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畫界アルカディア  作者: 三島 唯奈
第12章 フェルド村
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第11話 海の向こうの二人へ

『ユイナ、ロアへ』


 そう書いたところで、私はペンを止めた。


 まずはグレンが見つかったことを伝えたい。

 二人と別れたときには、生きているかどうかも分からなかった弟が、今は私と一緒に暮らしている。


 ユイナもロアも、きっと喜んでくれるだろう。


 でも、フィンのことはどう書けばいいのだろう。

 私はしばらく迷った末、グレンが見つかったことから書き始めた。


『久しぶりね。二人とも元気にしていますか。

 私は今、ドレナへ戻って、ガルダ村の復興を手伝っています。

 実は、グレンが見つかりました。フェルド村で再会できたの。今は私と一緒に暮らしています。』


 そこまで書いて、少し笑ってしまった。


 ユイナはどんな顔をするだろう。驚いて、何度も聞き返すかもしれない。

 ロアもきっと喜んでくれると思う。


 私は続きを書こうとして、また手を止めた。

 グレンが生きていることだけを伝えるなら、こんなに嬉しい手紙はない。


 でも、フィンは帰ってこなかった。


 亡くなったと書くことはできる。

 でも、グレンから聞いたフィンの最期を思い出すと、どうしてもペンが進まない。


 あの子が帰りたがっていたこと。

 最後までグレンが抱いていてくれたこと。


 何も残らなかったこと。

 私はしばらく書きかけの紙を見つめてから、続きを書いた。


『フィンについても分かったことがありますが、そのことは、できれば直接会って話したいと思っています。』


 今は、これでいい。

 それから、グレンの身体と記憶について書き始めた。


『グレンから聞いたのですが、フィンを見つけたあと、あの赤い化け物に向かっていったそうです。私は、その化け物がザロスだったのだと思っています。

 でも、グレンは向かっていったあとのことを何も覚えていません。次に気がついたときには、フェルド村にいたそうです。

 今も身体の周りに赤いものが残っていて、洗っても消えません。本人は普通に生活していますが、何が起きたのか分からないままです。

 ザロスと直接戦った二人なら、何か知っていることがあるかもしれないと思っています。』


 書き終えてから、私は文章を読み返した。


 ユイナとロアが、グレンに何が起きたのか知っているとは限らない。

 それでも、二人に話を聞いてみたい。


 私は最後の部分を書き始めた。


『二人が文香さんを探して旅を続けていることは分かっています。

 だから、無理にとは言えないけれど、もし来られるならドレナまで来てもらえませんか。

 グレンにも二人を会わせたいし、私も久しぶりに顔が見たいです。

 返事がすぐにもらえなくても大丈夫。私はドレナで暮らしながら、ガルダ村の復興を手伝っているので、こちらへ来てくれたら会えると思います。

 身体には気をつけてね。

 リゼル』


 最後に名前を書き、ペンを置いた。


 これで伝えたいことは書けたと思う。

 ただ、ユイナたちがセレンのところへたどり着いているのか、それともまだ旅の途中なのかは分からない。


     *


挿絵(By みてみん)


 手紙を折り畳もうとしたところで、もう一つ気になっていたことを思い出した。

 送り先はセレンというお医者さんの住所だ。


 私はセレンに会ったことがないし、向こうも私のことを知らない。

 いきなりユイナとロアに宛てた手紙が届いても、困らせてしまうかもしれない。


 私はもう一枚紙を取り出し、セレンへ宛てた手紙を書くことにした。


『セレンさんへ。

 突然お手紙を差し上げてすみません。

 私はルヴェリア大陸に住んでいるリゼルと申します。

 以前、ユイナさんとロアさんの二人と一緒に旅をしていました。

 ユイナさんから、アウレスタ大陸にいるセレンさんを訪ねると聞いていたので、こちらにお手紙を送りました。

 もし二人がそちらにいたり、これから訪ねてきたりしたら、同封した手紙を渡していただけないでしょうか。

 今は二人がどこにいるのか分からないので、ご迷惑をおかけするかもしれません。

 どうかよろしくお願いいたします。

 リゼル』


 書き終えてから、私は二枚の手紙を並べた。


 今日会った女医は、セレンのことを大切に思っているようだった。

 あの先生が教えてくれた住所なら、まずは送ってみよう。


 私は二枚の紙を折り畳み、封筒へ入れた。


 宛先には、女医から教えてもらった住所を写す。

 間違いがないように確かめてから、封をした。


 これで明日、手紙を出せる。

 私は封筒を机の上へ置き、寝台に腰を下ろした。


 手紙が届いても、二人がすぐに来てくれるとは限らない。

 それに、会えたからといってグレンの記憶が戻るわけでもないだろう。


 それでも、二人に知らせることはできる。

 私は明日の帰り支度を始めた。


     *


 翌朝、宿を出た私は、郵便の窓口へ向かった。

 順番を待ち、持ってきた封筒を差し出す。


「すみません。この手紙をアウレスタ大陸へ送りたいんですけど」


 窓口の男は宛先を確かめた。


「アウレスタか。海を渡る便になるな」

「送れますか?」


「ああ。ただ、船の都合もあるから、届くまでには時間がかかるよ」

「どのくらいか分かりますか?」


「正確には言えないな。船がいつ出るかにもよるし、向こうへ着いてからの配達もあるからね」

「そうですか……」


 すぐに届くとは思っていなかったけれど、いつ頃になるのか分からないのは不安だった。


「料金はこれだけだよ」


 私は支払いを済ませた。


「じゃあ、確かに預かったよ」

「よろしくお願いします」


 男は封筒をほかの郵便物と一緒に置いた。

 私の手元から、手紙が離れた。


 無事に海を渡って、セレンのところへ届いてほしい。

 そして、ユイナとロアにも読んでもらいたい。


 私は窓口を離れ、建物の外へ出た。


 あとはドレナへ帰ろう。

 グレンが待っている。


     *


 アルディナを出た私は、途中の宿で一泊し、翌日の午後にはドレナへ戻った。


 宿へ着いたのは夕方近くだった。

 部屋の戸を開けると、グレンが机に向かって何かを書いていた。


「ただいま!」

「おお、姉さん。おかえり。無事に帰ってきたな」


 グレンが立ち上がった。


「うん。ちゃんと用事も済ませてきたよ」

「そうか。疲れただろう」

「少しね。でも大丈夫」


 私は荷物を置き、グレンの向かいに座った。


「病院の先生に会えたの。セレンさんの住所も教えてもらえたよ」

「そうか。それはよかったな」


「それでね、もう手紙を出してきたの」

「もう送ったのか。仕事が早いな、姉さん」


「せっかくアルディナまで行ったんだから、向こうで出してしまった方がいいと思って」

「確かにな」


 グレンは笑ってから、少し真面目な顔になった。


「姉さん、手紙には何て書いたんだ?」

「あなたが見つかったことと、今は一緒に暮らしていること。それから、身体のことも少し書いたよ」


「そうか」

「勝手に書いちゃってごめんね。でも、ユイナたちに事情を知ってもらった方がいいと思って」


「いや、構わないよ。俺も二人に会ってみたいって話してただろ」

「……うん」


 グレンは椅子に座り直した。


「フィンのことも書いたのか?」


 私は少し迷ってから答えた。


「分かったことがあるって書いた。でも、詳しいことは、会えたときに私から話そうと思って」

「そうか。姉さんがそうしたいなら、それでいいと思うよ」

「……ありがとう」


 グレンはうなずいた。


「それで、手紙はいつ頃届くんだ?」

「それが、船で運ぶから、いつ着くか分からないんだって」


「海を渡るんだから仕方ないさ。二人も旅をしてるんだろ? すぐに返事が来るとは限らないよ」


「そうなんだよね」

「でも、手紙を出せたんだから、一歩進んだじゃないか」


 そう言われると、確かにその通りだった。


 今までは連絡したくても、二人の居場所が分からなかった。

 手紙が届くかどうかは分からないけれど、少なくとも知らせる方法は見つかったのだ。


「グレン、もし二人が来てくれたら、覚えていることを話してくれる?」

「ああ。自分に何が起きたのか、俺も知りたいからな」


「無理に思い出そうとしなくてもいいからね」

「分かってるよ。二人と話してみれば、何か分かるかもしれないしな」

「そうだね」


 グレンが笑った。

 私も笑い返した。


     *


 そのあと、グレンが机に広げていた紙を見せてくれた。

 実家の修理に必要な材料をまとめていたらしい。


「姉さんがいない間に、修理を頼んだ人と少し話ができたんだ」

「何か進展があったの?」


「ああ。家に残っている木材のうち、使えるものを調べてくれるそうだ。全部新しく買うよりは、安く済むかもしれない」

「それは助かるね」


「ただ、屋根を支える柱は替えなきゃいけないらしい。そこは材料が届くのを待つしかないな」


 修理が始まるまで、もう少し時間がかかりそうだ。


「しばらくは宿代もかかるし、もっと働かなきゃね」

「姉さん、帰ってきたばかりなんだから、明日くらい休んでもいいんだぞ」


「大丈夫よ。でも、明日は軽い仕事にしてもらおうかな」

「そうしてくれ。姉さんが倒れたら、俺も困るからな」


「分かってるってば」


 私が笑うと、グレンも笑った。

 私は机の上の紙をもう一度見た。


 グレンがこうして準備を進めてくれている。私も、できることから手伝っていこう。


「ねえ、グレン」

「何だ?」


「家が直ったら、ユイナたちにも来てもらいたいね」

「そうだな。姉さんが世話になった人たちだからな。俺からも礼を言いたいよ」


「それなら、まずは二人が来てくれるといいね」

「ああ。楽しみにしてるよ」


 私はうなずいた。


 ネレイ港で二人を見送ったときには、もう会えないかもしれないと思っていた。

 今は、もう一度会えるかもしれない。


 フィンを失った悲しみは、今も消えていない。

 でも、私はまた誰かに会える日を楽しみにできるようになった。


 明日からも、ガルダ村の復興を手伝おう。

 家の修理も、できるところから進めていきたい。


 そして、いつかユイナたちが海の向こうから帰ってきたら、今度はグレンと一緒に迎えよう。

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