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畫界アルカディア  作者: 三島 唯奈
第13章 再会と旅立ち
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第3話 海を渡った手紙

 黄の使徒たちとの戦いを終えた翌朝、私たちは王都を出発した。


 昨夜はカレンとセレンが交代で見張りを続けてくれたが、幸い、使徒たちが再び現れることはなかった。


 でも、危険がなくなったわけではない。


 レグルスとセラフィンは正気に戻ったように見えたけれど、二人が王城でどうなったのか、私たちには分からない。ルシエルについても、命令から解放されたのかどうか確かめられていない。


 私たちは宿を引き払い、荷物をカレンの馬車へ運び始めた。


「ロア、そっちの荷物は私が運ぶから、あんたは先に馬車へ乗ってな」


 宿の前で、カレンがロアの手から荷物を受け取ろうとした。


「これくらいなら持てる」

「持てるかどうかじゃないよ。昨日あれだけ腕を斬られたんだ。傷口が開いたらどうするんだい」

「……分かった。頼む」


 ロアは素直に荷物を渡した。

 いつもなら自分で運んでしまうところだろうけれど、昨日の傷はかなり深い。包帯の巻かれた腕を見ると、私も心配になる。


「ロア、本当に大丈夫?」

「ああ。今は痛みも落ち着いている。ユイナも腕を無理に動かすなよ」


「私はかすり傷ですから」

「傷は傷だろ」


 そう言われてしまうと、言い返せなかった。

 私たちが話している間に、カレンは荷物を馬車へ積み終えた。エマは車内の荷物を端に寄せ、私たちが座る場所を空けてくれていた。


「みんな、準備はいいね?」


 御者台に座ったカレンが振り返った。


「はい。お願いします」

「じゃあ、出すよ」


 四頭の馬が歩き始め、馬車はゆっくりと動き出した。

 私は窓から王都の建物を眺めた。


 エルディンを探すために訪れた王都だったが、結局、彼が何者なのかは分からないままだ。王城では確かに本人と会って話した。でも、城の人たちは彼のことを知らないと言う。


 使徒たちに私たちを襲わせたのが誰なのかも、分かっていない。

 エルディンは、いったい何者なのだろう。


「ユイナ、まだ気になる?」


 隣に座るセレンが声をかけてきた。


「……はい。エルディンさんのこと、何も分からないままですから」

「私も気になってるよ。文香と一緒に会ったこともあるし、今回だって私たち三人が実際に話をしたんだからね」


 セレンは窓の外へ顔を向けた。


「でも、今の王城へ戻るのは危険すぎる。使徒たちが何者かに命令されていたなら、その相手はまだ城にいるかもしれないから」

「そうですね……」

「エルディンについては、別の場所から調べる方法を考えよう。今は無事にエリンフォードへ戻ることが先だよ」


 私はうなずいた。

 これ以上、誰かに怪我をしてほしくない。


 隣で腕をかばっているロアを見れば、今は無理をするべきではないことも分かる。

 馬車は王都の門を抜け、エリンフォードへ続く街道を進んでいった。


   *


 道中、カレンは何度か馬車を止めて休憩を取ってくれた。

 四頭の馬を休ませている間、セレンは私とロアの傷を確認してくれた。


「ロアは、しばらく剣を振らない方がいいね。傷口が開いたら、治りが遅くなるよ」

「分かった。気をつける」


「本当に頼むよ。君はすぐ無理をするから」

「……そんなつもりはないんだが」


 セレンが苦笑した。

 私も少し笑ってしまったけれど、ロアには早く治ってほしいと思う。


 エマは休憩の間、馬たちに水を飲ませるカレンの手伝いをしていた。私も何かできないかと思ったけれど、カレンから座っているように言われてしまった。


 でも、ずっと馬車の中にいるより、外へ出て身体を動かせるだけで気分が違う。再び走り始めた馬車の中で、エマが私の隣へ座った。


「ユイナ、今度はどこへ行くの?」

「まだ決まってないんだ。エリンフォードへ戻ってから、みんなで相談しようと思ってるよ」


「じゃあ、しばらくセレンのお家にいるの?」

「どうかな……。あの家も、もう安全とは言えないから」


 エマは少し残念そうな顔をした。


「私、あのお家、好きなんだけどな」

「そうなの?」

「うん。お部屋もいっぱいあるし、本もいっぱいあったから」


 確かに、セレンの家には本や研究資料がたくさん置かれていた。

 エマにとっては、あれだけ本が並んでいる場所が珍しかったのかもしれない。


「またゆっくり来られるといいね」

「うん!」


 エマが笑った。


 その顔を見ながら、私はこの先の旅について考えた。

 文香さんを見つけるために、これからも旅を続けなければならない。


 けれど、次にどこを調べればいいのか、はっきりしていない。

 王城でエルディンに会えたのに、結局、彼が何者なのかも、始原についての新しい手掛かりも得られなかった。


 どこから調べ直せばいいのだろう。


   *


 エリンフォードへ戻ると、私たちはセレンの家へ向かった。

 以前、この家の近くではセラフィンとルシエルに襲われている。カレンには少し離れた場所に馬車を止めてもらい、私とロア、セレンの三人で家の様子を確かめることにした。


「二人とも、怪我してるんだから無茶するんじゃないよ」


 カレンが御者台から声をかける。


「分かっています。何かあれば、すぐに戻ります」


 私が答えると、カレンはうなずいた。


「こっちはいつでも動けるようにしておくからね」


 私たちは馬車を離れた。

 周囲を警戒しながら家へ近づいたが、怪しい人影は見当たらなかった。ロアは家の周囲を確かめてから、私たちのところへ戻ってきた。


「今のところ、変わった様子はないな」

「そうだね。じゃあ、中へ入ろうか」


 セレンが鍵を取り出し、玄関の扉を開けた。

 家の中は、出発したときのままだった。


 しばらく留守にしていたためか、室内には少し埃がたまっている。けれど、家具が動かされたような跡もなく、荒らされた様子は見られなかった。


「よかった。誰かに入られた形跡はなさそうだね」


 セレンはそう言って、室内を確かめ始めた。

 私も以前使わせてもらっていた部屋を覗き、置いてきた荷物がそのまま残っていることを確認した。


 そのとき、玄関の方からセレンの声が聞こえた。


「……あれ?」


 戻ってみると、セレンが何通かの郵便物を手にしていた。


「留守の間に届いていたみたい。しばらく確認できなかったからね」


 セレンは封筒を一通ずつ確かめていたが、そのうちの一通で手を止めた。


「ルヴェリアからだ……」

「ルヴェリア?」


 私が近づくと、セレンは差出人の名前を読み上げた。


「リゼル……という人からなんだけど、ユイナ、知ってる?」

「えっ? リゼルさんですか?」


「うん。知り合い?」

「はい! 前に一緒に旅をした人です!」


 ロアも私の隣へ来た。


「リゼルから手紙が届いたのか」

「そうみたいだね。宛先は私になっているけど、君たちの知り合いなら、二人への連絡かもしれない」


 私たちは居間へ移り、テーブルを囲んだ。

 セレンが封筒を開けると、中には折り畳まれた二枚の手紙が入っていた。


「まず、私宛ての方を読ませてもらうね」


 セレンは一枚を広げ、文章を読み始めた。

 しばらくして、顔を上げる。


「なるほど。以前、君たちと一緒に旅をしていた人なんだね。今は二人がどこにいるか分からないから、私のところへ手紙を送ってくれたみたい」

「でも、どうしてセレンの住所が分かったんだ?」


 ロアが尋ねた。


「アルディナで、私の先生に会ったって書いてある。先生から住所を聞いたんだろうね」

「アルディナの先生……」


 私も思い出した。


 ザロスとの戦いで負傷したあと、私を治療してくれた女医だ。

 リゼルは、あの先生を訪ねたらしい。


「それで、こっちが君たち宛ての手紙だよ」


 セレンがもう一枚を広げた。


「私が読んでもいい?」

「お願いします」


 セレンは手紙を読み始めた。


『久しぶりね。二人とも元気にしていますか。

 私は今、ドレナへ戻って、ガルダ村の復興を手伝っています。

 実は、グレンが見つかりました。フェルド村で再会できたの。今は私と一緒に暮らしています。』


「……えっ?」


 私はセレンを見た。


「グレンさんが……見つかったんですか?」

「そう書いてあるよ」


 ロアも驚いた様子で、手紙を見ている。


「生きていたのか……」


挿絵(By みてみん)


 私たちは、リゼルと一緒にグレンやフィンの行方を探していた。

 ガルダ村にも、エルガ王城にも行ったけれど、二人がどうなったのかは分からなかった。ザロスを倒したあとも、何の手掛かりも見つからなかったのだ。


「よかった……。本当に、よかったですね」


 リゼルの顔が浮かんだ。


 ネレイ港で別れたとき、あの人は一人でも弟たちを探し続けると言っていた。

 そのリゼルが、グレンと再会できたのだ。


「セレン、続きをお願いします」

「うん」


 セレンは手紙へ戻った。


『フィンについても、分かったことがあります。

 フィンのことは、できれば直接会って話したいと思っています。』


 私はそこで少し気になった。


 グレンが見つかったのなら、フィンも一緒だったのだろうか。

 でも、手紙にはフィンが見つかったとは書いていない。


 直接会って話したいというのも、何か事情があるからなのかもしれなかった。

 ロアも何か考えているようだったが、何も言わなかった。


 セレンが続きを読む。


『グレンから聞いたのですが、フィンを見つけたあと、あの赤い化け物に向かっていったそうです。私は、その化け物がザロスだったのだと思っています。


 でも、グレンは向かっていったあとのことを何も覚えていません。次に気がついたときには、フェルド村にいたそうです。


 今も身体の周りに赤いものが残っていて、洗っても消えません。本人は普通に生活していますが、何が起きたのか分からないままです。


 ザロスと直接戦った二人なら、何か知っていることがあるかもしれないと思っています。』


 セレンが読み終えると、私はロアの顔を見た。


「グレンさん、ザロスに向かっていったんですね……」

「ああ。だが、そのあとの記憶がないのか」

「それに、身体の周りに赤いものが残っているって……」


 ザロスの赤が人間にとってどれほど危険なのか、私たちは知っている。

 あの赤に触れれば色を奪われ、身体を崩されることさえある。

 なのに、グレンは普通に生活できているらしい。


「セレン、こんなことってあるんでしょうか?」

「実際に本人を診てみないと分からないよ。そもそも、身体の周りに残っているものが何なのかも分からないからね」

「そうですよね……」


 セレンは手紙を持ったまま、少し考えた。


「でも、気になるね。ザロスに向かっていったあとから記憶がないというのも、その身体の状態も」

「ザロスが崩れたあと、人間くらいの大きさの赤い身体が残っていたが、翌日には消えていた」


 ロアが言った。


「はい。あれはザロスの死体だと思っていましたけど……」


 あのとき残っていた赤い身体と、今もグレンの身体の周りに残っているという赤いものには、何か関係があるのだろうか。


 どうやって生き延び、フェルド村へたどり着いたのだろう。

 セレンは最後の部分を読み上げた。


『二人が文香さんを探して旅を続けていることは分かっています。

 だから、無理にとは言えないけれど、もし来られるならドレナまで来てもらえませんか。

 グレンにも二人を会わせたいし、私も久しぶりに顔が見たいです。

 返事がすぐにもらえなくても大丈夫。私はドレナで暮らしながら、ガルダ村の復興を手伝っているので、こちらへ来てくれたら会えると思います。

 身体には気をつけてね。

 リゼル』


 手紙を読み終えたセレンが、私たちを見た。


「どうする?」


 私はすぐには答えられなかった。

 リゼルに会いたい。


 グレンが無事だったことも嬉しいし、直接会って話を聞きたい。

 でも、私たちは文香さんを探して旅をしている。


 ようやくアウレスタまで来たのに、今度はまた海を渡ってルヴェリアへ戻ることになる。


「……ロアは、どう思いますか?」


 ロアは少し考えてから答えた。


「行った方がいいと思う」

「そうですか?」

「ああ。リゼルには世話になった。弟が見つかったなら俺も会いたいし、何が起きたのか本人から聞いてみたい」


 ロアはセレンの持つ手紙を見た。


「それに、俺たちがザロスを倒したことと、グレンが生きていたことに何か関係があるのかもしれない。今の情報だけでは分からないが」

「……そうですね」


 セレンもうなずいた。


「私もルヴェリアへ行くことには賛成だよ。グレンの身体は、一度ちゃんと調べてみたい」

「でも、文香さんを探す旅が……」

「今のところ、次の行き先は決まっていないでしょ? 王都で調べようとしていたエルディンのことも、すぐには進められそうにないしね」


 確かに、その通りだった。


 文香さんを探すことは諦めたくない。

 でも、だからといって、ずっとアウレスタにいなければならない理由もない。


「……私も、リゼルさんに会いたいです」


 口にすると、自分の気持ちがはっきりした。


「一緒に旅をして、何度も助けてもらいました。グレンさんが見つかったのなら、直接お祝いも言いたいです。それに、フィンさんのことも気になります」

「じゃあ、決まりかな」


 セレンが微笑んだ。

 私はうなずいた。


「はい。ルヴェリアへ戻りましょう」


   *


 私たちはカレンとエマを家へ呼び、届いた手紙のことを話した。


 リゼルやグレンのことは、以前の旅で知り合った人たちだと説明する。

 カレンは最後まで話を聞いてから、腕を組んだ。


「なるほどね。じゃあ、今度は海を渡ってルヴェリアへ行くってことかい」

「はい。できれば、みんなで行きたいと思っています」


「もちろん、あたしたちも一緒に行くよ。ただ、馬車をどうするか考えないとね」

「馬車ですか?」


「そうさ。あたしたちだけなら普通の客船でも行けるだろうけど、馬車と馬が四頭いるんだよ。船なら何でもいいってわけにはいかない」


 そうだった。


 カレンの馬車は大きいし、馬も四頭いる。

 海を渡るなら、馬車を運べる船を探さなければならない。


「そういう船もあるんでしょうか?」

「大型の輸送船か、荷物も積める貨客船があるよ。ただ、どこの港から出ているか、いつ乗れるかは調べないと分からないね」

「じゃあ、船のことは私に任せてくれる?」


 セレンが申し出ると、カレンは首を横に振った。


「船の手配なら、あたしがやるよ。昔から商売でいろんな港を使ってきたからね。こういうのは慣れてるんだ」

「そうだったね。じゃあ、お願いしようかな」


「ああ。馬たちを運ぶとなれば費用もかかるから、そこは覚悟しておいておくれよ」

「もちろん。必要な費用はこちらで負担するよ」


 カレンがうなずいた。

 その隣で話を聞いていたエマが、私の服を引っ張った。


「ユイナ、海って大きいの?」

「うん。とっても大きいよ」


「どのくらい?」

「向こう岸が見えないくらいかな」

「ええっ!そんなに?」


 エマが驚いた顔をした。


「エマは、船に乗るの初めて?」

「うん! 楽しみ!」

「こら、エマ。まだ船が決まったわけじゃないんだよ」


 カレンが注意すると、エマは少し口を尖らせた。


「だって、海を見たことないんだもん」

「まあ、港へ行くことにはなるだろうから、海は見られるさ」


 そう言われて、エマは嬉しそうに笑った。

 私もその顔を見て笑った。


 船の手配も、馬車の運搬も、まだこれからだ。

 でも、次に向かう場所は決まった。


 私はセレンが机に置いた手紙をもう一度手に取った。

 文字は読めないけれど、リゼルが私たちのために書いてくれた手紙だと思うと、懐かしい顔が浮かんできた。


 ネレイ港で別れたとき、あの人は弟たちを探すために一人で残ると言った。

 あれから何か月も経っている。


 リゼルは、その間も諦めずに探し続けたのだ。

 そして、ようやくグレンと再会できた。


 私も、またリゼルに会える。

 フィンのことや、グレンの身体に何が起きているのか、心配なことはある。


 けれど、まずは二人に会って話を聞きたい。

 私は手紙を丁寧に折り畳み、封筒へ戻した。


 もう一度、ルヴェリアへ。

 前に海を渡ったときはロアと二人だけだったけれど、今度はセレンも、カレンとエマも一緒だ。


 私たちは、五人で海を渡ることになった。


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