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畫界アルカディア  作者: 三島 唯奈
第4章 青の始原
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第6話 砦で起きたこと

セイル市の作業門が見えてきた。

石壁の上に立つ見張りの姿や、開いた門から連なって出てくる荷車の車輪の音が聞こえる。人がいる。

砦を出てから何度か聞こえていたあの水音は、もうどこからも聞こえない。

門番が私たちに気づいた。


「砦へ行った二人か。たどりつけたのか」

「ああ」

「中はどうだった」


ロアは足を止めず、門の内側へ目を向ける。


「依頼主に先に話す」


門番はそれ以上追及せず、持っていた槍を引いて道を空けた。

荷置き場には、北へ運ばれるはずだった木箱や袋が積まれている。書状を預けた大柄な男は、荷車の前で運び手に指示を出していた。こちらの姿を認めると、男は途中で打ち切り、まっすぐに近づいてくる。


「無事戻ったか。返事は?」


私は鞄から書状を取り出した。


「渡せませんでした」


男は差し出された書状を受け取らず、私とロアの顔を交互に見る。


「どういうことだ」

「砦には誰もいなかった」


ロアが答えた。


「見張りも門番もいない。門は開いたままだった」

「どこかへ出ていたんじゃないのか」

「兵舎には外套や胸当てが残っていました。食べかけのパンや、使いかけの器も机に置かれたままでした」


私が事実だけを続けた。


「砦の奥で、兵士の遺体を一人見つけました」


男の表情が変わった。周囲にいる作業者たちを見てから、私たちを木箱の裏へ移動させる。


「最初から話してくれ。北の砦で何があった」


ロアが積まれた木箱に背を預ける。


「砦の手前で、何かに道を塞がれた」

「人じゃないのか」

「分からない。姿も立っている場所も、瞬きするたびに変わって見えた。近くにいるのかどうかさえわからなかった」

「そいつのまわりを、水のようなものが流れていました。水場がないのに、すぐ耳元で大量の水が流れる音がしていたんです」


男が眉を寄せる。


「どうやって砦まで行けたんだ」

「足元の道だけを見て進んだ。そのままそいつの横を抜けたら、砦が見えた」


ロアは自分が色を奪った事実も、私がガラスペンを使ったことは話さなかった。

男は腰に腕を当てたまま考え込む。


「倒れていた兵士は、何にやられたんだ」

「体が薄くなっていて、足の一部は崩れていました。身につけていた服も同じです。(うろ)にやられたときのような状態でした。ただそれだけじゃなくて砦の食堂では、机や椅子まで、薄くなって消えていました」

「壊された跡は」

「ありません」


私は手元の書状を見た。


「兵士だけがいなくなったわけではないと思います。服や武器、周りにあった物ごと消えていたんだと思います」


男はここでようやく私から書状を受け取り、裏の封が破られていないことを確かめてから袋へねじ込んだ。


「北へ行った連中が戻らないのも、これが原因かもしれないな」

「断定はできないがな」


ロアが答える。


「だが、今のまま人を向かわせるのは危ない」

「ああ。砦が空なら、荷を送る理由もない」


男は木箱から身を乗り出し、向こう側にいる運び手を大声で呼んだ。


「北行きの荷はそのままにしておけ。門の連中にも伝えてこい」


運び手が一人、指示を受けて走り出す。男は腰から硬貨の鳴る小袋を取り出し、ロアへ渡した。


「約束していた残りだ。書状は渡せなかったが、砦まで行って状況を持ち帰った。それで十分だ」


ロアが受け取り、革紐を解いて中身を確かめてから上着の奥へしまう。

私は鞄の奥から砦で見つけた紙片を取り出し、男へ見せた。


「もう一つ。砦でこれを見つけました。この字を見たことはありませんか」


男は顔を寄せ、文字を目で追う。


「読めないな」


顔を離しかけたところで、男の動きが止まる。もう一度、目を細めて紙を見た。


「待て。これに似た字を、前に見たことがある」

「どこでですか」


思わず身を乗り出して、


「覚えていること何でもいいので、教えてください」


男は腕を組み、荷置き場に並ぶ木箱へ視線を向ける。


「だいぶ前だ。ここで南へ送る荷を仕分けていたとき、こんな丸い字を書いた紙が貼ってあるのを見たことがある。荷札じゃなかったから、そのままにしたが」

「荷の行き先は覚えていますか」

「ああ。ルセア港だ」


挿絵(By みてみん)


ルセア港。

初めて聞く地名だ。


「誰の荷だったかまでは」

「そこまでは覚えてない。ただ、変わった形の字だったから、見たことだけは覚えている」


私は紙片を二つに折り、鞄の底へ戻した。

だいぶ前の荷なら、書いた本人が今もその港にいるとは限らない。それでも、その人を知る者や、次の行き先を聞いた者がいるかもしれない。


「ルセア港は、ここから遠いですか」

「大陸の南端だ。灰野平原を越えた先にある。大きな港だから、荷ならここからも毎日のように出ているぞ」


私はロアを見る。


「ルセア港へ行きたいです」

「行くなら、ついでに港へ運ぶ仕事を受けるか」


そのまま男へ向き直った。


「ルセア港行きの荷はあるか」


男が太い指で、荷置き場の南側に積まれた木箱の山を指す。


「明日の朝に出す分がある。運ぶ気があるなら頼みたい」


砦で見つけた文字が、初めて聞く地名につながった。

次に向かう場所は、ルセア港だ。


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