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畫界アルカディア  作者: 三島 唯奈
第6章 禁足地の丘
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第2話 ザロス

ザロスが大剣を支えに立ち上がった。


片膝をついていた体を起こし、人の三倍ほどある巨体が街道を塞ぐ。全身を覆う赤が、鎧の表面をゆっくりと流れている。肩や腕だけでなく、地面へ突き立てられた大剣まで赤に包まれていた。


ザロスは大剣を引き抜き、片手で肩に担いだ。伏せていた顔が、こちらを向く。


「戻るぞ」


ロアが来た道へ向き直り、私たちは走り出した。リゼルも黙って従う。弟たちが向かったかもしれない王城は目と鼻の先だったが、ザロスへ近づくのはやめた。


背後で重い足音が響く。

ザロスがこちらへ歩いてくる。


巨体が一歩進むたび、足元から赤が街道へ流れでた。覆われた敷石は色が薄まり、縁から崩れていく。砕けた欠片も地面には積もらず、次々と消えていった。


挿絵(By みてみん)


「あれがドレナに来たの?」


前を走るリゼルが尋ねた。


「分からない。今はとにかく逃げろ」


最後尾を走るロアが答えた。

北境の砦で会った青いものには、ガラスペンの攻撃が通じなかった。

ザロスに通用する保証もない。

文香さんの貼紙にも、戦い方は書かれていなかった。


あれは あかのしげん

なまえは ざろす

ちかよるな


今は、その警告に従うしかない。


ザロスの一歩は大きかった。私たちが何歩も走ったあと、背後で一度、足が地面を踏む。そのたびに街道が赤く染まり、薄くなって崩れていった。

丘の道が、岩壁に沿って右へ大きく曲がる。

リゼルと私は速度を落とさず角を曲がった。ザロスの姿が岩壁の向こうへ隠れる。


「止まるな。そのまま行け」


ロアが後ろから言った。

道はここから下り坂になる。ドレナへ続く街道は、丘を縫うように何度も折れ曲がっていた。

斜面を下り、次の曲がり角も抜ける。

やがて、ザロスの足音が聞こえなくなった。


ロアは走る速度を落とさない。


「石垣までこのまま止まるな」


道の先には、上ってくる途中で見た崩れた石垣がある。そこからなら、つづら折りになった上段の街道を確認できる。さらに丘を下り、石垣のそばでようやく足を止めた。丘の上までは、かなり離れている。


リゼルが石垣に手をつき、呼吸を整えた。


「もう追ってきてない?」

「確認する」


ロアが道の端から斜面を見上げる。岩の間から、上段の街道が一部だけ見えた。

そこにザロスが立っていた。

大剣を肩に担ぎ、こちらを向いている。ただ、それ以上は下りてこない。

しばらくすると、ザロスは向きを変えた。来た道を戻り、丘の上へ歩いていく。


その先には、赤に覆われたエルガ王城がある。


「ここから離れるぞ」


ロアが街道へ戻った。

リゼルはザロスが見えなくなるまで、上段の道を見ていた。


「弟たちも、あれを見たのかな」


グレンは、先に王城へ向かったフィンを追った。二人がこの丘まで来た可能性は高いが、その先は分からない。


「丘の向こうには行けなかったね」


リゼルが石垣から手を離す。


「あれがあそこにいる限り無理だ」

「分かってるよ。私まで消えてしまったら、二人を捜しに来た意味がないしね」


リゼルは丘に背を向けた。


「ドレナへ戻ろう。あれのことを、もっと知らないと駄目だ」


私たちは来た道を下った。

ドレナに着く頃には、日が大きく傾いていた。

昨日の男が門の近くで待っていた。私たち三人を見つけると、すぐに駆け寄ってくる。


「どうだった?」

「丘にいたよ。人の三倍くらいあって、大きな剣を肩に担いでた。あれが歩くと、周りが赤く染まっていった」


男は丘の方角へ目を向けた。


「城までは行けなかったんだな」

「行けるわけないよ。あれに見つかって、追っかけられたんだ」

「まあ、無事に戻ったなら、それでいい」


男は門を開け、私たちを町へ入れた。

見張り台の下にある小屋へ移り、水を受け取る。リゼルは椅子に座ってからも、何度か窓の外へ目をやった。


私は、ガルダ村で見つけた紙に書かれていた内容を男に伝えた。


「ガルダ村の紙には、あれが赤の始原で、ザロスという名前だと書かれていました」

「名前まで分かっているのか。だが、それだけでは何にもならないな」

「ザロスやエルガ王城について、何か記録は残っていませんか」

「この町にはない。ここにあるのはドレナの住民や土地の記録くらいだ。王家や城について調べるなら、アルディナへ行った方がいい」

「アルディナ?」


リゼルが顔を上げる。


「ここから東にある大きな街だ。昔の王立図書館が、そのまま残っている。王家が滅びる前の記録も、いくらか保管されているらしい」


文香さんがアルディナへ行ったかどうかは分からない。


アズレア大陸の北境の砦とガルダ村みたいに、アルディナに文香さんのメモがあるとは限らない。ただ、エルガ王城と、王家について調べられるなら、行く価値はある。


「ここから行けるの?」

「ああ。丘の南側を回り、東の街道へ入ればいい」


ロアが机の上の地図を見た。


「道を教えてくれ」


男がドレナからアルディナへの道順を示す。

リゼルも椅子を立ち、机に身を乗り出す。


「アルディナへ行ってみよう」


リゼルが地図を見ながら言う。


「ザロスのことも、王城のことも。何も分からないまま、もう一度あの丘へ行っても城へは辿り着けないと思う」


丘の先には進めず、グレンとフィンの手掛かりも見つからなかった。

分かっているのは、赤の始原の名と、近づいてはいけないということだけだ。


再び丘へ向かう前に、ザロスが何なのかを知る必要がある。

私たちは翌朝、アルディナへ向かうことにした。


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