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畫界アルカディア  作者: 三島 唯奈
第5章 文香の痕跡
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第2話 ガルダ村の貼紙

「同じ字を、ガルダ村で見た」


女性はそう言うと、船着き場の出口へ目を向けた。

荷を積んだ車が行き来し、船を下りた人たちが役人の机を囲んでいる。

落ち着いて立ち話ができる場所ではない。


「ここじゃ邪魔になるね。少し移動しよう」


女性は倉庫が並ぶ方へ歩き出した。

私とロアも後を追う。


倉庫の裏には、木箱が雑然と積まれた狭い空き地があった。荷車の通る道から外れているため、船着き場よりは静かだ。女性は積み上げられた木箱の一つに腰を下ろした。


「私はリゼル。この先のガルダ村の生まれだ」


近くで見ても、やはり小さな子供にしか見えない。おさげにした髪も、小さな手足も、ミオリ村で見かけた子供たちと大差なかった。

けれど、汚れた外套の裾を払い、私たちと向き合う仕草にはどこか落ち着きがある。


「ロアだ」

「ユイナです」

「二人は、その字を書いた人を捜してるの?」


私は砦で見つけた紙を取り出し、リゼルへ渡した。


「探している人が書いたかどうかは分かりません。ただ、私の知っている文字なんです」


リゼルは紙を両手で受け取り、じっと見つめた。


「あの紙にも、こんな丸い字が並んでた。これと、この字もあったと思う」


指先が紙に書かれた文字をひとつずつなぞる。


挿絵(By みてみん)


形まで覚えているのなら、ただ似ているだけではなさそうだ。


「どこにあった」


ロアが尋ねた。


「村の北側にある共同倉庫だ。そこの壁に紙が打ちつけてあった」

「今もあるのか」

「最後に村へ行ったときにはあったよ。誰かに宛てて貼ったものなら、勝手にはがさない方がいいと思ってそのままにした」


私はリゼルから紙を受け取り、折り目に沿って丁寧に畳んだ。


「誰が貼ったかは見ていないんですね」

「見てない。ガルダ村が襲われて、みんなここへ逃げてきたんだ。そのあと村へ戻ったときに見つけた。逃げるときにはなかったと思う」

「……何に襲われたんですか」


リゼルは言葉を切り、少し声を落とした。


「人の形をした、大きなやつだよ」

「人?」

「人に見えた。でも、人間じゃない。家の壁を容赦なく壊して、逃げ遅れた人たちまで襲った。近づかれた人は体の色が薄くなって、端から崩れるように消えていった」


倉庫の隙間から、軒下に身を寄せ合う人々が見える。薄い毛布を敷いて横になる者や、配られた黒いパンの塊を子供に分け与える母親の姿があった。


「あそこにいるのは、ガルダ村の人だけじゃない。周りの村から逃げてきた人もいる。家を失って、船に乗れる日を待ってるんだ」

「そいつが、他の村にも現れたのか」


ロアが聞く。


「聞いた話だとね。ガルダ村を襲ったあとも、周辺をうろついているらしい。いつどこに出てくるか分からないから、村を捨てて逃げるしかなかったんだ」

「リゼルも船を待っているのか」

「私は待ってないよ。まだ大陸を出るつもりはない」


きっぱりと言い切ったあと、リゼルは私の手元にある紙に意識を戻した。


「その字、読めるんだよね」

「はい」

「ガルダ村の紙も読める?」

「同じ文字なら読めます」


リゼルは膝の上で両手を固く組んだ。しばらく黙り込んだまま動かない。


「……だったら、私も何が書いてあるのか知りたい」

「案内してもらえませんか。ガルダ村まで」


リゼルはすぐには答えなかった。私の服装や鞄を確認し、それからロアの腰にある剣を見やる。


「村までの道なら頭に入ってる。問題はそいつが今どこにいるかだ」

「村を襲ったやつに出くわさないようにしないとな」


ロアがつぶやいた。


「数日前に見かけた人がいる。ガルダ村へ向かう街道を横切って、西へ行ったらしい。昨日も、先へ進んだ荷車が命からがら戻ってきた」

「そいつが出たのか」

「道のど真ん中に立っていたそうだ。見つかる前に荷車を引き返させたけど、馬が一頭パニックを起こして逃げた。荷車の一部も色が薄くなってて、港に着く前にボロボロ崩れたそうだよ」


リゼルの語った現象は、北境の砦で見たこととよく似ていた。

ただ、アズレア大陸の砦で出会った『青いもの』とはまた別の存在のようだ。


「今も街道の近くに潜んでいる可能性があるんですね」

「だから、引き返すなら今のうちだよ」


リゼルが念を押し、ロアが私を見た。引き留めようとしているのではない。私がどう決断するかを待っているのだ。


「ガルダ村へ行きます」


私が即答すると、リゼルは少し意外そうに眉をひそめた。


「迷わないんだね」

「アズレア大陸の砦でこの紙を見つけてから、書いた人を追って海を渡ってきました。ガルダ村に同じ文字が残っているなら、確かめに行きたいです」

「村を襲ったやつに出くわすかもしれないよ」

「危険だと分かったら、村に着く前でも引き返します。手がかりのために、無茶をするつもりはありません」


リゼルは私をじっと見つめ、組んだ指に少し力を込めた。


「……分かった。案内する」

「いいんですか」

「私も紙の内容が知りたい。それに、しばらく村に戻ってなかったから、確かめたいこともあるんだ」


何を確かめるのかまでは言わなかった。


ロアが木箱の横に置かれたリゼルの荷物に視線を送った。

小さな布袋がひとつと、水筒代わりの革袋だけだ。


「案内料は払う」

「助かるよ。メシは自分でなんとかするから、着いてからでいい」

「先に半分渡す」


ロアは革袋から硬貨を出した。

リゼルは差し出された金を数え、二枚だけを受け取った。


「多いよ。村までは歩いて一日の距離だ」

「街道にあれがいるんだろ」

「危なくなったら迷わず引き返す。それでもいいなら受け取るよ」


ロアが静かにうなずいた。

二人のやり取りを見ているうちに、船を下りてから何も口にしていないことを思い出した。倉庫の角から、温かい湯気が立ち上っている。港の露店が木の椀に温かい汁を注ぎ、硬い黒パンと一緒に売っているようだ。


「何か食べながら話しませんか」


提案すると、リゼルも露店の方をちらりと見た。


「私はいいよ」

「私がお腹が空いているんです。二人だけで食べるのも気まずいですし」

「……分かったよ」


三人分を買い求め、木箱の周りに腰を下ろした。

スープには細かく刻んだ根菜が入っている。塩気は薄いが、船内で食べたカチカチの保存食に比べればずっと美味しかった。

リゼルはパンを汁に浸しながら、港を出たあとの道のりを説明してくれた。


「北門を出たら、内陸へ続く街道を進む。大きな岩が三つ並んでいる分岐に出たら、左だ。まっすぐだとこの大陸最大の都市アルディナに行ける」

「ガルダ村から逃げてきた人たちも、その道を通ったんですか」

「そうだね。でも今は崩落している場所もあるから、足元には気をつけた方がいい」


リゼルは椀の汁を飲み干した。


「明日の朝、北門で待ち合わせよう。暗いうちの出発はおすすめしない。崩れた足場を見落として落ちたら終わりだからね」

「分かりました」

「それと……ガルダ村で貼紙を読んだら、何が書いてあったか隠さず全部教えてほしい」


リゼルの声から、先ほどまでのくだけた調子が消えていた。


「書いた奴のことだけじゃない。どんな内容であってもだ」


私は砦の紙をしまった鞄をぎゅっと抱きしめた。


「約束します」


港では、大陸を離れる船に乗るため、人々が長い列を作っている。

明日、私たちはその人々が捨てて逃げてきた道を、内陸へと進む。

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