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畫界アルカディア  作者: 三島 唯奈
第13章 再会と旅立ち
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第6話 出航

 船が決まった翌日、私たちは出航に向けた最後の準備を進めた。

 馬車に積んでおく荷物と、船室へ持ち込む手荷物を分ける。着替えや身の回りのもののほか、私はガラスペンケースとリゼルの手紙を鞄に入れた。


 セレンも大切な研究資料を選び、航海中も手元に置けるようにしている。

 カレンは馬たちのために必要なものを買い揃え、商人から伝えられた積み込みの時間をもう一度確かめていた。


 ロアは腕の傷がまだ治りきっていないため、重い荷物を運ぶ仕事は任せられない。でも、自分の荷物を整理したり、私たちの準備を手伝ったりしてくれた。


 そうして一日を過ごし、翌朝、いよいよ馬車と馬を船へ積み込む日になった。


     *


 朝食を済ませると、私たちは宿に預けていた馬車で港へ向かった。

 二日前に商人から紹介された貨客船が、岸壁に停泊していた。


 船の周囲では、すでに多くの作業員が荷物を運んでいる。大きな木箱や樽が次々と船へ積まれ、船員たちの声が聞こえてくる。


 カレンが馬車を指定された場所へ進めると、船長が近づいてきた。


「お待ちしていました。まずは馬車を積み込みますので、馬を外していただけますか」

「ああ。分かったよ」


 カレンは四頭を順番に馬車から外し、船員が用意した場所へ連れていった。

 私も外した装具をまとめるのを手伝った。エマには作業員たちの邪魔にならないよう、ロアと一緒に少し離れた場所で待ってもらうことにした。


 馬車の準備が整うと、作業員たちが車体の下へ太い縄を回していく。

 船長が縄の位置を確かめ、吊り上げ装置を動かすよう指示した。

 やがて馬車の車輪が地面から離れ、ゆっくりと持ち上がっていった。


「わあ! 馬車が飛んでる!」


 エマが驚いた声を上げる。

 私も初めて見る光景に、しばらく見入ってしまった。


挿絵(By みてみん)


 作業員たちは別の縄で向きを調整しながら、慎重に船の上へ運んでいった。

 カレンも黙って作業を見守っている。あの馬車は、カレンにとって大切なものだ。無事に積み終わるまでは心配なのだろう。


 やがて馬車が甲板へ下ろされ、船員たちが車輪と車体を固定し始めた。

 しばらくして、船長が戻ってきた。


「馬車は問題なく積めました。航海中に動かないよう、しっかり固定してあります」

「ありがとう。助かったよ」


 カレンは安心したように笑った。


「それじゃ、次は馬たちだね」

「ええ。渡し板の準備はできています。順番に乗せましょう」


     *


 馬を乗せるため、岸壁と船の間には幅の広い渡し板が設けられていた。

 カレンは船員と乗せる順番を相談し、まずブラムを連れていくことにした。


「さあ、ブラム。行こうか」


 カレンが手綱を引くと、ブラムは渡し板を歩き始めた。

 船員がそばについて見守る中、ブラムはカレンに連れられて船へ上がっていく。


 続いてミスト、ノア、ベルも順番に乗船した。

 乗船した四頭は、船員に案内されて馬用の区画へ連れていかれた。


「みんな乗れたね!」


 エマが嬉しそうに言った。


「そうだね。よかったね」


 積み込み作業が終わったあと、私たちも馬たちの様子を確かめに行くことになった。二日前に見せてもらった馬用の区画には、すでに四頭が別々に繋がれている。


 床には敷き藁が用意され、近くには水を入れた桶も置かれていた。

 カレンはブラムから順番に身体を確かめ、脚や首に怪我がないか調べていた。


「みんな大丈夫そうだね。よく頑張ったよ」

「お母さん、私もベルを撫でていい?」

「ああ。ゆっくり近づくんだよ」


 エマはベルのそばへ行き、首に手を当てた。


「ベル、船に乗れたね!」


 ベルはエマの方へ頭を寄せた。


「ふふっ。くすぐったいよ」


 エマが笑った。

 カレンもその様子を見て笑っている。


「今日からは船の中で過ごすことになるからね。ちゃんと世話をしてやらないと」

「私もお手伝いする!」


「もちろんさ。でも、船の中では勝手に馬たちのところへ行っちゃ駄目だからね」

「分かってるよ!」


 エマはそう答えながら、ベルの首を撫で続けていた。

 船員から航海中の世話について説明を受け、カレンは飼葉の置き場所や水の補充方法を確かめた。


 出航までは船員が馬たちを見てくれることになり、カレンも明日の朝、早めに船へ来ると約束した。私たちは四頭に別れを告げ、宿へ戻ることにした。


 港を離れる前に、私はもう一度船を振り返った。

 カレンの馬車も、四頭の馬も、すでにあの中にいる。


 昨日までは、きちんと運べるのか心配だったけれど、これで海を渡るための準備は整った。

 明日は、いよいよ出航だ。


     *


 翌朝、私たちは宿を引き払った。


 カレンは馬たちの様子を確かめるため、一足先に港へ向かっている。

 私とロア、セレン、エマは手荷物を持ち、少し遅れて宿を出発した。


 港へ着くと、貨客船の周囲では出航の準備が進められていた。

 船員たちが積み荷を確かめ、甲板では帆を広げるための作業が始まっている。


「いよいよですね」


 私が言うと、セレンが笑った。


「そうだね。このところ船旅が続くけど、今度は昔住んでいたルヴェリアへ戻るから、少し楽しみだよ」

「アルディナの先生にも会えますね」


「うん。久しぶりに顔を見せたいな。君たちが先生に会ったときの話も、ちゃんと聞いてみたいしね」

「私も、もう一度先生にお礼を言いたいです」

「きっと喜ぶと思うよ。ユイナの傷がどうなったかも、気にしているだろうしね」


 私たちはそんな話をしながら、乗船する人たちの列へ並んだ。

 船員が乗客の名前を確かめ、一人ずつ船へ案内している。


 やがて私たちの順番になった。

 船へ上がるための渡し板を前にして、エマが足を止めた。


「……ユイナ」

「どうしたの?」


「私、ここを歩くの?」

「うん。船員さんもそばにいるから大丈夫だよ」


 エマは渡し板を見て、それから私の手を握った。


「一緒に行ってもいい?」

「もちろん。ゆっくり歩こうね」


 私はエマと手をつなぎ、渡し板へ足を踏み出した。

 足元からは、水が船体に当たる音が聞こえてくる。


 エマは最初こそ慎重に歩いていたけれど、何歩か進むと少し余裕が出てきたらしい。


「ユイナ、昨日はブラムたちもここを歩いたんだよね」

「そうだよ。四頭ともちゃんと渡れたんだから、エマも大丈夫だね」

「うん!」


 エマは笑いながら、私と一緒に船へ上がった。

 そのあとからロアとセレンも乗り込んでくる。


 甲板にはすでに何人もの乗客がいて、船員から船室の場所を教えられていた。

 私たちも案内に従い、まずは手荷物を置きに行くことにした。


     *


 船室は、セレンの家の部屋や、これまで泊まってきた宿の部屋に比べると狭かった。寝台と荷物を置く場所があり、航海中はここで休むことになるらしい。


 私は鞄を置き、ガラスペンケースとリゼルの手紙がきちんと入っていることを確かめた。ロアも自分の荷物を置いてから、包帯の巻かれた腕を軽く動かしていた。


「ロア、腕は大丈夫ですか?」

「ああ。昨日も重いものは持っていないし、痛みはほとんどないよ」


「それならよかったです。でも、船の中でも無理しないでくださいね」

「分かってる。しばらく剣を使うこともないだろうし、傷を治すにはちょうどいいと思う」


 ロアが笑った。


 確かに、船の中では戦うようなこともないはずだ。

 ルヴェリアへ着く頃には、もう少し傷が良くなっているといい。


 私たちが荷物を片づけていると、廊下からエマの声が聞こえてきた。


「ユイナ! お母さんが戻ってきたよ!」


 扉を開けると、エマがカレンと一緒に立っていた。


「馬たちは大丈夫だったよ。今朝もちゃんと餌を食べてたし、落ち着いてるみたいだね」

「よかったです」

「ああ。船が動き出したらまた様子を見に行くつもりだけど、今のところは心配なさそうだよ」


 カレンは船室の中を覗いた。


「荷物は片づいたかい? そろそろ出航するみたいだから、甲板へ出てみないかい」

「はい。私も見たいです」

「私も!」


 エマが元気よく手を上げた。

 私たちは船室を出て、甲板へ向かった。


     *


 甲板へ出ると、港の様子がよく見えた。


 岸壁では最後の積み荷が運び込まれ、船員たちが出航の準備を進めている。

 エマは手すりのそばまで行こうとしたが、カレンに呼び止められた。


「エマ、あまり端へ寄るんじゃないよ。あたしのそばにいな」

「はーい!」


 エマはカレンの隣へ戻り、それでも嬉しそうに港を眺めている。


「ユイナ、船って、どのくらいで動くの?」

「もうすぐだと思うよ。ほら、あそこで船員さんたちが準備してるから」


 甲板の上では、船員たちが太い縄を扱っていた。

 やがて船長の指示する声が聞こえ、岸壁に繋がれていた縄が外され始めた。


 大きな帆が少しずつ広がっていく。

 船体がゆっくり動き、岸壁との間に隙間ができた。


「あっ! 動いた!」


 エマが声を上げる。

 私も手すりにつかまり、港を眺めた。


 船はゆっくりと岸壁から離れていく。

 さっきまで目の前にあった建物が少しずつ遠ざかり、停泊しているほかの船との距離も開いていった。


「すごい! お母さん、海の上を進んでるよ!」

「そうだよ。これからネレイ港まで海を渡るんだからね」


「ブラムたちも一緒なんだよね!」

「ああ。ちゃんと船の中にいるよ」


 エマは嬉しそうに笑い、再び港の方を眺め始めた。

 カレンも娘の隣に立ち、遠ざかっていく岸壁を見ている。

 私は少し離れたところで、ロアと並んでいた。


「また海を渡ることになりましたね」

「ああ。前にネレイ港を出たときは、しばらくルヴェリアへ戻ることはないと思ってたよ」

「私もです。まさか、こんなに早く戻ることになるなんて……」


 あのときは、リゼルが港まで見送りに来てくれた。

 弟たちを探すために、自分はルヴェリアに残ると言っていた。


 私たちはリゼルと別れ、アウレスタへ渡った。

 それから何か月もの時間が過ぎた。

 あの人は、その間も弟たちを探し続け、ついにグレンを見つけたのだ。


「リゼルさん、私たちが来るのを待ってくれているでしょうか」

「手紙にはドレナにいると書いてあった。多少時間がかかったとしても、会えると思うよ」

「そうですね」


 私は遠ざかっていく港を見た。

 グレンが生きていたことは、本当に嬉しい。


 でも、フィンについては、まだ何があったのか分からない。

 リゼルが直接話したいと書いていたことも、ずっと気になっている。


 ただ、今は考えても答えが出ない。

 まずはルヴェリアへ戻り、あの人たちに会うことだ。


「ユイナ!」


 エマが私を呼んだ。


「こっちに来て! 港がどんどん小さくなってるよ!」

「うん。今行くね!」


 私はロアと一緒に、カレンたちのところへ向かった。

 エマは遠くなっていく港を指さしながら、楽しそうに話している。


 セレンも隣で笑い、カレンは娘が身を乗り出さないよう気をつけながら、その話を聞いていた。

 最初にロアと二人で旅を始めた頃は、こんなふうに仲間が増えて、一緒に海を渡ることになるなんて思ってもいなかった。


 あれからいろいろな場所へ行き、多くの人と出会った。

 危険なこともあったけれど、今はこうして五人で旅を続けている。


 やがて船は港を抜け、広い海へ出た。

 周囲には、どこまでも海が広がっている。


 私は手すりにつかまり、進行方向を眺めた。

 この海の向こうには、ルヴェリアがある。


 もう一度、あの大陸へ。

 私たちを乗せた船は、ネレイ港へ向けて進んでいった。

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