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畫界アルカディア  作者: 三島 唯奈
第12章 フェルド村
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第8話 帰る場所

 翌朝、私たちはドレナの宿を出て、ガルダ村へ向かった。


 旅の荷物は宿に置き、必要なものだけを持ってきた。今日は実家の状態を確かめ、これからどうするかグレンと相談するつもりだ。


 グレンがガルダ村へ帰るのは、フィンを捜しに出て以来だ。


 村が襲われたことも、父さんと母さんが亡くなったことも、私から話を聞いている。でも、実際に家がどうなっているのかは、まだ見ていない。


 以前、ユイナたちとこの道を通ったとき、私は弟たちの手掛かりが見つかることを願っていた。


 今は、その一人が隣にいる。

 そう思うと、グレンと一緒に帰ってこられたことが、改めて嬉しかった。


     *


 ガルダ村が見えてきた。

 村の入口に近づくにつれて、グレンの歩く速度が遅くなった。


 屋根を失った家や、壁が崩れたままの建物が並んでいる。以前来たときより道の瓦礫は片づけられていたが、修理が始まっていない家も多い。


「……こんなことになってたのか」


 グレンが足を止めた。


「姉さんから聞いてはいたけど、ここまでひどいとは思わなかったよ」


 グレンは近くの家を見てから、少し先へ歩いた。昔よく通った道を覚えているらしく、迷わず村の中央へ向かっていく。


 途中では、数人の男たちが壊れた建物の前で作業をしていた。木材を運ぶ人の姿もある。少しずつだが、村へ戻ってきた人たちがいるようだ。


 やがて、私たちの家が見えてきた。


 屋根は半分ほど押し潰され、戸も外れたままになっている。窓枠の周囲も大きく崩れ、建物の片側には瓦礫が積もっていた。


 グレンは家の前で立ち止まり、しばらく何も言わなかった。


「……俺たちが暮らしてた家なのにな」


 グレンは潰れた屋根を見上げていた。


「初めて見たとき、私も驚いたよ。でも、奥の部屋は残ってるの。前にユイナたちと来たときは、そこで一晩泊まれたから」

「そうだったな。姉さんたち、ここに泊まったって言ってたよな」


 グレンは入口の方へ歩いた。


「……中を確認しよう」

「ああ。ただ、壊れた屋根の下には近づかないようにしよう。残ってる木材が落ちてくるかもしれない」


 グレンが入口に散らばった破片を脇へ除け、足元を確かめながら家に入った。

 私もあとに続く。


 中には壊れた家具や木片が残っていた。屋根が潰れた側は外から明かりが入り、床の一部には雨が入り込んだ跡もある。


 私たちは危険な場所を避け、屋根が残っている奥へ進んだ。

 グレンが部屋の中を見回している間に、私は壁のそばへ近づいた。


挿絵(By みてみん)


 以前、ここに残した貼り紙があった。


「ああ、まだ残ってたんだ」


 紙の端は少し傷んでいるが、文字は読める。


「グレン、これ。前に話した貼り紙」


 グレンが隣へ来た。


「これか……」


 壁に貼られた紙を、グレンが読み始めた。


『グレン、フィンへ。私はネレイ港にいる。戻ったら港へ来て。読んだら、この紙を外して持ってきて』


 最後まで読んだあとも、グレンは紙の前に立っていた。


「……姉さん、ずっと待っててくれたんだな」

「うん。二人とも、どこかで生きてるって思いたかったから」


 私は貼り紙に触れた。


「あのときは、あなたたちがどこにいるのか、何も分からなかったの。だから、もし家に帰ってきたら、私の居場所が分かるようにしておきたくて」

「そうだったのか……」


 グレンは紙に書かれた自分とフィンの名前を見ていた。


「……フィンにも読んでほしかったな」

「うん」


「姉さん、ありがとう」

「何よ、急に」

「俺たちのこと、諦めないでいてくれて」


 私はすぐに返事ができなかった。


 二人とも死んでいるかもしれないと思ったことは、何度もある。もう見つからないのではないかと考えたことだってあった。


 それでも、探すのをやめることはできなかった。


「……だって、私の弟たちだもの」


 グレンはうなずいた。

 私は紙を留めている金具に手を伸ばした。


「これ、外してもいいかな」

「ああ。もう姉さんはネレイ港にはいないからな」


 私は紙が破れないように、慎重に壁から外した。

 長い間、ここで二人の帰りを待っていた紙だ。


「取っておくのか?」

「うん。取っておく。せっかく、あなたが読んでくれたんだから」


 グレンが少し笑った。

 私は紙を折らないようにして、持ってきた袋へしまった。


     *


 貼り紙をしまったあと、私たちは奥の部屋を確かめた。

 壁際には、グレンとフィンが使っていた寝台が二つ並んでいる。


「まだ残ってたんだな」


 グレンは自分の寝台に手をかけた。


「俺がドレナで働くようになってからは、フィンがこっちで寝ることもあったんだ」

「そうだったね。自分の寝台が狭いって、よく文句を言ってたでしょう」

「ああ。俺が帰ってきても、なかなかどいてくれなかったよ」


 グレンは懐かしそうに寝台を見ていたが、やがて隣にあるフィンの寝台へ顔を向けた。


「……あいつも、ここに帰りたかっただろうな」


 私は何も答えられなかった。


「連れて帰ってやれなかったな」

「……グレン」

「分かってるよ。あのときは、どうしようもなかったんだってことは」


 グレンは寝台の端に腰を下ろした。

 私はフィンの寝台に座り、しばらく弟のそばにいた。


 グレンが立ち上がったので、私も寝台を離れた。

 部屋の中には、まだ家具や生活用品が残っている。これから住むために、使えるものと壊れているものを確かめる必要があった。


 グレンは古い机を見つけ、脚の状態を調べ始めた。


「これ、父さんが直してたやつだな」

「ああ、そうだったね。脚がぐらつくからって」


「買い替えればいいのに、直して使うって聞かなかったな」

「母さんにも言われてたでしょう」


 グレンは机を軽く揺らした。


「脚は残ってるし、また直せそうだな」

「じゃあ、これも使えるようにしたいね」

「ああ。修理する場所が決まったら、直しておくよ」


 私は棚の中に残っている食器を確かめた。

 割れてしまったものも多いが、いくつかは形を保っている。


 その中に、見覚えのある器があった。

 縁が少し欠けている。


 母さんが、いつも使っていた器だ。

 私はそれを両手で持ち上げた。


 母さんは、まだ使えるからといって、ずっとこの器を使っていた。私が何度買い替えを勧めても、聞き入れなかった。


「姉さん?」


 グレンが私のそばへ来た。


「……母さんの器があったの」


 器を見せると、グレンもうなずいた。


「ああ。よく使ってたな」


 私は器を机に置いた。

 母さんが台所で食事を作っていた姿を思い出した。


 父さんが帰ってくると、母さんは家族の分の食事を並べていた。グレンとフィンが先に食べ始めようとして、叱られたこともある。


 今でも、家の中の様子をよく覚えている。


「……本当に、いないんだね」


 言葉にしてから、涙がこぼれた。

 父さんと母さんが死んだことは、もうずっと前から知っている。

 それなのに、母さんの器を見ていると、また帰ってきてくれるような気がしてしまう。


「姉さん」


 グレンが私の隣に立った。


「俺も、まだ実感がないんだ」

「……うん」

「姉さんから話を聞いて、父さんも母さんも死んだって分かってた。でも、ここへ帰ってきたら、二人とも普通にいるような気がしてたよ」


 グレンは机のそばにあった椅子に座った。


「父さんに、仕事はどうしたって聞かれてさ。母さんには、また何日も帰ってこなかったって怒られるんじゃないかって」


「……そうだね」

「でも、帰ってきても誰もいないんだな」


 私はグレンの隣に座った。

 フェルド村で再会してから、グレンはずっと私を支えてくれた。


 フィンの死を受け入れられず、家に閉じこもっていた私のために、食事を用意し、仕事にも出ていた。


 けれど、グレンも家族を失っている。

 私は自分のことで精いっぱいで、弟がどう感じているのか、きちんと考えられていなかった。


「……ごめんね」

「何が?」


「フェルド村では、私、自分のことで精いっぱいだったから。あなたもつらかっただろうに」


「姉さん……」

「グレンだって、父さんと母さんのことを悲しむ時間が必要だったよね」


 グレンは少し考えてから、首を振った。


「姉さんと一緒にいられたから、俺も助かったんだよ」

「でも……」


「一人でこの家に戻ってきてたら、どうしていいか分からなかったと思う。姉さんがいてくれてよかったよ」


 私はグレンの顔を見た。


「……私も、あなたがいてくれてよかった」


 グレンは笑ってくれた。


 私は涙を拭い、机の上に置いた器をもう一度見た。

 この器も、机も、寝台も、できるだけ残しておきたい。


 家を直すのは簡単ではないだろうけれど、二人で少しずつ進めていこうと思った。


     *


 私たちは屋根のある場所に残った家具を確かめたあと、入口の外へ出た。

 グレンは建物の周囲を歩き、残っている柱や壁の状態を調べてから戻ってきた。


「どうだった?」

「屋根の修理は、かなり大がかりになりそうだな。柱も傷んでるから、俺一人じゃ難しいと思う」


「じゃあ、詳しい人に見てもらった方がいいね」

「ああ。村の復興を手伝ってる人たちに話を聞いてみよう。必要な材料をどこから運んでるのかも知りたいしな」


「ドレナで頼める人も探してみようか」

「そうだな。修理の仕方が分かれば、俺にも手伝えることはあると思うよ」


 グレンは家を見上げた。

 直す必要があるのは屋根だけではない。外れた戸や壊れた窓枠も、そのままにはできない。


 実際にどれくらいの費用や時間がかかるのかは、まだ分からなかった。


「グレン、しばらくはドレナの宿に泊まるしかないね」

「そうだな。あの状態じゃ、安心して寝泊まりはできないからな」


「宿代もかかるし、早く戻れるようにしたいけど」

「急いで怪我をしても仕方ないさ。まずは安全に住めるようにしないとな」

「そうだね」


 家の中には、まだ片づけなければならないものが残っている。

 父さんと母さんの服も、フィンが使っていたものも、今すぐ捨てるかどうかは決められなかった。


 修理を始めるときに、少しずつ整理していけばいい。


「そろそろドレナへ戻ろうか」

「ああ。明日は修理してる人たちに話を聞いてみよう」


 私たちは家をあとにした。


「グレン」

「何だ?」


「家が直ったら、またこの家で一緒にご飯を食べようね」

「もちろんだよ」


「母さんの器も、ちゃんと洗って使おうかな」

「いいんじゃないか。まだ使えそうだったしな」


 私は少し笑った。

 以前とまったく同じ家には戻せないかもしれない。


 それでも、あの家には私たちの思い出が残っている。

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