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畫界アルカディア  作者: 三島 唯奈
第13章 再会と旅立ち
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第2話 ザロスの大剣

 フィンの墓を離れ、グレンと一緒に街道へ向かった。


 丘の斜面を下りながら、私は一度だけ振り返った。さっきまでいた場所は草に隠れ、もう墓標は見えない。でも、次に来るときは迷わず行けると思う。


「姉さん、足元に気をつけてな」

「うん。大丈夫」


 グレンが少し先を歩き、石の多いところを避けながら道を選んでくれる。


 街道へ戻ると、ローデン丘の大木が目に入った。

 以前、ユイナとロアと一緒に歩いた場所だ。


 あの二人がザロスを倒した翌日、私たちはエルガ王城へ向かった。その途中で、奇妙なことがあったのを思い出した。


 ザロスの死体が消えていたのだ。


 戦いが終わったあと、ザロスの巨大な身体は崩れ、人間ほどの大きさの死体が残ったとユイナから聞いている。


 ところが翌日、同じ場所を通ったときには、どこにも見当たらなかった。

 あのときは王城へ向かうことを優先し、詳しく調べずに通り過ぎてしまった。


 私は足を止めた。


「……そういえば」


 グレンが振り返る。


「どうした?」

「少し、確かめたい場所があるの」


「どこだ?」

「ユイナたちがザロスと戦ったところ。大木の向こう側なんだけど」


 私は以前通った道を指した。


「ザロスを倒したあと、死体が残っていたらしいの。でも、翌日にはなくなってたんだって」


「死体が?」

「うん。ユイナもロアも、不思議がってた」


 グレンは私の指した方へ顔を向けた。


「ザロスの死体か……」


「そう。あのときは何も分からなかったけど、今なら何か手掛かりが見つかるかもしれないと思って」

「……そうだな。俺も見ておきたい」


 グレンがうなずいたので、私たちは大木の方へ歩き始めた。


 街道の石畳は、ところどころ割れたままになっている。大きな亀裂が走り、石が浮き上がっている場所もあった。


 周囲には、今も赤が残っている。


 ザロスがいなくなったからといって、侵食された土地がすぐに元へ戻るわけではない。赤が消えていくには長い年月がかかる。今すぐ取り除くなら、ロアの力が必要だ。


 私は赤の残る場所を避け、侵食されていない石畳を選んで進んだ。


「姉さん、この辺りで戦ったのか?」

「そうだよ。私がここへ来たときには、もう戦いは終わってたけどね」

「そうか……」


 グレンは周囲を見回した。


「俺は、あいつに向かっていったところまでは覚えてるんだ。でも、そのあと何が起きたのか、どうしても思い出せない」


「ここを見たら、何か思い出せそう?」

「今のところは何も。でも、もう少しこの辺りを見てみるよ」


 グレンは割れた石畳を見下ろした。

 しばらく周囲を確かめていたが、やがて首を振った。


「……駄目だな。何も思い出せない」

「無理に思い出そうとしなくていいよ」

「ああ。分かってる」


 グレンは少し笑った。


 私は大木の向こう側へ回った。

 以前通ったときの景色を思い出す。


 ユイナが死体のなくなった場所を調べ、ロアも周囲を確かめていた。


 割れた石畳。

 地面に残った赤。

 あのときと、ほとんど変わっていない。


「確か、この辺りだったと思う」


 私は足を止めた。

 ザロスの死体があったという場所を、少し離れたところから確かめる。


 当然、死体は見当たらない。

 周囲にも、何かを運び出したような跡は残っていなかった。


「……やっぱり、何もないね」


 グレンが隣に立った。


「ここに死体があったのか?」

「ユイナたちはそう言ってたよ。でも、私が来たときにはもう消えてたの」


 私は大木の方へ目を向けた。


 あれからずいぶん時間が経っている。当時の痕跡が残っているとは限らないけれど、何も分からないままなのは気になる。


「誰かが運んでいったのかな」

「あんな大きな化け物の死体をか?」


「残っていたのは、人間くらいの大きさだったらしいよ」

「そうなのか……」


 グレンは地面を見た。


「それなら運べなくはないだろうけど、誰がそんなことをしたんだろうな」

「分からない。そもそも、本当に誰かが運んだのかどうかも……」


 そこまで話したところで、少し先の赤いものが目に入った。


 割れた石畳のそばに、細長いものが横たわっている。

 地面に残る赤と重なっていたため、最初は気づかなかった。


「あれ……?」


 私は目を凝らした。


「グレン、あそこに何かある」


 弟が私の指した方を見た。


「剣……か?」

「ちょっと待って。あれ、前にも見たような……」


 私は足元の赤を避けながら、近くへ回り込んだ。

 地面に横たわっていたのは、大きな剣だった。


 幅の広い刃と、長い柄。

 普通の人間が使う剣よりも、ずっと大きい。


 刀身そのものが赤く、その表面をさらに別の赤が覆っている。

 私はすぐに思い出した。


「……ザロスの剣だ」

「これが?」

「うん。あの化け物が持ってたものだと思う」


 以前、ここを通ったときにも大剣が落ちていた。

 あのときは死体が消えていたことばかり気になって、剣のことは詳しく調べなかった。


 けれど、この形には見覚えがある。

 ただ、一つ気になることがあった。


「……でも、おかしいな」

「何が?」

「こんなに小さくなかったはずなの」


 目の前の大剣は、グレンほど身体の大きな人なら扱えそうな長さだった。


 しかし、ザロスが使っていたのは、人間の何倍もある巨体にふさわしい巨大な剣だ。倒されたあとに地面へ残っていたものも、今よりずっと大きかったと覚えている。


「小さくなったってことか?」

「そう見えるよ。前はもっと大きかったもの」


 グレンは大剣を確かめた。


「別の剣ってことはないのか?」

「形は似てるし、落ちてる場所も同じだから……」


 私は周囲を見回した。


 ほかに武器らしいものはない。

 これほど特徴のある剣が、偶然同じ場所へ置かれていたとは考えにくかった。


「たぶん、同じ剣だと思う」

「そうか。でも、どうして大きさが変わったんだろうな」

「誰かが何かしたのかもしれないけど……」


 そう口にしてから、私は大剣をもう一度見た。

 こんな武器の大きさを変える方法なんて、私には分からない。


 グレンも不思議そうに剣を見ていた。

 そして、何かに気づいたように自分の腕へ目を向けた。


「姉さん。この剣を覆ってるもの、俺の身体にあるのと似てないか?」

「え?」


 私はグレンの腕と大剣を見比べた。

 グレンの肌は普通の人間と同じように見える。


 ただ、その身体の外側は、赤に覆われている。

 剣も同じだった。


 刀身そのものが赤いだけでなく、その表面をさらに赤が覆っている。


「……本当だ。同じように見えるね」

「だろ?」


 グレンは自分の手を開いた。


「俺の身体に何が起きてるのか、この剣を調べれば何か分かるかもしれないな」

「そうかもしれないけど……」


 私は大剣を見た。


 ザロスの赤は、人間にとって危険なものだった。

 それが今も剣に残っているのなら、安易に触るべきではない。


「グレン、気をつけてね」

「ああ」


 弟はうなずいてから、剣のそばにしゃがんだ。


「……持ってみてもいいか?」

「えっ?」


「この大きさなら、俺にも扱えそうだ」

「でも、それ、あの化け物の剣だよ?何が起きるか分からないよ」


 グレンは剣と自分の腕を見比べた。


「そうだな。でも、俺の身体にも同じような赤があるだろ。関係があるなら、確かめてみたいんだ」


 グレン自身も、自分に何が起きたのか分からないまま暮らしている。


 その理由を知りたいと思うのは当然だろう。

 けれど、私はまだ不安だった。


「……少しでもおかしいと思ったら、すぐに手を離してね」

「ああ。分かってる」


 グレンは大剣の柄に手を伸ばした。

 私は離れた場所から、その様子を見守った。


 弟の大きな手が柄を握る。

 しばらく、そのまま動かなかった。


「グレン?」

「ああ。大丈夫だ」


 グレンは立ち上がりながら、大剣を持ち上げた。


 幅の広い刃が地面から離れる。

 弟は両手で柄を握り直し、剣を身体の前で構えた。


挿絵(By みてみん)


「……持てたな」

「大丈夫? 痛くない?」

「ああ。何ともないよ」


 グレンは自分の手を確かめた。

 剣に触れたところも、変わった様子は見られない。


 私はほっとした。


「でも、無理しないでね」

「ああ。ちょっと重さを確かめてみるよ」


 グレンは私から十分に距離を取り、周囲に人がいないことを確認した。

 それから、両手で大剣を構え直した。


 大きな刃が、ゆっくりと動く。

 グレンは剣を肩の高さまで持ち上げ、斜めに振り下ろした。


 続けて構えを変え、今度は横へ振る。

 私は思わず見入ってしまった。


 あれほど大きな剣なのに、グレンの動きは滑らかだった。

 グレンは以前、傭兵として働いていた。武器の扱いには慣れている。


 それにしても、初めて握ったとは思えないほど自然に振っていた。

 グレンはもう一度剣を構え、刃先の向きを確かめてから動きを止めた。


「どう?」


 私が尋ねると、グレンは少し驚いたように笑った。


「……驚いたな。俺が使うには、ちょうどいい大きさだ」


「そんなに?」

「ああ。重さも問題ない。これなら普通に戦えるよ」


 グレンは大剣を片手で持ち直し、もう一度柄を確かめた。


「そんなに大きかったなら、俺には扱えなかっただろうな」

「そうだね……」


 私は大剣を見た。


 グレンのために作られたような大きさ。

 そして、グレンの身体と同じように赤で覆われている。


 どうしてこんな剣が、ここに残っているのだろう。

 グレンは大剣を地面へ下ろし、もう一度自分の手を確かめた。


「持っても、何も起きなかったな」

「うん……」


 私は剣の赤を見つめた。


 グレンには何の異変もない。

 けれど、それだけで安全な剣だとは言い切れなかった。


「ほかの人には、まだ触らせない方がいいと思う」

「そうだな。俺もそのつもりだよ」


 グレンはうなずいた。


   *


「姉さん、この剣、持って帰ってもいいと思うか?」


 しばらくして、グレンが尋ねた。


「ドレナへ?」

「ああ。ここに置いて帰るより、手元にあった方が調べられるだろ」


 私は大剣を見た。


 確かに、グレンの身体との関係が分かるかもしれない。

 でも、ザロスが使っていた武器を町へ持ち込むことには、少し抵抗があった。


「……危なくないかな」


「分からない。でも、俺が持っても何も起きなかったし、ほかの人には触らせないようにするよ」

「そうだね。それなら……」


 私は少し考えてから、うなずいた。


「持って帰ろうか。ユイナとロアが来てくれたら、見てもらえるかもしれないし」

「ああ。俺も二人に聞いてみたい」


 グレンは大剣を持ち上げた。


 先ほど確かめたとおり、重さに苦労している様子はない。

 グレンは刃先を下へ向けて大剣を持ち直し、私の方を見た。


「帰ろうか、姉さん」

「うん。ちょっと待ってね」


 私は墓を作るために借りてきた道具をまとめ直した。

 そのとき、道具を包んでいた厚手の布が目に入った。


「グレン、剣の刃はこれで包んでおこう」

「ああ。そうだな」


 私は布をグレンに渡した。

 グレンは大剣を地面に置き、刃の部分に布を巻いて、ほどけないようにしっかり結んだ。


「帰りは、私が荷物を持つよ」

「大丈夫か?」


「墓標はもう立ててきたし、道具だけなら平気だよ」

「じゃあ、頼む」


 私は道具を持ち、グレンと一緒に街道へ戻った。


 大剣は、弟が普通に持ち歩ける重さだった。

 ただ、布で包んだとはいえ、刃が大きいので、人や物に当たらないよう注意する必要がある。


 グレンは周囲を確かめながら、私と並んで歩いた。

 しばらく進むと、大木が遠ざかっていく。


 私はフィンのことを思い出した。

 今度来るときは、家の修理がどこまで進んだか、あの子に話してあげよう。


「姉さん?」


 グレンがこちらを見た。


「ごめん。フィンのこと考えてた」

「そうか」


「また来たいね」

「ああ。俺も来るよ」


 私はうなずき、グレンと並んで歩き始めた。

 そのあと、街道の脇で少し休憩をとった。

 グレンは大剣を人が通らない場所へ置き、私から水筒を受け取った。


「それにしても、今日は思わぬものを見つけたな」

「本当だね」


 グレンは大剣へ目を向けた。


「この剣のこと、ユイナたちなら何か分かるかな」

「うん。会えたら聞いてみよう」


 私たちは休憩を終え、ドレナへ向かって歩き始めた。


   *


 ドレナの北門が見えてきたのは、夕方だった。

 町へ近づくにつれて、行き交う人の姿が増えてくる。


 グレンは布で包んだ大剣の刃先を下へ向け、人とすれ違うときには十分に距離を取っていた。

 門の近くまで来ると、朝に会った見張りの男が気づいた。


「おお、戻ったか。墓は作れたのか?」

「はい。グレンと二人で作ってきました」

「そうか。そりゃよかったな」


 男はうなずいたが、グレンの持つ大剣を見ると表情を変えた。


「……おい、何だ、その剣は?」

「ローデン丘で見つけたんです」


「ずいぶん大きな剣だな。そんなものが落ちてたのか?」

「はい。持ち帰って調べてみようと思っています」


 男は大剣を見ながら、眉を寄せた。


「危ないものじゃないだろうな?」

「俺が持つ分には問題ありません。ただ、ほかの人には触らせないようにします」


「そうか。宿の人にもちゃんと話しておけよ」

「分かりました」


 男は私たちを門の中へ通してくれた。


「気をつけて帰れよ」

「ありがとうございます」


 礼を言って、私たちは町へ入った。


 夕方の通りには、仕事を終えて帰る人たちがいた。

 グレンは大剣を持っているため、いつもより目立っている。


 すれ違う人の中には、足を止めて剣を見る者もいた。

 私たちは人通りの多い道を避け、少し遠回りして宿へ向かった。


 宿に着くと、まず主人に事情を説明した。

 変わった大剣を持ち込むことに主人は驚いていたが、ほかの客が触れないようにすることを条件に、部屋へ置くことを認めてくれた。


 グレンは大剣を部屋の奥へ運び、倒れないように置き場所を確かめた。

 私は荷物を下ろし、椅子に腰を下ろした。


「……今日は疲れたね」

「ああ。思っていた以上に長い一日だったな」


 グレンも向かいの椅子に座った。

 私は部屋の奥に置かれた大剣を見た。


 赤い刀身と、それを覆う赤。

 グレンの身体にも、同じように赤が残っている。


 なぜ大きさが変わったのか。

 どうしてグレンは、あの剣を普通に扱えたのか。


 今は、何も分からない。


「ねえ、グレン」

「何だ?」


「今日はフィンのお墓を作れて、よかったね」

「ああ。俺もそう思うよ」


 グレンは少し笑った。


「これで、また会いに行ける場所ができたな」

「うん。家の修理が進んだら、報告しに行こうね」

「そうしよう」


 私は窓の外を見た。

 窓の外からは、町を行き交う人々の声が聞こえていた。


 ザロスがいなくなってから、ドレナにも少しずつ人が戻ってきた。

 ガルダ村の復興も、まだ時間はかかるけれど進んでいる。


「明日はまた村へ行くの?」


 私が尋ねると、グレンはうなずいた。


「ああ。柱を運ぶ仕事があるからな。姉さんはどうする?」

「私も行くよ。家の中も、まだ片づけるところが残ってるし」


「そうか。じゃあ、また一緒に行こう」

「うん」


 グレンは大剣へ目を向けた。


「……この剣のことも、いつか分かるといいな」

「そうだね。ユイナたちに会えたら、相談してみよう」

「ああ。俺も二人に会うのが楽しみだよ」


 私はうなずいた。


 手紙はもう出してある。

 二人が無事に読んでくれるかどうかは、まだ分からない。


 でも、もし会えたら、グレンのことを一緒に考えてほしい。

 私はそう思いながら、明日の仕事に使うものを片づけ始めた。

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