第4話 ガルダ村跡
丘を下りながら、ロアは村の家々へ視線を走らせていた。
「あれが村にいるなら、丘の上からでも見えたはずだ」
「うん。家よりもずっと大きいからね」
リゼルも足を止め、村の奥へ目を向ける。
見渡す限り崩れた屋根が連なっているが、あれはどこにもいない。
「少なくとも、今は村の中にはいないみたい」
「だが、いつ戻ってくるか分からない。貼紙を確かめて、用事が済んだらすぐにここを出るぞ」
「分かってる。まずは共同倉庫まで案内するよ」
丘を下りきると、私たちは念のため、村の中央を突っ切るのを避け、畑を囲う柵に沿うようにして共同倉庫を目指すことにした。広がる畑には、収穫されることのないまま立ち枯れた作物が残されていた。支柱にからみついた茎はカラカラに乾いており、足で踏むたびに鈍い音を立てて砕ける。その奥には、戸を開け放ったままの民家が並んでいる。
人の声どころか、家畜の気配すらない。
リゼルは数歩進むたびに、村の外と家々の間へ注意深く目を配っていた。今は姿が見えなくとも、いつ戻ってくるとも限らないのだ。
「前に戻ってきたときも、誰もいなかったんですか?」
私が尋ねると、リゼルはうなずいた。
「うん。私みたいに必要な荷物を取りに来る人はいたけど、ここに残って暮らそうとする人はもういないよ」
そう言って、リゼルは目の前の家を指さす。
「あの屋根の端が崩れてる家……あそこは、前に来たときに既に壊れてた」
家の左半分は壁が崩落し、折れた柱と裸の床が剥き出しになっていた。室内に残されたままの机や椅子が、外から見えている。
ロアがその隣の家へ目を向けた。
「こっちはどうだ?」
「前は……ちゃんと家が建ってたのに」
隣の家は、家の土台は残っているが、建物は既になく、地面がむき出しになっていた。柱も家具もなく、ただ灰色の粉が土の上に積もっている。
村を襲ったあれは、リゼルが一度戻った後も、再びここへ現れたのだ。
「長居は禁物だな」
「分かってる。共同倉庫はもう少し先だよ」
畑の柵が途切れたところから、村の中へと足を踏み入れる。
通りには荷車が一台、放置されていた。片方の車輪が外れ、傾いた荷台から落ちた袋からは穀物がこぼれ出している。だがそれが拾われた形跡はない。
道の右手には、二本の太い柱で支えられた小さな鐘楼が見えた。
鐘の下には、ちぎれた綱が垂れ下がっている。
リゼルがその前で足を止めた。
「この鐘だよ。南の畑であれを見つけた人が鳴らしたんだ」
見上げると、鐘の表面にはいくつもの細い亀裂が走り、片側が削られたように薄くなっていた。それでも、村中へ危険を知らせたその鐘は、かろうじて原形を留めている。リゼルは垂れ下がる綱へ手を伸ばしかけたが、途中で止めた。
「……行こう」
鐘の脇を抜け、民家の間を進んでいく。開いたままの戸口の向こうに食器が並べてある家。庭に洗濯物が干されたままの家。少しでも荷物を持ち出そうとしたのか、玄関前に積み上げられた木箱。リゼルはどの家にも目を向けけたが、足を踏み入れようとはしなかった。
だが、村の中央へ近づいたところで、彼女の足取りが急に重くなった。
道の左側に、こじんまりとした家が建っている。屋根は半分ほど押し潰され、戸は外れ、窓枠の周囲も大きく崩れていた。リゼルはその家の前で立ち尽くしたまま動かない。
「……知っている家ですか?」
私がそっと尋ねると、彼女はしばらくの沈黙のあと答えた。
「……私の家だよ」
ロアが静かにその家を見つめる。
「寄っていかなくていいのか」
「帰る前に寄る。今は貼り紙が先」
リゼルは家から離れ、再び村の奥へと歩き出した。
私たちもその背中を追う。
共同倉庫は、周囲の民家よりも一回り大きな平屋建てだった。低い石壁の上に太い丸太柱が整然と並び、屋根も中央あたりまでは形を保っている。しかし、倉庫の正面へと続く道は途中から土の質感が変わり、中央が浅く窪んでいた。変化があったのは道だけではない。両脇を固めていた石垣も、倉庫へ近づくにつれて崩れ、途中で消え失せている。
「ここも、前来たときよりひどくなったね……」
リゼルは道の手前で身をかがめた。
「貼り紙を見つけたときは、普通に正面から入れたのに」
「正面から入るのは危険だな」
「裏へ回れるよ。畑側に搬入口があるから」
リゼルが案内し、倉庫の左手へと回り込む。崩れかけた建物から距離を保ちつつ、畑との境を通る。裏手の地面はしっかりとしており、頑丈そうな木製の扉もそのまま残っていた。
リゼルが取っ手に手をかけ、強く引き寄せる。
扉は軋んだ音を立てて半分ほど開いたが、床に散らばった木片に引っかかって止まった。ロアが隙間から腕を差し込み、邪魔な木片を脇へ押しやる。
大人が一人ずつ通れるだけの隙間が確保できた。
薄暗い倉庫の中には、倒れた棚と破れた袋がうずたかく積まれていた。床一面に穀物が散らばり、その上を小動物の足跡が横切っていた。
「貼り紙はどこに?」
「奥の壁。まだ残っていればいいんだけど……」
リゼルは足元の倒れた棚を慎重に避けながら進む。
突き当たりの壁に、一枚の紙が古びた釘で打ちつけられていた。
「これだよ」
リゼルが指し示した紙には、丸みのある文字が並んでいる。
――あの砦で見つけたものと同じ、私が読むことのできる文字だった。




