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畫界アルカディア  作者: 三島 唯奈
第12章 フェルド村
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第5話 赤の加護

 翌朝、薪を割る音で目が覚めた。

 グレンはもう外で仕事を始めているらしい。


 寝台から起き上がり、昨日の約束を思い出した。

 薪をまとめるのを手伝う。


 自分から言い出したことだけれど、朝になってみると、昨日ほど身体を動かす気にはなれない。もう少し寝ていようかとも思った。


 でも、グレンは私が来ると思って仕事を始めているかもしれない。

 しばらく迷った末、着替えて外に出た。


「おはよう」


 グレンは薪割り台の前にいた。


「おはよう、姉さん。よく眠れたか?」

「まあまあね。もう始めてたの?」

「ああ。先に始めてた」


 足元には、割り終わった薪が積まれている。


「ずいぶんあるじゃない」

「全部やらなくてもいいぞ。できるところまででいいから」

「分かってるわよ」


 そう言ってしゃがみ込んだものの、何から始めればいいのか分からない。

 薪を束ねるくらい、簡単にできると思っていた。でも、大きさも長さもばらばらで、適当に重ねると崩れてしまう。


「グレン、これ、どうやってまとめてるの?」

「長さの近いものを選んで、向きを揃えるんだ。細いのばかりだと崩れやすいから、太いのも混ぜた方がいい」


「そういうのは最初に言ってよ」

「そうかあ? 姉さんならできると思ったんだよ」

「やったことないわよ」


 グレンが笑った。


 私は薪を並べ直し、用意されていた縄で結わく。

 ところが、持ち上げようとした途端、何本か抜け落ちてしまった。


「ああ、もう!」

「きつく縛らないとな。押さえておくから、もう一度締めてみてくれ」


 グレンに手伝ってもらいながら、ようやく一束できあがった。


「これでどう?」

「いいんじゃないか」


「本当に?」

「持ち上げても崩れなければ大丈夫だ」


 試しに持ち上げてみる。

 今度は崩れなかった。


「できた」

「ああ」


「まだ一つだけだけどね」

「最初はそんなものだろ」


 グレンは再び薪を割り始める。

 私はその隣で、次の束を作る。


 途中で何度か縄を締め直したが、二束目は一人でまとめることができた。

 三束目をまとめ終えた頃には、腕が疲れてきた。


 こんな仕事くらいで疲れるなんて。

 以前なら、もっと長い時間働けたはずだ。

 でも今日は、途中で投げ出したくなかった。


「姉さん、少し休んだらどうだ?」

「あと一つだけ」


「無理しなくていいんだぞ」

「無理してないわよ。これが終わったら休むから」


 グレンはそれ以上言わなかった。

 私は四束目をまとめ終えてから、家の前に置かれた椅子に腰を下ろした。


 腕がだるい。

 でも、自分の手で薪をまとめられたことは、悪い気分ではなかった。


 グレンは割った薪を片づけてから、私のところへ来た。


「疲れたか?」

「少しね。ずっと家にいたから、身体が鈍ってるみたい」


「少しずつ戻せばいいさ」

「そう簡単に戻るかな」

「急ぐ理由もないだろ」


 グレンはそう言って、私の隣に座った。

 しばらく二人で休んでいると、村の中を歩いてきた男が声をかけてきた。


「グレン、今日はもう終わりか?」

「ああ。午後からなら手が空くけど、何かあるのか?」


「いや、急ぎじゃないんだ。明日、倉庫の荷物を動かしたいんだが、手を貸してもらえないかと思ってな」

「分かった。朝からか?」

「ああ。助かるよ。じゃあ、頼むな」


 男は私にも軽く挨拶して、村の奥へ歩いていった。


「本当に頼りにされてるのね」

「力仕事が多いからな。俺に向いてるよ」


「あんたは身体が大きいからね」

「姉さんには、よく邪魔だって言われたな」


「狭いところに立たれると通れないんだもの」

「今も変わらないだろ」

「そうね」


 私は笑った。

 グレンも笑っている。


 昔と変わらないやり取りができることを、少し嬉しく思った。


 それから、ふとグレンの全身を覆う赤い色が気になった。


 再会した日から視界には入っていたが、あのときはグレンが生きていたことと、フィンが死んだことで頭がいっぱいで、ほかのことにまで目を向ける余裕がなかった。


 その後も、グレンの身体に何が起きているのか、詳しく聞いたことはない。

 私はしばらく迷ってから聞いてみることにした。


挿絵(By みてみん)


「ねえ、グレン。その赤いの、まだ消えないんだね」


「あか?」

「ああ、そうか。赤って言ってもわからないね。その身体の周りにある普通とは違う色のことだよ」


 グレンは自分の身体を見下ろした。


「ああ、あかって言うのか。身体を洗っても、これは消えないんだよ」

「最初からそうだったの?」


「気がついたときには、もうこうだったよ。最初は身体中にもっと濃いものが付いてたんだ。洗ったら大半は落ちたけど、身体の周りにあるこれだけはどうしても消えない」


「痛かったりしないの?」

「痛みはないよ。村の仕事も普通にできるしな」

「そう……」


 グレンが無事に暮らせているのは分かっている。

 けれど、この大陸で赤い色が何を意味するのか、私は嫌というほど知っている。


「怖くないの?」

「何が?」

「その赤よ。フィンを殺した化け物も、赤かったんでしょう?」


 グレンの表情が変わった。


「……ああ」


「自分の身体に同じような色があるなんて、気持ち悪くない?」

「気にならないわけじゃないさ。でも、どうしようもないしな」


 私はグレンの全身を覆う赤をもう一度見た。


 赤い色は残っている。

 でも、目の前にいるのは間違いなく私の弟だ。


「私は、ちゃんと調べた方がいいと思う」

「そうだな」


「今まで気にしてあげられなくて、ごめん」

「姉さんはそれどころじゃなかっただろ」


 グレンは責める様子もなく言った。

 その言葉がありがたかった。


 でも、いつまでも弟に甘えているわけにはいかない。

 フィンのことを考えると、今でも何もできなくなる日がある。


 でも、グレンは生きて帰ってきてくれた。

 私には、まだこの弟のためにできることがあるはずだ。


   *


 昼食を終えてから、私は洗濯物を畳んでいた。


 椅子に掛けてあったグレンの上着を片づけようとすると、そのそばに赤い飾りのついた首飾りが置いてあることに気づいた。


 身体を覆う赤とは違う。

 グレンが自分で身に着けているものらしい。


「ねえ、これ、何?」


 私は首飾りを手に取った。

 グレンがこちらを見る。


「ああ、それか」

「前から持ってたっけ?」


「いや。昔からの持ち物じゃないよ」

「どこで手に入れたの?」


 グレンは少し考えた。


「最初に意識が戻ったとき、近くに落ちてたんだ」

「拾ったの?」


「ああ。自分の身体と同じ色をしてたんで、何か関係があるかもしれないと思って持ってきた」

「そうだったの」


 私は飾りをもう一度確かめた。


 赤い色を持つものを、グレンが拾った。

 それも、記憶を失ったあとに。


「危ないものじゃないの?」

「特に、何も起きてないよ」


「そういう問題じゃないでしょう。得体の知れないものを身に着けてたら、何が起きるか分からないじゃない」

「姉さんの言うことも分かるけど、これを捨てたら、手掛かりが一つなくなるだろ」


 確かにそうだ。


 グレンは赤い化け物に向かっていったあと、何が起きたのか覚えていない。

 記憶が戻らない以上、身体に残った赤と、この飾りが数少ない手掛かりになる。


「分かった。でも、何かおかしなことがあったら、すぐ外してよ」

「ああ、そうする」


 私は首飾りをグレンに返した。

 そのとき、一つ気になっていたことを思い出した。


「グレン。あなた、あの赤い化け物がどうなったか知らないんだよね?」

「俺はやつに向かっていったところから覚えていないからな。どうなったんだ?」

「私が一緒に旅をしていた、ユイナとロアっていう二人が倒したの」


 グレンが驚いた顔をした。


「倒した?」

「うん。あの化け物にはザロスっていう名前があって、始原と呼ばれる存在だったの」


「始原?何だ、それは?」

「私も彼らと旅をするまでは知らなかったんだけど、普通の人間とは違う、特別な色の力を持つ存在なの。ザロスは赤の始原だったんだって」


「そうだったのか……。そんな相手を、二人が倒したのか」

「そうよ」


 グレンはしばらく黙っていた。


「姉さんも、二人と一緒にあの化け物を調べていたのか?」

「そうよ。ザロスを倒すために、いろいろ調べてきたんだから」


「そうか。姉さんも、ずっと大変だったんだな」

「私はいいのよ。それより、あなたがあの化け物に向かっていったことと、今こうして赤を纏っていること、何か関係があるのかもしれない」


「俺もそう思う」

「ユイナとロアなら、何か分かるんじゃないかな」


「二人は今、どこにいるんだ?」

「アウレスタ大陸へ行ったよ。文香っていう人を探してるの」


「アウレスタか。ずいぶん遠いな」

「そうね。海を渡らなきゃいけないし」


 私は少し考えた。


 ユイナたちと別れてから、もう何か月も経っている。

 今、あの二人がどこにいるのかも分からない。


 ただ、ユイナは文香を探して旅を続けると言っていた。

 どこへ向かったのか、まったく知らないわけではない。


「グレンのこと、二人に知らせたいな」

「俺が見つかったことか?」


「それもあるけど、身体の赤や記憶のことも。あの二人なら、何か分かるかもしれないでしょう」

「そうだな。俺も一度話してみたい」


 グレンは自分の身体を見下ろした。


「この赤が何なのか、どうして俺が生きてここにいるのか、ずっと分からないままだからな」

「……うん」


 私は椅子に座った。

 ザロスが倒されたと聞いたとき、グレンはどう思ったのだろう。


 フィンを殺した相手だ。

 憎くないはずがない。


「ねえ、グレン」

「何だ?」

「ザロスが死んだって聞いて、どう思った?」


 グレンは少し間を置いた。


「正直に言うと、まだ実感がないんだ」

「そう……」


「フィンを殺した相手が、もういない。そう聞いて安心したところもある。でも、自分に何が起きているのか分からないし、あいつがいなくなったところで、フィンは帰ってこない」


 私は黙って聞いていた。


「でも、あの化け物がもう誰も襲わないのなら、それはよかったと思うよ」

「……そうだね」


 グレンは私の隣に座った。


「姉さんは?」

「私は……」


 すぐには答えられなかった。


 ザロスが死んだときは、これでようやく弟たちを探せると思った。

 あの化け物がいなくなった今なら、何か手掛かりが見つかるかもしれない。


 そう信じていた。


 探し続けた末に、グレンとは再会できた。

 でも、フィンはもういなかった。


「まだ、よかったなんて思えないかな」

「そうか」

「ザロスが死んだことは嬉しいよ。父さんも母さんも、フィンも殺したんだから。でも、そう思ったところで、何も戻ってこないし……」


 そこから先を続けられなかった。

 グレンは黙って私の話を待っていた。


「ごめん。うまく言えない」

「無理しなくていいよ」

「……うん」


 しばらくして、グレンが立ち上がった。


「姉さん、午後は休んでてくれ。俺は村の仕事を少し手伝ってくるよ」

「うん。行ってらっしゃい」


 戸口まで歩いたところで、グレンが振り返った。


「姉さん」

「何?」


「俺も、自分に何があったのか知りたいと思ってる」

「……うん」


「でも、今すぐにどこかへ行かなくてもいいさ。姉さんだって、まだ無理はできないだろ」


 私は少し考えてから、うなずいた。


「そうだね。もう少し、ここにいさせて」

「もちろんだよ」


 グレンはそう言って出かけていった。

 私は机の上に置かれた食器を片づけた。


 今までの私は、フィンのことばかり考えていた。

 もちろん、忘れられるはずなんてない。


 でも、グレンの身体に何が起きているのか、調べることはできるかもしれない。

 帰ってきた弟のために、何かしてあげたい。


 そう思えたのは、久しぶりだった。

 いつかドレナへ戻ろう。


 ガルダ村のことも、放っておくわけにはいかない。

 その前に、もう少し身体を動かせるようにならなきゃ。


 私は戸を開け、朝まとめた薪をもう一度確かめた。

 四束とも、ちゃんと形を保っている。


 まだ少し疲れていたけれど、明日も何か一つ、自分にできることをやってみようと思った。

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