第9話 新たな一歩
ガルダ村からドレナの宿へ戻ったのは、夕方だった。
部屋へ入ると、私は実家から持ち帰った貼り紙を袋から取り出した。
グレンがあの紙を読んでくれた。それだけでも、今日村へ帰った意味はあったと思う。
「姉さん、明日はどうする?」
グレンが上着を脱ぎながら尋ねてきた。
「また村へ行こうと思ってる。家を直せる人を探したいし、復興の仕事も手伝いたいから」
「そうだな。俺も何か仕事を探してみるよ」
「でも、あなたの身体を見て怖がる人もいると思うの」
グレンの身体の周りには、今も赤いものが残っている。
フェルド村では受け入れてもらえたけれど、ガルダ村はあの赤い化け物に襲われた場所だ。
「それは分かってる。でも、いつまでも人を避けて暮らすわけにはいかないだろ」
「……そうだね」
「それに、俺も村のために何かしたいんだ。明日、まずは話をしてみよう」
「うん。私も一緒に行くよ」
*
翌朝、私たちはガルダ村へ向かった。
村の中央では、何人もの人たちが木材や道具を運び、建物の修理を進めていた。
私は作業を取りまとめている年配の男に声をかけた。
「すみません。私たち、この村の出身なんです。昨日戻ってきたんですけど、復興の仕事を手伝わせてもらえませんか?」
実家の場所を伝えると、男は思い当たったようにうなずいた。
「ああ、あの辺りか。ずいぶん壊されてたな」
男は隣に立つグレンへ目を向けた。
「そっちは弟さんか?」
「はい。グレンです」
「よろしくお願いします」
グレンが挨拶すると、男はその身体を覆う赤に気づいた。
「お前さん、その身体はどうしたんだ?」
「村を襲った化け物に向かっていったんです。でも、そこから先の記憶がなくて。気づいたときには、こうなっていました」
男の表情が険しくなった。
「あの化け物に……。身体は大丈夫なのか?」
「今のところ異常はありません。フェルド村でも荷運びや薪割りをしていました」
私はグレンの隣で頭を下げた。
「弟も、あの化け物の被害者なんです。ずっと行方不明でしたが、最近ようやく見つかりました。私たちも、この村のために働きたいんです」
男はしばらく考えてから、グレンに尋ねた。
「力仕事はできるんだな?」
「はい。慣れています」
「だったら、あそこの木材を運んでくれないか。人手が足りなくてな。ただ、その身体を見て不安がる者もいると思うぞ」
「承知しています。よろしくお願いします」
私も、壊れた家具や道具の仕分けを任せてもらうことになった。
*
午前中、私はほかの女の人たちと一緒に、建物から運び出された家具や道具を整理した。壊れていても使える部品は残し、修理に使えないものは別の場所へ運ぶ。
グレンは少し離れたところで、大きな木材を運んでいた。ほかの男たちと声を掛け合いながら働いている。
ときどきグレンを気にする人もいたが、作業を断られることはなかった。
グレンの身体に何が起きているのか、私にも分からない。
それでも、家族を大切にし、困っている人を進んで助けるグレンの優しさは、昔から変わっていない。
*
昼になり、私たちは作業を休んだ。
「姉さん、疲れてないか?」
「少しね。でも大丈夫。それより、仕事はどうだった?」
「午後も手伝ってほしいって頼まれたよ。明日以降も仕事はあるそうだ」
「よかったね」
グレンは私の隣に腰を下ろした。
「家の修理についても聞いてみたんだ。実際に見てもらわないと分からないけど、相談には乗ってくれそうだよ」
「それはよかった」
私はグレンの腕に目を向けた。
「ねえ、グレン。やっぱり、その身体のことも何とかしたいよね」
「ああ。仕事は普通にできるし、痛みもない。でも、どうしてこうなったのか知りたいんだ」
グレンは自分の腕を見つめた。
「あの化け物に向かっていったあとのことが、どうしても思い出せないんだ」
私はうなずいた。
フェルド村にいた頃から、グレンは自分の身体と記憶について知りたがっていた。
ユイナとロアなら、何か分かるかもしれない。
「グレン。やっぱりユイナたちに連絡してみようと思う」
「前に話してた二人か?」
「うん。あの化け物を倒した二人だよ。私も一緒に旅をしたから分かるけど、普通の人には分からないことをたくさん知ってるの」
「でも、今は海の向こうにいるんだろ?」
「そうなの。アウレスタ大陸へ向かったことは知ってるんだけど、今どこにいるのかまでは……」
ユイナたちは文香という女性を探すため、ネレイ港から船に乗った。
その後の行き先が分からない以上、手紙を出すこともできない。
どうにか連絡する方法はないだろうか。
考えているうちに、アルディナの病院で聞いた話を思い出した。
ユイナはあの病院で肩の傷を診てもらったとき、文香が以前そこを訪れたことを知った。さらに、文香と一緒にアウレスタ大陸へ渡ったセレンという医者がいることも教えてもらっていた。
確か、その住所も聞いていたはずだ。
「そうだ。アルディナの病院!」
思わず声を上げると、グレンが驚いた顔をした。
「どうしたんだ?」
「ユイナが怪我を診てもらった病院があるの。そこで、セレンっていうお医者さんの住所を教えてもらったって話してたのよ」
「その人はユイナたちと一緒にいるのか?」
「分からない。でも、ユイナたちはその人を訪ねるって言っていたの」
「それなら、手紙を渡してもらえるかもしれないな」
「そうなの。あの病院へ行けば、もう一度住所を教えてもらえるかもしれない」
ユイナから話を聞いたときは、自分にもその住所が必要になる日がくるなんて思っていなかった。でも、アルディナの病院なら私でも行ける。
「私、アルディナへ行ってみる」
「姉さん一人でか?」
「あなたは村の仕事があるでしょう?私はアルディナの病院を訪ねてくるだけだから。道中は無理しないようにするよ」
「そうか。でも、無理はしないでくれよ」
「分かってる。ちゃんと準備してから行くから」
グレンはうなずいた。
「連絡が取れたら、俺も二人に会ってみたいな」
「うん。私も会いたい」
ユイナたちと別れたときは、グレンが生きているなんて思ってもいなかった。
再会したら、きっと驚くだろう。
何より、グレンの身体に起きたことについて、何か手掛かりが見つかるかもしれない。
*
午後の仕事を終えると、私たちは実家へ立ち寄った。
「今日、修理をしてる人に相談してみたんだ。明日、時間があれば家を見てくれるそうだよ」
「そうなんだ。直せそうかな?」
「まだ分からないな。でも、実際に見てもらえば、どこから直せばいいか分かると思う」
「それでも、直したいね」
「ああ。俺もそう思う」
私たちは、しばらくドレナの宿から村へ通い、復興の仕事を手伝いながら家の修理を進めることにした。私はその合間にアルディナへ行き、ユイナたちへの連絡方法を探すつもりだ。
「ねえ、グレン」
「何だ?」
「私、フェルド村にいた頃は、もう何をしたらいいのか分からなかったの」
グレンは黙って私の話を聞いていた。
「ずっとあなたたちを探してきたでしょう? でも、フィンが亡くなったと知って、これからどうすればいいのか分からなくなっちゃって……」
あの頃は、何をする気にもなれなかった。
グレンが仕事に出ている間も、家の中で一日を過ごすことが多かった。
「でも、今はやることがたくさんあるね」
「そうだな。家も直さなきゃいけないし、村の仕事もある」
「それに、あなたの身体のことも調べなきゃ」
グレンが少し笑った。
「姉さんには、また世話をかけるな」
「何言ってるのよ。フェルド村では、私の方がずっと世話になったじゃない」
「そんなこと、気にしなくていいのに」
「私が気にするの」
そう言うと、グレンは笑った。
私もつられて笑った。
フィンも、父さんも母さんも、もう帰ってこない。
それでも、私にはグレンがいる。今は、二人でできることから始めていきたい。
「じゃあ、そろそろ戻ろうか」
「うん。明日も仕事があるものね」
私たちは並んで歩き始めた。
ドレナへ戻ったら、アルディナへ行く準備をしよう。
今度は、行方の分からない弟たちを探すためじゃない。
生きて帰ってきたグレンのために、私ができることをしたい。
そう思いながら、私はグレンと一緒にドレナへ向かった。




