第7話 私の世界の文字を追って
翌朝、私たちは荷置き場で二つの背負子を受け取った。
布に包まれた中身は、皮と乾物だ。荷には四角い印を焼きつけた木札が結ばれており、ルセア港の北側にある倉庫でこれを見せれば、残りの報酬を受け取れるらしい。
私は小さい方を担ぎ、肩紐を締めた。砦へ運んだ荷よりは軽いが、背中から腰までをすっぽり覆う大きさがある。ロアは私の背中の荷に視線をやってから、気遣うようにこちらへ目を向けた。
「歩けるか」
「大丈夫です」
「無理なら言ってくれ」
「はい。今回は早めに言います」
以前、エルシアの町へ向かう道中で、私が限界まで我慢して足を痛めたことを覚えているのだろう。
私たちは南門を出て、灰野平原へ続く道を進んだ。
道には何台もの車輪跡が重なっている。北の砦に向かう道と違い、ここには行き交う荷車や旅人の姿があった。
昼を過ぎると、周囲の景色は畑から、低い草と乾いた土ばかりになった。そろそろ背負子の紐が肩へ食い込み始めている。
「少し休みたいです」
ロアは足を止め、道の脇へ寄った。
私が荷を下ろそうとしたとき、ロアがふいに右手を上げる。
「待て」
彼の視線の先には、乾いた草に囲まれた浅い窪みがあった。半分ほど土に埋まった壊れた車輪の奥から、丸い頭がのぞいている。
「虚だ」
窪みの中から、灰色の体がゆっくりと起き上がる。顔には、はっきりとした目や口はない。頭の前面に三つのくぼみが並び、長い両腕は膝の近くまで垂れ下がっている。
ロアは静かに自分の背負子を下ろす。
「荷を置け」
私も道の端へ背負子を置き、鞄からガラスペンを取り出した。虚が窪みを這い上がってくる。土に埋まっていた足を引き抜き、道へ踏み出した。
いつの間にか、ロアの全身は薄っすらとした青を纏っている。砦の前で見た時ほどではないが、体全体へ青が巡っている。
「青を使え」
私はペン先を虚へ向け、ロアへ意識を集中させた。ロアの体を巡る青の一部が流れ込み、手元の透明な軸を満たしていく。その時、虚が長い右腕を大きく振り上げた。
「ユイナ!」
私はガラスペンを大きく振るった。
ペン先から放たれた青が空中で渦を巻き、虚の体を包み込む。青が虚の体の輪郭をすり抜けて内側を染めていくと、淀んでいた体の表面が青色へと変わっていく。そして、青に染まった部分から細かな粒となってボロボロと剥がれ落ちていった。
虚は抗うように残った腕を振り回したが、すでにその腕も肩の付け根から崩れ始めている。胸から腹、そして両脚へと青は止まることなく広がり、やがて虚は輪郭すら保てずに形を失い、完全に消え去った。
私はガラスペンを下ろした。
「倒せました」
「ああ」
ロアは虚がいた窪みへ近づき、確かめるようにつぶやいた。
「砦にいた青いやつには通じなかった」
同じ青を使ったのに、結果は違う。
「あの青いやつは、崩れかけてもすぐに体が元に戻っていました。
虚には体を治す力がなかったからでしょうか」
「分からない」
ガラスペンの能力はまだまだ未知だ。
今回は倒せたが、次も確実に倒せるとは限らない。
背負子を担ぎ直し、私たちはさらに南へ進んだ。
日が傾くころ、道の先に半分だけ残った屋根が見えてくる。崩れた石壁と傾いた柱。以前、エルシアへ向かう途中で夜を明かした休憩所だ。
ロアが中を確かめる。
「誰もいないな」
壁際へ荷を下ろすと、肩に残った紐の食い込みがじんわりと痛む。壁へ手をつき、石の表面に刻まれた文字を見つめた。この世界の文字だから、やはり私には読めない。だが、ロアに教えてもらった内容は覚えている。
『水の音を追うな』
前に泊まった夜、平原のどこかから水の流れる音が聞こえた。あのときは、この世界にも川や湖があるのだと思っていた。だけど今なら、その意味がわかる。
水の音は、奪われた色が集まる音。
「前は意味がわからなかったけれど、これって水の音のする方へは近づくなという意味だったんですね」
「そうだな。青いやつの事まで知ってて書いたとは思えないが……北で行方不明者がたくさん出ていたから、『水の音がする北の方へは行くな』と警告したかったのかもな」
「でも素直にそう書けばいいのに。何か思わせぶりですよね」
壁の文字を残した人も、きっとあの音を聞いたのだ。
これは単なる道案内ではない。
青いものへ近づくなという、切実な警告だったのだ。




