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畫界アルカディア  作者: 三島 唯奈
第1章 灰色の村
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第9話 小屋を出る朝

目を開けると、壁の隙間から灰色の光が差し込んでいる。

病室のまっすぐな天井でも、自分の部屋の見慣れた壁でもない。粗い板の継ぎ目と、そこに詰まった土のようなもの。隙間から入ってくる外の明るさは、朝の光のはずなのに、黄色みを含んでいない。

やっぱり、戻っていない。

寝起きでぼんやりしていた頭に、昨夜の記憶が少しずつ浮かんでくる。土の床。古い布。入口の近くに座っていたロア。灰色の火。外で鳴った草の音。

夢ではなかった。

昨日も同じことを思った。村で目を覚ました朝にも、灰色の空を見て、同じように思ったけれど、二度目の朝になっても、まだどこかで、目を開けたら病室の天井が見えるかもしれないと期待していたらしい。壁の隙間から入る灰色の光を見ているうちに、その期待も少しずつ消えていく。


体を起こすと、背中と腰が少し痛む。

床が硬かったせいで、体が重い。足に巻いた布は片方だけ少しほどけていて、足首のあたりがゆるくなっている。ワンピースの裾はもうほとんど乾いているが、膝の裏や髪の先はまだ少し冷たい。

腰の袋に手をやる。

布越しに、細いガラスペンの軸が指に当たる。目立つことをするな。持ってるものも隠したほうがいい。ロアの言葉を思い出し、私はもう一度袋の口を確かめる。

入口の方を見ると、布が半分ほど持ち上げられている。

昨夜の火は黒い炭として残っていて、近づくとわずかに熱がある。


入口の外で、何か音がした。

私は顔を上げた。布が揺れ、ロアが中をのぞく。

昨夜と同じ服。暗い赤茶色に見えるはずの髪も、この灰色の朝の中ではほとんど色を失って見える。けれど、村の人たちの完全な灰色とは違っている。


「起きたか」

「……はい」


声が少しかすれる。

ロアは入口の横に置いていた浅い器を手に取り、小屋の中へ差し入れる。中には灰色の水が入っている。昨日、水場で見たものと同じだ。

私は器を受け取る。

水がわずかに揺れ、自分の顔が映る。髪だけが、灰色の水の中でかすかに青緑に見える。村の子どもが言った「色」は、たぶんこれなのだろう。


私は水を口に含む。水場から汲んできたばかりなのか、舌に冷たさが広がる。灰色だからといって味が変わるわけではない。最初の村で飲んだときのように、ためらうことはなかった。ためらわず飲めたことで、自分がこの世界に染まり始めているんだなと感じた。


「足はどうだ」


ロアが言った。

私は器を膝の上に置き、足元を見る。水場で洗って乾かしたはずの布は、小屋へ戻る間にまた泥がついている。


「痛いです。でも、歩けないほどではありません」


言ってから、昨日ロアが「早めに言ってくれ」と言ったことを思い出す。


「……痛くなったら、言います」


ロアは私の足元を見る。


「巻き直すか」

「はい」


私は布の端をほどこうとして、うまくいかずに指を止める。昨日、村の女性が巻いてくれたときは簡単そうに見えたのに、自分でやると布がどこで折り返されていたのか分からない。

ロアは入口に片膝をつき、自分の足元にあった別の細い布を使って、折り方だけを示す。


「布を足の裏に回して、かかとの後ろで交差させる。それから足首の上で締めるんだ」


教え方は、思ったより丁寧だった。

私はそれを真似する。一度目はゆるすぎた。三度目で、どうにか歩けそうな形になった。


「それでいい」


ロアが言った。

大げさなことではない。足布を巻き直しただけだ。それでも、昨日は村の女性に全部やってもらったことを、今日はどうにか自分の手で直せた。歩き出す前に、私はその結び目をもう一度指で押さえる。

小屋の外へ出ると、空はやはり灰色だ。

木立の間から見える空は、昨日より明るい。枝の形も、葉の重なりも、水場の岩の輪郭も見える。けれど、そこに色はない。


水場の水も、灰色のままだ。私は器を持って水場へ近づき、冷たい水で顔を軽く洗う。水面に映る髪の色から目をそらし、小屋へ戻る。

ロアは小屋の前で、火の跡を片づけている。

炭をそのままにするのではなく、土をかぶせ、小さく残った熱を消している。


挿絵(By みてみん)


「火は、消していくんですか」

「残すと、目立つからな」

「虚、ですか」


ロアは少しだけ外の木立を見るが、それ以上は言わない。

ロアは残った枝を二つに分け、軽い方を小屋の中へ戻す。


「また、誰かが使うんですか」

「使うかもしれない」

「知らない人が?」

「俺たちみたいなのが、いつ来るか分からないからな」


この世界では、名前も知らない誰かが残した乾いた枝で、別の誰かが夜を越すのかもしれない。安全な場所ではない。でも、誰かが夜を越すための場所だった。

私は包みを取り出す。昨夜食べ残した硬い灰色の塊が、布の中に残っている。


「歩く前に食べておいたほうがいい」


ロアが言った。


「はい」


私は欠片を口に入れる。硬い。薄い穀物のような味がして、口の中が乾く。水を飲む。

ロアも、別の小さな欠片を食べている。彼は食べるのが早い。味わうでもなく、ただ必要だから口に入れている。けれど、私が見ていることに気づくと、手を止める。


「どうした」

「いえ……ちゃんと食べるんだと思って」


ロアは眉一つ動かさず、


「腹が減れば動けなくなる」

「そうですよね」


あの灰色のものを退けたロアも、朝になれば硬い食べ物を噛み、水を飲む。ロアも普通に腹を空かせるのだと、今さらのように思う。

食べ終えると、ロアは立ち上がる。


「行こう」


私は袋を肩からかけ直し、ガラスペンの先がのぞいていないか確かめる。包みは胸元に抱え、足元の布の結び目を指で押さえる。


「今日は、どこへ行くんですか」


ロアは木立の向こうを見る。


「平原を抜けて、エルシアの町まで行く」


エルシア。聞き慣れない名前だ。


「……町ですか」


「ああ。その足じゃ、長くは歩けないだろう」


白いワンピースの裾は汚れ、足の布は靴とは呼べない。


「町には、靴がはあるんですか」

「ある。服も、あれば買おう」

「お金は、あるんですか」

「少しならある」

「足りなかったら?」

「何か仕事を探す」


ロアの顔を見れば、詳しく話すつもりがないことは分かる。村の近くに現れるものを遠ざけ、水や食料をもらう。町での仕事も、私が想像するような穏やかなものではない気がした。


「古い道が残っている」


ロアは平原の方へ視線を戻す。


「そこを通る。森の中を歩き続けるよりはましだ」


ロアにとっては、特別な出発ではないのだと思った。火を消し、枝を分け、水を汲み、歩く前に食べる。ロアがいつも選んでいる道に、今日は私がついていくだけなのだ。

それでも、足は痛むかと聞かれ、水を飲めと言われ、服や靴を買うと言われた。そのことを、ありがたいと思えばいいのか、申し訳なく思えばいいのか、まだ分からなかった。


小屋の外に出ると、風が冷たい。

木立の葉が揺れ、灰色の小さな影が地面に落ちる。

私は一度、小屋を振り返る。

低い屋根。傾いた壁。入口にかかった古い布。昨夜、あの中で何度も目を覚ました。外の音に怯え、袋の上からガラスペンを確かめ、火が小さくなったときには枝を足した。

ここに残っても、次の朝に空が青くなるわけではない。

私は息を吸い、ロアの方へ歩き出す。足の布で地面の小枝を踏むと、乾いた音がする。昨日より痛みは少ない。


ロアは先に歩いている。

私を振り返らない。けれど、木立の入り口で一度だけ速度を落とした。私が追いつくと、また歩き始める。

信じたわけではない。

安心したわけでもない。

けれど、昨夜、ロアと同じ火のそばで夜を越したことだけは、なかったことにはならない。

木立の先には、昨日見た灰色の平原がある。その向こうには、エルシアの町がある。そこへ無事に着けるのかも、どれだけ歩くのかも分からない。


二度目の朝も、世界は灰色のままだ。

私はその灰色の中を、前を歩くロアのあとについて歩き出す。

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