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畫界アルカディア  作者: 三島 唯奈
第12章 フェルド村
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第10話 アルディナへ

 アルディナへ行く前に、まずは実家の修理について話を進める必要があった。


 翌日、私たちは村の建物を修理している男に頼み、仕事の合間に家を見に来てもらった。


「こりゃ、思ったよりひどいな」


 男は潰れた屋根を見上げ、柱や壁の状態を確かめる。


「直せそうですか?」

「直せないことはないと思うが、屋根だけ直せば済む話じゃないぞ。柱も傷んでるし、壁も一部は作り直した方がいいだろうな」


 グレンが男と一緒に家の横へ回った。


「必要な木材は、どこで手に入りますか?」

「今は村中で木材が必要だからな。ドレナから調達する分もあるが、順番待ちだよ」


「そうですか。すぐには始められないんですね」

「ああ。でも、使える材料が残っているかもしれない。まずは危険な部分を取り除いて、それから柱や壁を直すことになるな」


 私は家の中に残っている家具のことを考えた。


「家具は先に片づけておいた方がいいですか?」

「そうだな。ただし、屋根が潰れてる部屋には入らないでくれ。あそこは俺たちが手をつけるまで、そのままにしておいた方がいい」

「分かりました」


 グレンが男に尋ねた。


「修理が始まったら、俺も手伝わせてもらえますか?」

「もちろん助かるよ。ただ、自分の家だからって無理はするなよ。危ない仕事は俺たちと一緒にやってくれ」

「はい。よろしくお願いします」


 男が帰ったあと、私たちは家に残った。


「思ったより大がかりになりそうだね」

「そうだな。でも、直せる見込みがあるならよかったよ」


「お金もかかるでしょう?」

「ああ。しばらくは仕事を続けながら、できるところから進めるしかないな」


 修理には時間がかかりそうだ。

 それでも、いつかまたこの家で暮らせるようにしたい。


「グレン、家のことはお願いしてもいい?」

「ああ。姉さんはアルディナへ行くんだろ?」


「うん。でも、あなた一人に任せちゃって悪いね」

「何を言ってるんだ。姉さんがいない間も、やることはいくらでもあるからな」


「そうだけど……」

「こっちのことは心配しなくていいよ。帰ってきたら、また一緒にやればいい」


 グレンにそう言われ、私はアルディナへ行く準備を進めることにした。


     *


 それから数日間、私たちはガルダ村へ通いながら復興の仕事を続けた。


 実家の修理に必要な木材はまだそろわなかったが、村の片づけは少しずつ進んでいる。グレンも、村の人たちと一緒に働くうちに、声をかけてもらえるようになってきた。相変わらず距離を置く人もいるが、本人は気にせず任された仕事を続けていた。


 私はアルディナまでの旅費を用意し、村の仕事を数日休ませてもらうことにした。

 出発する前の晩、宿の部屋で荷物をまとめていると、グレンが声をかけてきた。


「姉さん、食べ物は持ったか?」

「持ったよ。着替えもあるし、お金もちゃんと分けてあるから」


「そうか。ならいいけど、道中は気をつけてくれよ」

「大丈夫。私だって、これまで一人で町を回ってたんだから」

「分かってるさ。でも、ずいぶん長く旅をしてなかっただろ」


 確かに、フェルド村でグレンと再会してから、もう何か月も経っている。


「少し緊張してるのは認めるよ。でも、アルディナなら前に行ったこともあるから」

「そうだな。無理せず、途中で休みながら行ってくれ」


「あなたこそ、私がいない間に働きすぎて身体を壊さないでよ」

「俺はいつもどおり働くだけだよ」

「その、いつもどおりが心配なの」


 グレンが笑った。


「姉さんにはかなわないな」

「当たり前でしょう」


 私も笑いながら、旅支度を終えた。

 あとは、病院の女医がセレンの住所を覚えていてくれることを願うだけだ。


     *


 翌朝、私はドレナを出発した。

 グレンは町の外まで見送りに来てくれた。


「それじゃあ、行ってくるね」

「ああ。気をつけてな」


「家の修理の話が進んだら、帰ってから教えてね」

「分かった。姉さんも無理するなよ」

「はいはい。分かってます」


 私は手を振り、アルディナへ続く街道を歩き始めた。

 途中の宿で一泊し、翌日の午後にはアルディナへ到着した。


 前にこの町へ来たときは、ユイナとロアが一緒だった。

 あの頃はグレンもフィンも見つかっておらず、私は二人の手掛かりを探していた。


 今はグレンが生きている。


 フィンのことを思い出すと、まだ胸が苦しくなるけれど、今日ここへ来たのは、グレンのことをユイナたちに知らせるためだ。


 私は西門から町へ入り、以前訪れた病院へ向かった。

 町の中心まで来ると、見覚えのある建物が見えてきた。


 あの日、ユイナは左肩に怪我をしていた。

 傷がちゃんと治るのか心配で、ロアと一緒に診察が終わるのを待っていたことを覚えている。私は病院へ入り、受付の女性に声をかけた。


「すみません。少しお尋ねしたいことがあるんですけど」

「はい。診察をご希望ですか?」


「いえ、以前こちらで診察を受けた連れがいるんです。そのときの先生にお会いしたくて」


「どちらの医師でしょう?」

「白髪交じりの年配の女医さんです。連れの左肩の傷を縫ってくださった方なんですが」


 受付の女性は少し考えたあと、うなずいた。


「その先生なら、今もこちらで診察されていますよ」

「本当ですか?」


「ええ。ただ、今は診察中ですので、お待ちいただくことになりますが」

「構いません。診察が終わってからで大丈夫です」


 私は用件を伝え、待合室の長椅子に座った。

 女医とは直接話したことがないけれど、ユイナのことなら覚えているかもしれない。


 あの子は、この世界では珍しい髪と肌の色をしている。女医もそのことを気にしていたと、ユイナから聞いていた。


 しばらく待つと、受付の女性が私を呼びに来た。


「先生がお話を聞いてくださるそうです。こちらへどうぞ」

「ありがとうございます」


 私は立ち上がり、案内された診察室へ向かった。


     *


 部屋の中には、白髪交じりの女医がいた。


「あなたが私に話があるという方ね」

「はい。お忙しいところ、すみません」


「構わないわよ。今日は患者さんではないんでしょう?」

「はい。実は、以前こちらで診察を受けたユイナという女性のことで、お尋ねしたいことがあるんです」


「ユイナ……?」

「髪と肌の色が珍しい女の子です。左肩を怪我していて、先生に縫っていただいたそうです」


 女医は少し考えたあと、思い当たったようにうなずいた。


「ああ、あの子ね。覚えているわ。髪や肌が、ほかの人とはずいぶん違って見えたから、印象に残っているわ」

「そのとき、私も一緒に病院へ来ていたんです。リゼルといいます」


「そうだったのね。それで、ユイナさんは元気にしているの?」

「はい。傷も落ち着いて、あのあとアウレスタ大陸へ向かいました」

「そう。よかったわ」


 女医は安心したように笑った。


「それで、私に聞きたいことというのは?」

「セレンさんの住所を教えていただけないでしょうか」

「セレンの?」


「はい。ユイナが先生から教えていただいたそうなんです。文香という女性と一緒に旅をしていたお医者さんですよね」

「ええ、そうよ。セレンは以前、この病院で働いていたの。私の教え子だったのよ」


 女医は少し考えてから尋ねた。


「ユイナさんにも住所を教えたけれど、あなたもセレンに会いたいの?」

「いえ、セレンさんに直接会いに行くわけではないんです。実は、ユイナたちに手紙を送りたくて」


 私は、ネレイ港でユイナとロアに別れを告げ、弟たちを探すためにルヴェリアへ残ったことを説明した。


「それで、行方不明だった弟の一人が見つかったんです。グレンというんですけど、無事に生きていました」


「それはよかったわね」

「はい。でも、もう一人の弟は……亡くなっていました」


 フィンが死んだと話すことは、今でも簡単ではない。


「そう……。つらかったでしょうね」

「……はい」


 女医はそれ以上聞かなかった。


「それで、見つかった弟さんのことで、何かあったの?」

「実は、弟の身体に変わったところがあるんです」


 私はグレンの身体と、記憶が失われていることについて説明した。


「弟は、フィンを襲った化け物に向かっていったところまでは覚えているんです。でも、そのあとの記憶がなくて。気づいたときには、身体の周りに濃い色が残っていたそうなんです」


「身体の周りに?」

「はい。洗っても落ちないんです。本人にも何なのか分からなくて」


「痛みや、身体の不調はあるの?」

「本人は何もないと言っています。普通に働いていますし」


「そうなのね。でも、実際に診てみないことには何とも言えないわ」

「はい。それは分かっています」


 私はうなずいてから続けた。


「ただ、その化け物を倒したのがユイナとロアなんです。だから、二人なら何か知っているかもしれないと思って」


「なるほどね。それで、連絡を取りたいのね」

「はい。でも、今あの二人がどこにいるのか分からないんです」


 ユイナたちは、セレンを訪ねると言っていた。

 もし会えていれば、セレンの住所に手紙を送ることで、二人に届けてもらえるかもしれない。


「それで、セレンさんの住所をもう一度教えていただけないかと思って来たんです」


 女医はしばらく考えてから、うなずいた。


「分かったわ。セレンの住所なら、まだ分かるわよ。あの子から届いた手紙を取ってあるから」

「本当ですか? ありがとうございます!」


「ただし、今もその住所にいるかどうかまでは分からないわ。旅に出ている可能性もあるでしょうし」


「はい。それでも、手紙を送ってみたいんです」

「そうね。手紙なら、帰ってきたときに読んでもらえるかもしれないわね」


 女医は立ち上がり、部屋の外へ出ていった。

 これで、ユイナたちに連絡できるかもしれない。


 少しして、女医が一通の手紙を持って戻ってきた。


「これよ。差出人のところに住所が書いてあるわ」


挿絵(By みてみん)


 差し出された手紙には、アウレスタの地名と、セレンの名前が記されていた。


 私は持ってきた紙を取り出し、住所を書き写した。

 写し終えてから女医に見てもらうと、間違いはないと言ってくれた。


「ありがとうございます。これで手紙が出せます」

「よかったわね」


 私は紙を丁寧に折り畳んだ。


「先生、本当にありがとうございました」

「いいのよ。ユイナさんたちに手紙が届くといいわね」


 女医は少し笑った。


「セレンも、文香さんと出会ってからずいぶん遠くまで行ったものね。あの子が元気にしているなら、それでいいと思っているの」


「そうですね。セレンさんにも、いつかお会いできたらと思います」

「ええ。会えたら、よろしく伝えてちょうだい」


 私はもう一度礼を言い、診察室をあとにした。


     *


 病院を出た頃には、もう夕方になっていた。


 今からドレナへ戻るのは難しいため、私は町の宿に部屋を取った。

 荷物を置くと、女医から教えてもらった住所を取り出した。


 これで手紙を送ることができる。

 ただ、実際にユイナたちへ何と書けばいいのだろう。


 グレンが生きていたことは、きっと二人も喜んでくれる。

 けれど、フィンのことも伝えなければならない。


 それに、ユイナたちは文香を探す旅を続けているはずだ。そんな二人に、ルヴェリアまで戻ってきてほしいと頼んでいいのだろうか。


 しばらく考えた末、私は机に紙を広げた。


 伝えたいことはたくさんある。どこから書けばいいのか迷いながら、私はペンを手に取った。

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