第11話 海の向こうの二人へ
『ユイナ、ロアへ』
そう書いたところで、私はペンを止めた。
まずはグレンが見つかったことを伝えたい。
二人と別れたときには、生きているかどうかも分からなかった弟が、今は私と一緒に暮らしている。
ユイナもロアも、きっと喜んでくれるだろう。
でも、フィンのことはどう書けばいいのだろう。
私はしばらく迷った末、グレンが見つかったことから書き始めた。
『久しぶりね。二人とも元気にしていますか。
私は今、ドレナへ戻って、ガルダ村の復興を手伝っています。
実は、グレンが見つかりました。フェルド村で再会できたの。今は私と一緒に暮らしています。』
そこまで書いて、少し笑ってしまった。
ユイナはどんな顔をするだろう。驚いて、何度も聞き返すかもしれない。
ロアもきっと喜んでくれると思う。
私は続きを書こうとして、また手を止めた。
グレンが生きていることだけを伝えるなら、こんなに嬉しい手紙はない。
でも、フィンは帰ってこなかった。
亡くなったと書くことはできる。
でも、グレンから聞いたフィンの最期を思い出すと、どうしてもペンが進まない。
あの子が帰りたがっていたこと。
最後までグレンが抱いていてくれたこと。
何も残らなかったこと。
私はしばらく書きかけの紙を見つめてから、続きを書いた。
『フィンについても分かったことがありますが、そのことは、できれば直接会って話したいと思っています。』
今は、これでいい。
それから、グレンの身体と記憶について書き始めた。
『グレンから聞いたのですが、フィンを見つけたあと、あの赤い化け物に向かっていったそうです。私は、その化け物がザロスだったのだと思っています。
でも、グレンは向かっていったあとのことを何も覚えていません。次に気がついたときには、フェルド村にいたそうです。
今も身体の周りに赤いものが残っていて、洗っても消えません。本人は普通に生活していますが、何が起きたのか分からないままです。
ザロスと直接戦った二人なら、何か知っていることがあるかもしれないと思っています。』
書き終えてから、私は文章を読み返した。
ユイナとロアが、グレンに何が起きたのか知っているとは限らない。
それでも、二人に話を聞いてみたい。
私は最後の部分を書き始めた。
『二人が文香さんを探して旅を続けていることは分かっています。
だから、無理にとは言えないけれど、もし来られるならドレナまで来てもらえませんか。
グレンにも二人を会わせたいし、私も久しぶりに顔が見たいです。
返事がすぐにもらえなくても大丈夫。私はドレナで暮らしながら、ガルダ村の復興を手伝っているので、こちらへ来てくれたら会えると思います。
身体には気をつけてね。
リゼル』
最後に名前を書き、ペンを置いた。
これで伝えたいことは書けたと思う。
ただ、ユイナたちがセレンのところへたどり着いているのか、それともまだ旅の途中なのかは分からない。
*
手紙を折り畳もうとしたところで、もう一つ気になっていたことを思い出した。
送り先はセレンというお医者さんの住所だ。
私はセレンに会ったことがないし、向こうも私のことを知らない。
いきなりユイナとロアに宛てた手紙が届いても、困らせてしまうかもしれない。
私はもう一枚紙を取り出し、セレンへ宛てた手紙を書くことにした。
『セレンさんへ。
突然お手紙を差し上げてすみません。
私はルヴェリア大陸に住んでいるリゼルと申します。
以前、ユイナさんとロアさんの二人と一緒に旅をしていました。
ユイナさんから、アウレスタ大陸にいるセレンさんを訪ねると聞いていたので、こちらにお手紙を送りました。
もし二人がそちらにいたり、これから訪ねてきたりしたら、同封した手紙を渡していただけないでしょうか。
今は二人がどこにいるのか分からないので、ご迷惑をおかけするかもしれません。
どうかよろしくお願いいたします。
リゼル』
書き終えてから、私は二枚の手紙を並べた。
今日会った女医は、セレンのことを大切に思っているようだった。
あの先生が教えてくれた住所なら、まずは送ってみよう。
私は二枚の紙を折り畳み、封筒へ入れた。
宛先には、女医から教えてもらった住所を写す。
間違いがないように確かめてから、封をした。
これで明日、手紙を出せる。
私は封筒を机の上へ置き、寝台に腰を下ろした。
手紙が届いても、二人がすぐに来てくれるとは限らない。
それに、会えたからといってグレンの記憶が戻るわけでもないだろう。
それでも、二人に知らせることはできる。
私は明日の帰り支度を始めた。
*
翌朝、宿を出た私は、郵便の窓口へ向かった。
順番を待ち、持ってきた封筒を差し出す。
「すみません。この手紙をアウレスタ大陸へ送りたいんですけど」
窓口の男は宛先を確かめた。
「アウレスタか。海を渡る便になるな」
「送れますか?」
「ああ。ただ、船の都合もあるから、届くまでには時間がかかるよ」
「どのくらいか分かりますか?」
「正確には言えないな。船がいつ出るかにもよるし、向こうへ着いてからの配達もあるからね」
「そうですか……」
すぐに届くとは思っていなかったけれど、いつ頃になるのか分からないのは不安だった。
「料金はこれだけだよ」
私は支払いを済ませた。
「じゃあ、確かに預かったよ」
「よろしくお願いします」
男は封筒をほかの郵便物と一緒に置いた。
私の手元から、手紙が離れた。
無事に海を渡って、セレンのところへ届いてほしい。
そして、ユイナとロアにも読んでもらいたい。
私は窓口を離れ、建物の外へ出た。
あとはドレナへ帰ろう。
グレンが待っている。
*
アルディナを出た私は、途中の宿で一泊し、翌日の午後にはドレナへ戻った。
宿へ着いたのは夕方近くだった。
部屋の戸を開けると、グレンが机に向かって何かを書いていた。
「ただいま!」
「おお、姉さん。おかえり。無事に帰ってきたな」
グレンが立ち上がった。
「うん。ちゃんと用事も済ませてきたよ」
「そうか。疲れただろう」
「少しね。でも大丈夫」
私は荷物を置き、グレンの向かいに座った。
「病院の先生に会えたの。セレンさんの住所も教えてもらえたよ」
「そうか。それはよかったな」
「それでね、もう手紙を出してきたの」
「もう送ったのか。仕事が早いな、姉さん」
「せっかくアルディナまで行ったんだから、向こうで出してしまった方がいいと思って」
「確かにな」
グレンは笑ってから、少し真面目な顔になった。
「姉さん、手紙には何て書いたんだ?」
「あなたが見つかったことと、今は一緒に暮らしていること。それから、身体のことも少し書いたよ」
「そうか」
「勝手に書いちゃってごめんね。でも、ユイナたちに事情を知ってもらった方がいいと思って」
「いや、構わないよ。俺も二人に会ってみたいって話してただろ」
「……うん」
グレンは椅子に座り直した。
「フィンのことも書いたのか?」
私は少し迷ってから答えた。
「分かったことがあるって書いた。でも、詳しいことは、会えたときに私から話そうと思って」
「そうか。姉さんがそうしたいなら、それでいいと思うよ」
「……ありがとう」
グレンはうなずいた。
「それで、手紙はいつ頃届くんだ?」
「それが、船で運ぶから、いつ着くか分からないんだって」
「海を渡るんだから仕方ないさ。二人も旅をしてるんだろ? すぐに返事が来るとは限らないよ」
「そうなんだよね」
「でも、手紙を出せたんだから、一歩進んだじゃないか」
そう言われると、確かにその通りだった。
今までは連絡したくても、二人の居場所が分からなかった。
手紙が届くかどうかは分からないけれど、少なくとも知らせる方法は見つかったのだ。
「グレン、もし二人が来てくれたら、覚えていることを話してくれる?」
「ああ。自分に何が起きたのか、俺も知りたいからな」
「無理に思い出そうとしなくてもいいからね」
「分かってるよ。二人と話してみれば、何か分かるかもしれないしな」
「そうだね」
グレンが笑った。
私も笑い返した。
*
そのあと、グレンが机に広げていた紙を見せてくれた。
実家の修理に必要な材料をまとめていたらしい。
「姉さんがいない間に、修理を頼んだ人と少し話ができたんだ」
「何か進展があったの?」
「ああ。家に残っている木材のうち、使えるものを調べてくれるそうだ。全部新しく買うよりは、安く済むかもしれない」
「それは助かるね」
「ただ、屋根を支える柱は替えなきゃいけないらしい。そこは材料が届くのを待つしかないな」
修理が始まるまで、もう少し時間がかかりそうだ。
「しばらくは宿代もかかるし、もっと働かなきゃね」
「姉さん、帰ってきたばかりなんだから、明日くらい休んでもいいんだぞ」
「大丈夫よ。でも、明日は軽い仕事にしてもらおうかな」
「そうしてくれ。姉さんが倒れたら、俺も困るからな」
「分かってるってば」
私が笑うと、グレンも笑った。
私は机の上の紙をもう一度見た。
グレンがこうして準備を進めてくれている。私も、できることから手伝っていこう。
「ねえ、グレン」
「何だ?」
「家が直ったら、ユイナたちにも来てもらいたいね」
「そうだな。姉さんが世話になった人たちだからな。俺からも礼を言いたいよ」
「それなら、まずは二人が来てくれるといいね」
「ああ。楽しみにしてるよ」
私はうなずいた。
ネレイ港で二人を見送ったときには、もう会えないかもしれないと思っていた。
今は、もう一度会えるかもしれない。
フィンを失った悲しみは、今も消えていない。
でも、私はまた誰かに会える日を楽しみにできるようになった。
明日からも、ガルダ村の復興を手伝おう。
家の修理も、できるところから進めていきたい。
そして、いつかユイナたちが海の向こうから帰ってきたら、今度はグレンと一緒に迎えよう。




