第5話 エルメア港の船探し
エルメア港へ向かう途中、私たちは街道沿いの宿で何度か夜を過ごした。
ロアの腕の傷は、まだ完全には治っていない。セレンが毎日手当てをしており、痛みも少しずつ和らいできているらしい。
「ロア、船に乗る頃には傷もよくなっているといいですね」
「ああ。だいぶ良くなってきたから、心配するな」
「今度は無理しないでくださいね」
「分かってる。傷が治るまでは、腕に負担をかけないようにするよ」
馬車と馬四頭を運べる船は限られているため、すぐに出航できるとは限らない。何日か待つことになっても、その間にロアの傷がもう少し良くなるかもしれない。
できるだけ早くリゼルさんに会いたいけれど、今は急ぎすぎない方がいいのかもしれない。
*
昼を過ぎた頃、私たちはエルメア港のある町へ入った。
通りを進むにつれ、潮の匂いが強くなってくる。
「そろそろ海が見える頃だよ」
御者台からカレンの声が聞こえた。
エマは待ちきれない様子で窓に顔を近づけている。
やがて、建物の間から海が見えてきた。
「あっ!海だ!」
エマが嬉しそうに声を上げる。
港には大きな船が何隻も停泊していた。
以前、ロアと二人でここへ到着したときは、船を降りてセレンを探すことだけを考えていた。今日は、これから海を渡るための船を探しに来ている。
「お母さん!あの船に乗るの?」
「まだ決まってないよ。まずは馬車と馬を運んでくれる船を探さないとね」
「大きい船なら乗れるんじゃないの?」
「大きければいいってものじゃないんだよ。馬が安全に乗り降りできるかどうかも大事だからね」
私には、どの船なら馬車を運べるのか見当もつかない。
ここはカレンに任せるしかなさそうだ。
*
私たちは港の近くで宿を取り、馬車と馬を預けた。
「さて、船を探しに行こうか」
私たちは、カレンが知り合いから紹介された商人を訪ねた。
港の商館へ入り、カレンが紹介者の名前を伝えると、奥の部屋へ案内された。
しばらくして、年配の商人が現れた。
「お待たせしました。船をお探しだそうですね」
「ああ。ネレイ港まで渡りたいんだ。大人四人と子ども一人、それから大型馬車一台と馬が四頭いる」
「馬車と馬四頭ですか。普通の客船では無理でしょうね」
商人は机から帳面を取り出し、何枚かページをめくった。
「ネレイ港へ向かう船はいくつかありますが、馬を運べる船となると限られます」
商人は帳面を確かめながら、しばらく考えていた。
「数日後に出航する貨客船なら、馬を載せる設備があります。大型の荷物も運べますから、馬車も積めるかもしれません」
「馬車も一緒に運べるなら助かるね」
「ただ、大きさと重量によりますので、船長に確認する必要があります」
「なら、その船を見せてもらえないかい?実際に確かめてから決めたいんだ」
「構いませんよ。ちょうど港に停泊していますから、ご案内しましょう」
*
商人に案内されて岸壁へ出ると、目当ての船は少し離れた場所に停泊していた。
以前、私とロアが乗った客船よりも大きく、甲板では何人もの船員が荷物を運んでいる。
「馬車は船に備え付けられた吊り上げ装置で積み込めます。馬は専用の渡し板を使って乗せることになります」
商人の説明を聞き、カレンが尋ねた。
「馬を置く場所も見せてもらえるかい?」
「ええ。船長に確認してきます」
しばらくして商人が戻り、私たちは船内へ案内された。
馬を置く場所には、一頭ずつ繋いでおける区画が設けられていた。床には滑りにくい板が敷かれ、隣の馬とぶつからないよう仕切りもある。
カレンは通路の幅や仕切りを確かめてから、船長に話しかけた。
「航海中、馬の世話はどうするんだい?」
「餌と水はこちらで用意できますが、普段から世話をしている方がいるなら、その方に見てもらった方が馬も安心するでしょう」
「だったら、あたしが面倒を見るよ。馬たちは知らない人だと警戒するからね」
「構いません。ただし、海が荒れているときは、こちらの指示に従っていただきます」
「ああ。それはもちろんさ」
カレンは船が揺れた場合の対策についても確認していた。
私はその様子を見ながら、改めてカレンの頼もしさを感じた。
私たちだけで来ていたら、何を確認すればいいのか分からなかっただろう。
「馬車についても確認したいね」
カレンが言うと、船長はうなずいた。
「実物を見せてもらえれば判断できます。寸法だけでは、積み込みの際に問題が出ることもありますから」
「馬車は港の近くの宿に預けてあるんだ。そこまで来てもらえるかい?」
「ええ。今日の作業が一段落したら伺いましょう」
*
港から宿へ戻ってしばらくすると、船長が商人と一緒にやって来た。
船長は馬車の寸法を測り、重量についてカレンに確認した。
私は少し離れたところで、その様子を見守った。
もし積めなければ、また別の船を探さなければならない。
やがて、船長が顔を上げた。
「これなら積めると思います。大きさも重量も問題なさそうです」
「そうかい。よかったよ」
カレンが安心したように笑った。
「馬四頭についても、先ほど見ていただいた設備で運べます。ただし、出航前には馬の状態を確認させてください」
「ああ。もちろんだよ」
これで、馬車と馬を運べることが確認できた。
私たちは商人と一緒に商館へ戻り、正式な料金について話し合った。
「馬車一台と馬四頭、それに五名分の乗船料ですから、かなりの金額になります」
商人が提示した金額を聞いて、私は驚いてしまった。
普通の客船で海を渡る場合と比べても、ずっと高い。
「……セレン、本当に大丈夫ですか?」
隣に座るセレンへ小声で尋ねると、彼女は笑った。
「大丈夫だよ。思っていたくらいの金額だから」
料金には馬車と馬の運搬費用のほか、乗船中の食事や馬の飼葉代も含まれていた。
カレンも追加で必要になる費用がないことを確認し、私たちはその船を利用することに決めた。
セレンが手付金を支払うと、商人が説明を始めた。
「出航は三日後を予定しています。ただし、天候によっては遅れる場合もありますので、その点はご了承ください」
「分かりました」
「積み込みは出航の前日に行います。馬車と馬を連れて、指定した時間までにお越しください」
カレンが日時を紙に書き留めた。
これで、ルヴェリアへ渡る船が決まった。
*
宿へ戻る頃には、夕方になっていた。
カレンは馬たちの様子を確かめに行き、エマもそのあとをついていった。
私とセレンは部屋で船の書類を確認していた。
「やっと決まりましたね」
「うん。カレンがいてくれて助かったよ。馬車のことは私だけじゃ判断できなかったからね」
「そうですね。私も、あんなにいろいろ確認する必要があるとは思いませんでした」
セレンは書類を鞄へしまった。
ロアは窓際の椅子に座り、港の方を眺めている。
「リゼルさんたち、今もドレナにいるでしょうか」
「手紙にはそう書いてあったな。俺たちが着くまでいてくれるといいんだが」
「はい……」
リゼルから手紙が届いて、ようやくルヴェリアへ戻ることになった。
グレンに会えるのは嬉しい。
けれど、フィンについては、まだ何も分からない。
リゼルが直接話したいと書いていたことも気になっている。
ロアが私の方を向いた。
「ユイナ、今から心配しても仕方がない。会ってから聞こう」
「……そうですね」
私はうなずいた。
船の出航までは、あと三日。
もう一度、ルヴェリアへ。
今度はロアと二人だけではない。
セレンも、カレンも、エマも一緒だ。
出航の日が、少し待ち遠しくなった。




