何を探すの?」
リゼルが私を見る。
「まずは、この国の歴史です。王家が滅びた理由と、エルガ王城で何が起きたのかを調べます。ザロスについても記録が残っているかもしれません」
「文香さんも、ザロスのことを調べていたんだよね」
「多分。ガルダ村に残されていた紙には、ザロスの名前がありました」
「どこで調べたのかは分からない?」
「分かりません。今は自分たちで記録を探すしかありません」
リゼルはしばらく黙ってから、もう一度尋ねた。
「文香って、ユイナの知り合いなの?」
「会ったことはありません。私が一方的に知っているだけです」
「それでも追ってきたんだね」
「私の目標だった人です。それに、あの文字を残したのが本当に文香さんなのか、確かめたいんです」
「会えたら、ザロスのことも聞けるかもしれないね」
「はい。ほかにも何か調べているかもしれません」
文香さんが今どこにいるのか。
なぜ北境の砦やガルダ村にメモを残したのか。
なぜこの世界の文字ではなく、ひらがなで書いたのか。
何も分かっていない。
痕跡を見つけるたびに彼女に近づいている気はする。
それでも、本人の居場所を示すものは、まだ一つもない。
しばらくして、リゼルが口を開いた。
「私も、似たようなものかな」
「え?」
「二人が生きている証拠はない。でも、分からないままじゃ諦められない」
私は何も言えなかった。
文香さんと、行方の分からない二人の弟。
捜している相手は違っても、確かなものがないことは同じだ。
昼を過ぎた頃、崩れた石積みのそばで休憩を取った。
食事を済ませて先へ進むと、左へ分かれる細い道の前に道標が立っていた。
リゼルが刻まれた文字を読む。
「アルディナ西門。ここだね」
ロアも地図を確認した。
「この道だ」
細い道には、何本もの轍が残っている。左右には低木が増え、伸びた枝がところどころ頭上まで張り出していた。
向こうから来た荷車とすれ違い、さらに先へ進む。
やがて木々の間に川が見えた。
石造りの橋の向こうに、アルディナの城壁が延びている。正面の西門には、町へ入る荷車や旅人が順番に中へ入っていった。
橋を渡ると、門を守る兵士に呼び止められた。
「止まれ、町へは何の用だ」
「図書館に行きたいんです」
兵士は町の奥に見える塔を指す。
「あれが旧王立図書館だ。大通りを進めば分かる」
西門を抜けると、石造りの建物が並ぶ通りへ出た。
店先には衣類や木製の食器、乾燥させた食べ物が並び、荷を運ぶ者や買い物をする者が行き交っている。ドレナとは比べものにならない人の多さだ。
崩れた建物も、薄くなった地面もない。
アルディナには、町としての営みがあった。
旧王立図書館は、高い塔と横長の建物がつながった造りをしていた。
中へ入ると、正面の受付に年配の女性が座っている。
「あの、この国の歴史について書かれた本はありますか?」
「歴史書なら二階だよ。階段を上がって、左奥の棚に並んでいる」
「王家があった頃のことも載っていますか?」
「古い時代のものは棚の奥だね」
女性に礼を言い、二階へ上がった。
壁沿いに本棚が並び、中央には長机が置かれている。教えられた棚には、厚い革表紙の本が隙間なく収められていた。
私には背表紙に書かれた本のタイトルは読めない。
「王家について書かれた本を探してもらえますか」
「分かった」
リゼルが棚の端から題名を確かめていく。ロアも短い題名なら読めるらしく、反対側から本を調べ始めた。
「これは歴代の王について書かれたものだね」
リゼルが一冊抜き、机へ運んだ。
開いた頁には、王冠をかぶった人物の絵と文章が記されている。
「何て書いてありますか」
「最初から読むと時間がかかるから、最後の方を見てみるね」
リゼルが頁をめくる。
「こっちは?」
ロアも一冊の本を机へ置いた。
「エルガ王城について書かれてるみたい。建物の工事の記録かな」
机の上に本が増えていった。
歴代の王家の名前。城を建て直した年。周辺の村から集められた作物や兵士の数。
関係のありそうな本を開いても、知りたいことはなかなか見つからない。
「王家が滅びた頃の記録は?」
「今、探してる」
リゼルが厚い本の後半を開き、頁を追っていく。
やがて、その指が止まった。
「これかな」
「何て書いてありますか」
「エルガ城に現れたものによって、王家は滅びた。そのものは、自らを始原と呼んだ……」
「始原?」
ロアが本をのぞき込む。
「その先は?」
「王族も兵士も、生き残った者はいないと書いてある。でも、何が起きたのかまでは載ってない」
ザロスという名前も、赤についての記述もない。
王家を滅ぼしたものが、自らを始原と名乗った。それ以上のことは分からなかった。
リゼルが次の頁を開く。
本の間から、折り畳まれた紙が机に落ちた。
「何か挟まってたよ」
リゼルは紙を広げると、首をかしげた。
「読めない」
渡された紙に書かれていたのは、この世界の文字ではない。
漢字の交じった日本語だ。
「大昔、エルガ城にいるものによって、王家は滅びた。
文献には、そのものを『始原』と書いている。
この世界には、少なくとも二体の始原が存在する。
始原は色を奪う。
世界の灰色化は、始原による色の喪失が原因と推測。
色には一定の相関、または順序がある。
要検証。
赤には青が通る。
青には橙が通る」
署名はない。
誰かに宛てた手紙ではなく、調べたことや自分の考えをまとめたメモのようだ。
文字の丸みや払い方が、ガルダ村の壁に残されていた紙と似ている。
「この字……ガルダ村の紙と同じに見えます」
「じゃあ、文香さんが書いたの?」
「同じ人が書いた可能性は高いと思います」
私はメモの内容を、最初から二人に読み聞かせた。
「始原が二体いるって書いてあるの?」
「はい。少なくとも二体と書いてあります」
「一体はザロスだろ」
ロアが言う。
「もう一体は、北境の砦にいたやつかもしれないな」
「そうかもしれません。最後に『青には橙が通る』とあります。文香さんも、あの青いものに会った可能性があります」
文香さんはザロスだけでなく、北境の砦にいた青いものについても調べていたのかもしれない。
始原は色を奪う。
この世界が灰色なのは、長い間、始原に色を奪われてきたからではないか。
メモには、そう記されている。
「『赤には青が通る』っていうのは?」
リゼルが紙をのぞき込む。
「この『通る』が何を指すのかは分かりません」
「北境の砦で俺が奪った色は、青だったな」
ロアが私に確認する。
「はい。あれの周囲にあったのは青です」
「まだ俺の中にある」
ロアの中には、北境の砦で奪った青が残っている。
だが、その青と、メモに書かれた「通る」がどう結びつくのかまでは分からない。
「文香さんは、何かを確かめたんでしょうか」
「分からないな」
ロアが答えた。
「そうですね。このメモだけでは判断できません」
リゼルが、紙の挟まっていた本を調べる。
「ほかにも何か残っているかもしれない」
ロアは机に積まれた別の歴史書へ手を伸ばした。
「全部確かめてみるか」
私は署名のないメモを机に置き、積まれた本の一冊を手に取った。




